「お互い様」と言ってもらえる風土

コーポレートコミュニケーション部 小野 純子
入社年(西暦): 2001年
出身学部学科専攻:環境情報学部 環境情報学科

【キャリアステップ】

2001年

入社
経営企画部にて経営トップ政策秘書業務の補佐、食育プロジェクト運営などを担当。

2007年

広報・IR部(現・コーポレートコミュニケーション部)へ異動。
ホームページ統括業務を担当。

2011年3月~2013年4月

産休・育休

2013年5月

復職。コーポレートコミュニケーション部にて報道対応担当、現在に至る。

ポリシーの共通項を発見して入社

就職活動の時は二つのポリシーを持って活動をしていました。
①私自身が“好き”と感じ、自信を持ってお薦めできる商品を扱っていること
②一緒に働きたいと思う人がいること
就職氷河期だったのもあり、幅広く活動していましたが、食べることが好きだったことと、私のポリシーに当社が当てはまることが実感できたので、入社を決めました。

入社後は経営企画部に配属されました。新入社員にはタフな場面も多くありましたが、経営トップの話を聞く機会も多く、勉強になりました。また、社内の様々な部門の方と会うことが多く、その時に培った人脈は今でも仕事をする上で助けられています。
広報に異動してからはホームページの統括を担当しました。新しいコンテンツを企画し、写真撮影やページ構成案の検討を経て、実際にホームページに仕上げる仕事はやりがいがありました。

「できることをする」と決めて復職

東日本大震災の時に妊娠5カ月でしたが、寒さやその時のショックから切迫早産になり、そのまま休職することになりました。残っている年休を使わせてもらい、それ以降は病欠という形で、出産までの期間を病院や自宅で過ごしました。その後、無事に出産し、「子どもが1歳半になった次の4月まで休める」という制度を利用し、合計で約2年もの間、お休みをいただきました。ここまでお休みを取らせてもらえたというのは、本当にありがたかったです。
育休中は特に仕事のことはせず、子どもとの時間を大切にしました。いま思えば、本を読んだり、勉強をしたりすればよかったとも思いますが、その時は初めての育児、しかも双子だったこともあり、子どもの世話と自分自身に日常生活を維持するのに必死だったことを思い出します。
保育園激戦区に居住しているため、認可保育園に落ち、復職できるかわからずにハラハラしましたが、2013年3月に預け先が決まり、約1ヵ月間の慣らし保育を経て、2013年4月末に復職しました。
復職の時には不安はもちろんありましたが、考えても仕方ないと腹を括り、「できることをする」と決めて復職しました。

 

快く協力してくれる同僚、家族に感謝しています

復職後は、同じ部門内で、担当業務が報道対応に変わりました。
復職後2年間は2時間、現在は1時間の時短をさせてもらっています。報道対応はタイムリミットが短い仕事も多く、自分が担当している仕事が終わらなかった場合には、同僚に引き継ぐことで相手に迷惑をかけないようにしています。そのため、現在どんな仕事を抱えていて、どれくらいの納期であるかということを常に同僚と共有できるよう、工夫をしています。快く協力してくれる同僚にはいつも感謝しています。
イベントの対応などで残業をする場合は、家族に子どもたちの迎えや食事などの世話を頼んでいます。やはり家族の協力なしに仕事と育児を両立させるのは難しく、感謝の気持ちを忘れないようにしなければと思っています。
自分の時間を確保するため、朝は5時に起きて食事の支度などの家事をしながら録画したドラマを見て、気分転換をしています。以前は夜型でしたが、現在はすっかり朝型の生活になりました。

 

【就職活動中のみなさまへ】

よく「就職活動はお見合いのようなものだ」と言いますが、PRをして採用してもらうという観点だけでなく、「その会社で働きたいか」ということを確認する場でもあると思います。就職活動の時には、現場の社員の話を聞く機会を作ることをおすすめします。きっとその会社の風土を実感できるはずです。
育児と仕事との両立に関して言えば、当社は制度が整っているだけでなく、実際に使われており、両立している女性がたくさんいます。小さな子どもがいる共働きの若手の男性社員も多いので、子どもの体調不良などで突然休んでも「お互い様」と言ってもらえる風土です。
就職活動の時ほど様々な会社を訪問できる機会はありません。ぜひ、その機会を有効に活用し、悔いのない就職活動をしてください。