日本の「食育史」と食育事情・各国のフードガイド

研究機関誌「FOOD CULTURE No.11」食育を考える

「食育」の源流は『通俗食物養生法』、『食道楽』にあり
明治の先人が提唱していた「食育」思想に学ぶ

「食育」という言葉は、少し前までは、辞書にも記載されていないほどで、現代社会の中ではまだまだメジャーとはいえないようだ。だが、その源流をたどると明治時代まで遡さかのぼることができる。食物についての知識を深めることや、良い食物を与えることによって子どもの心身を育むことを伝えている。

知育・体育・徳育よりまず食育

明治時代、石塚左玄という陸軍軍医で薬剤監を務める人がいた。石塚は退役後、食べ物で病気を治癒させる食養医学論を唱え、1898年(明治31年)、『通俗食物養生法』を著した。その中で、「今日、学童を持つ人は、体育も知育も才育もすべて食育にあると認識すべき」と述べている。「食育」がわが国で初めて語られた書物だといわれている。この言葉を、当時、世間に広めたのは、1903年(明治36年)に村井弦斎が著した「食道楽」である。同書の中で「小児には徳育よりも知育よりも体育よりも食育が先」と述べている。
「食道楽」は、1897年(明治30年)頃の上流家庭が舞台。文学士大原と妙齢の令嬢お登和が主人公となり、脇役も多く登場する。そこには和食・洋食・中華600種類を超えるメニューと調理法、食材の見分け方や買い方までも具体的に書かれている。そのほか、各種の料理や食材の栄養学的効能、病人食や栄養食、季節ごとの食べ物、伝統料理の歴史的背景、火加減や盛り付け方、パーティー料理から船中料理、台所の道具・設備や害虫の駆除法、衛生学まで、食生活に関するあらゆる情報が盛り込まれている。
「食道楽」は10万部を超えるベストセラーとなり、1904年、弦斎はこの印税で平塚に1万6千400坪の土地を購入。菜園・果樹園・畜舎などを作り、食材作りから「食道楽」の世界を再現した。菜園や果樹園では、パセリ、レタス、アスパラガス、トマト、アンティチョーク、西洋イチゴ、水密桃、黄桃、黄スイカ、西洋イチジクなど、当時の日本では珍しい西洋野菜や果物が栽培された。
のちに弦斎は「食道楽」の増補版を出し、その中に「食物の原則」、「料理の原則」、「食事法の原則」を書き加えている。

【食物の原則】

第一 なるべく新鮮なもの
第二 なるべく生のもの
第三 なるべく天然に近いもの
第四 なるべく寿命の長きもの
第五 なるべく組織の緻密なるもの
第六 なるべく若きもの
第七 なるべく場所に近きもの
第八 なるべく刺激の少なきもの

【料理の原則】

第一 天然の味を失わざること
第二 天然の配合に近からしむること
第三 消化と排泄の調和をはかること
第四 五美(味、香、色、形、器の美)をそなうること

【食事法の原則】

第一 飢えをもって食すべきこと
第二 よく咀嚼そしゃくすべきこと
第三 腹八分目に食すること
第四 天然を標準とすること

「食物の原則」では、現代の食育の原則となっている地産地消の考え方が述べられている。弦斎の娘・村井米子は、『父弦斎の想い出』の中で、「父の主義は、食物によって性格が変わるという、広く深い考えがひそんでいる」と述べている。
弦斎がこうした考えをもつにいたるには、1884年(明治17年)に私費留学生として渡米した経験が大きく影響していると考えられる。1年間、主にサンフランシスコの米国人家庭に住み込んで見聞を広めた。このときに、身につけた新世界の知識が醸され、その中のひとつが「食育」だったに違いない。

弦斎62歳頃の写真(大正14年頃)。(平塚市博物館提供)

わが国が提唱する「食育」運動

食生活指針

わが国の食生活の現状は、輸入食料の増大や生活スタイルの多様化が進展する中で、肥満や生活習慣病の増加、脂質の摂り過ぎなどの栄養バランスの偏り、不規則な食事の増加など、様ざまな問題をかかえている。
このような状況を踏まえ、2000年(平成12年)3月に、農林水産省、文部省(当時)、厚生省(当時)は共同で、「食生活指針」を策定し、心身ともに健康で豊かな食生活の実現に向けた普及、啓蒙活動がすすめられている。

  1. 1食事を楽しむ
  2. 2一日の食事のリズムから、健やかな生活リズムを
  3. 3主食、主菜、副菜を基本に、食事のバランスを
  4. 4ごはんなどの穀類をしっかりと
  5. 5野菜・果物、牛乳・乳製品、豆類、魚なども組み合わせて
  6. 6食塩や脂肪は控えめに
  7. 7適正体重を知り、日々の活動に見合った食事量を
  8. 8食文化や地域の産物を活かし、ときには新しい料理も
  9. 9調理や保存を上手にして無駄や廃棄を少なく
  10. 10自分の食生活を見直してみる

