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1904年(明治37年)に平塚に移り住んだ弦斎は、邸内で自給自足に近い生活を営み、食物の大切さを自ら体験している。春・夏・秋・冬の全四巻の単行本として出版された『食道楽』の第二百五十二にある「食育論」では、
【今の世は頻 しき りに体育論と智育論との争いがあるけれどもそれは程と加減によるので、智育と体育と徳育の三つは蛋白質と脂肪と澱粉のように程や加減を測って配合しなければならん。しかし先ず智育よりも体育よりも一番大切な食育の事を研究しないのは迂闊
うかつ の至りだ。
体育の根源も食物にあるし、智育の根源も食物にある。してみると体育よりも智育よりも食育が大切ではないか。野菜を作っても肥料が大切です。人も不衛生的な粗悪な食物ばかり食べていては身体も精神もともに発達しますまいから誰でもこれからは食育という事に注意しなければなりません。】
と説き、当時の教育体系の基本とされた「知育・徳育・体育」のなかで、知育の根源も体育の根源も食物にあるので食育が大事であると弦斎はその重要性を述べている。 |
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増補註釈版 『食道楽』 春・夏・秋・冬の巻
(キッコーマン国際食文化研究センター蔵) |
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