食事バランスガイド

「食生活指針」を具体的な行動に結びつけ、バランスの摂れた食生活を実現できるように、2005年(平成17年)7月、農林水産省と厚生労働省は、食事の望ましい組み合せや、おおよその量を分かりやすくイラストで示した「食事バランスガイド」をまとめた。
「食事バランスガイド」(下図)は、上部から主食、副菜、主菜、牛乳・乳製品、果物の順に構成されている。形状は、昔から親しまれているコマをイメージし、食事のバランスが悪くなると倒れてしまうことを表現。回転(運動)によって安定することも表している。また、中央の水分をコマの軸とし、食事の中で欠かせないものであることを意味している。

食事バランスガイド

食育基本法

「食育基本法」は、2005年(平成17年)6月10日、第162回国会で成立し、同年7月15日から施行された。この法律が制定された目的は、国民が生涯にわたって健全な心身を培い、豊かな人間性を育むことができるようにするため、食育を総合的、計画的に推進することにある。
「食育基本法」の中で「食育」を次のように位置づけている。

  1. 1生きる上での基本であって、知育、徳育及び体育の基礎となるもの
  2. 2さまざまな経験を通じて「食」に関する知識と「食」を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てること

つまり、私たちの心も身体も「食」の上に成り立っているということです。

キッコーマンが取り組む「食育」への姿勢

当社は、2005年(平成17年)5月、「おいしい記憶をつくりたい。」をスローガンに、「食育」に本格的に取り組むことを宣言しました。食の記憶には、味による記憶と食べる環境による記憶があります。誰と食べるのか、どんな気持ちで食べるのかによって、「おいしい」は違ってきます。本当の意味で「おいしく食べる」ということは、味はもちろん、楽しく落ち着いた雰囲気の中で安心して食べられることです。多くの人たちに、そんな「おいしい記憶」をたくさんつくっていただきたいと考え、それをサポートしてまいります。具体的な活動は、ホームぺージをご覧ください。

各国が取り組む「食生活指針」

1977年(昭和52年)、アメリカ上院の「栄養および人間ニーズに関する特別委員会」の中で、「米国の食事目標」(マクガバン報告)が公表された。1980年(昭和55年)には、教育・啓蒙のためのガイドライン「アメリカ人のための食事(食生活)指針」を策定、それ以降、5年ごとに改定されている。世界各国でも食事改善が必要であるとされ、独自の食生活指針を作っている。そこには各国の食事情がみえ、お国柄が反映されている。

アメリカの食生活指針

20年前、アメリカのライシャワー教授は、「今や、しょうゆを筆頭に、豆腐その他の日本食品が、アメリカ料理の主流に加わりつつあります。このことは、アメリカの食生活に重大な変化が起こる前触れにほかなりません。」と語っている。健康食品店に並べられている商品のほとんどが日本食品であり、なかでも豆腐は健康食品としてよく知られ、ライシャワー教授のいた時代のハーバード大学の学生食堂でも毎日アラカルトとして出されていたという。
その背景には、栄養過多から多くの肥満者を生み、心臓病・糖尿病・脳卒中、高脂血症などの生活習慣病が多発したという事情がある。そこで、食生活の根本的な見直しが行われた。その本格的な取り組みが、1980年(昭和55年)から連邦農務省と連邦厚生省の共同で5年毎に発行している「栄養とあなたの健康―アメリカ人のための食事目標」である。
この目標は、健康増進と病気予防に役立つ食品の選択のためのガイドラインであり、連邦政府の国民栄養に関する政策や栄養教育活動の基盤と位置づけられている。
この食事目標を受け、実践するためのツールとしてフード・ガイド・ピラミッドがある。これは、日本も参考にしたように世界各国でも生かされ、各国1001独自のフード・ガイドを作っている。2005年度からアメリカでは、ホームページ上で年齢・性別・活動レベルを入力すると、個人のフード・ガイド・ピラミッドを作れるマイ・ビラミッドを提供し、若い世代への関心を集めようと努力している。

1980年の「食事目標」
  1. 1多様な食品を食べる
  2. 2望ましい体重を維持する
  3. 3脂肪の摂り過ぎ、飽和脂肪酸およびコレステロールの摂り過ぎを抑える
  4. 4糖分を摂り過ぎない
  5. 5ナトリウムを摂り過ぎない
  6. 6アルコールを飲むならほどほどに
2000年の「食事目標」
  1. 1健康的な体重を目指す
  2. 2毎日、身体を動かす
  3. 3フード・ガイド・ピラミッドを使って適切な食品を選ぶ
  4. 4毎日、多種類の穀物、特に全粒の穀物を選ぶ
  5. 5毎日、多種類の野菜、果物を選ぶ
  6. 6食品を安全に保管する
  7. 7飽和脂肪酸やコレステロールの低い食事を選び、脂肪の摂取量を控える
  8. 8砂糖の摂取量を控えるための飲料や食品を選ぶ
  9. 9塩分を控えた食品を選ぶ
  10. 10アルコール飲料を飲む時は、ほどほどに
2005年の「食事目標」
  1. 1必要エネルギーの範囲内での適正な栄養摂取を
  2. 2健康な範囲に体重を維持し、消費に見合ったエネルギー摂取を
  3. 3座っていることを減らし、日常生活の中で身体を動かす
  4. 4必要エネルギーの範囲内で、野菜や果物を十分に摂る
  5. 5飽和脂肪酸、コレステロールの摂取を控える
  6. 6食物繊維に富んだ野菜、果物、全粒食品を摂る
  7. 7塩分の少ない食品を選び、野菜や果物に含まれるカリウムを摂る
  8. 8飲酒は適度に

内容を比較すると、生活習慣病予防のために栄養バランスに心がける、食物繊維を含む野菜、果物、全粒食品の摂取、運動の必要性が指針になっていることがわかる。
この25年間でアメリカ人の食生活の変化がみえ、運動不足になりがちな生活スタイルがうかがえる。これは日本人にも同じことがいえるのではないだろうか。

フード・ガイド・ピラミッド
イギリスの食事指針 1990年
  1. 1食事を楽しむ
  2. 2多様な食品を食べる
  3. 3健康的な体重を維持するのに適切な量を食べる
  4. 4でんぷんや繊維質を多く含む食品をたくさん食べる
  5. 5脂肪は摂り過ぎないようにする
  6. 6砂糖を含んだ食品を頻繁に食べないようにする
  7. 7食事でビタミンやミネラルを摂るようにする
  8. 8もし飲酒するなら、賢明な範囲にとどめる
イギリスの食事指針
中国の食事指針 1997年
  1. 1穀類を主食とし、多種類の食品を食べる
  2. 2もっと野菜、果物、いも類(さつまいも、キャッサバを含む)を食べる
  3. 3牛乳および大豆、大豆製品を毎日食べる
  4. 4魚、鶏肉、卵、赤身肉を適当量摂る。油やラードの摂り方は減らす
  5. 5食事量と運動量のバランスをとり、理想の体重を保つ
  6. 6油分と塩分の少ない食品を摂る
  7. 7アルコールを飲むなら限られた量にする
  8. 8腐ったものは食べないようにする
中国の食事指針
オーストラリアの食事指針 1992年
  1. 1多様な食品を楽しむ
  2. 2パン、シリアル(できれば全粒のもの)、野菜(豆類を含む)、果物を十分に食べる
  3. 3脂肪、特に飽和脂肪の少ない食事をとる
  4. 4食物摂取量と日常活動量とのバランスにより、健康的な体重を維持する
  5. 5アルコールを飲む時には量を控える
  6. 6砂糖及び砂糖の入った食品はほどほどに
  7. 7食塩の使用は控え目にし、食塩添加量の少ない食品を選ぶ
  8. 8母乳哺育を
  9. 9鉄を含む食品を食べる(特に女性、菜食主義者、アスリートには重要)
オーストラリアの食事指針
インドの食事指針 1988年

(貧しい人のための食事目標)

    1. 1食事は高価でなく、できるだけ伝統的で文化的実際に近いものに合わせる
    2. 2穀類からのエネルギーは総エネルギー所要量の75%を超えないようにする
    3. 3豆類を穀類豊富な食品と共にとり、一日当り牛乳を少なくとも150ml、野菜を150g摂る
    4. 4油脂類からのエネルギーは全体の10%を超えないように、精製糖は全体の5%を超えないようにする


(豊かな人のための食事目標)

  1. 1全体のエネルギーは座位の仕事の人の必要量に合わせて制限すれば、肥満が防げる
  2. 2穀類は精製度の高いものよりも低いものを選ぶ
  3. 3食事に緑の葉物野菜を取り入れる
  4. 4食用油は40g以下にし、総脂肪量は総エネルギーの20%以下、ギー(透明なバター)は特別なときのみ使用する
  5. 5砂糖および甘いものは制限する
  6. 6特に高血圧の傾向のある人は食塩を摂り過ぎないようにする

アメリカ、イギリス、中国、オーストラリア、インドと、各国のフード・ガイドや食事目標にはお国柄がうかがえる。その中で各国が共通しているのは、脂肪・塩・砂糖・アルコールの摂り過ぎに注意し、ビタミンやミネラルを十分に摂るように指導している点だ。現代人の飽食生活に警鐘を鳴らし、より健康な食生活を目指している。

参考文献
  1. 1国立国会図書館(調査と情報・No450 欧米の食育事情)
  2. 2農水省ホームペーン (https://www.maff.go.jp)
  3. 3(財)食生活情報サービスセンター