キッコーマン食文化講座

「ベトナムの食文化探訪~古都フエに息づく信仰・伝統行事・食~」

日程 2026年3月14日
場所 キッコーマン株式会社東京本社 KCCホール
講師 学習院女子大学 教授 宇都宮 由佳先生
主催 キッコーマン国際食文化研究センター
「ベトナムの食文化探訪~古都フエに息づく信仰・伝統行事・食~」

1. フエ料理はなぜ特別か? 南北の味付けと「阮(グエン)朝」のルーツ
ベトナム中部に位置する世界遺産の街、フエ。1802年から1945年まで、フエにはベトナム最後の王朝である阮(グエン)朝の都が置かれていました。「ベトナムの京都」とも称されるこの古都は、単なる観光地ではなく、ベトナムで最も洗練された食文化を誇る街でもあります。
ベトナム料理は、地域によって驚くほど味が異なります。フエを中心とした中部料理の最大の特徴は、「辛味の強さ」と「濃厚で複雑な味わい」にあります。

地域による味付けの明確な違い
• 北部(ハノイ)  : 素材を活かしたシンプルな塩味が特徴。
• 南部(ホーチミン): ココナッツミルクや砂糖を多用した、甘くまろやかな味わい。
• 中部(フエ)   : 唐辛子やエビの発酵調味料(マムルオック等)を多用。刺激的な辛さと、深みのある濃厚な風味が特徴。

宇都宮由佳先生

2.宮廷料理とフォトジェニックな小皿料理
皇帝や皇族に捧げられた「宮廷料理」は、味だけでなく見た目の美しさも追求された「食の芸術」です。この「美しさへのこだわり」が、現在のフエの一般家庭や街角の料理にも色濃く受け継がれています。
「鳳凰のパテ(フォン・ホアン・カイ・ヴィ)」は、フランスの影響を受けたパテを魚のすり身などで作り、鳳凰の姿を模した見事なデコレーションが施されます。まさに職人技が光る一皿です。
「バン・ベオ」は、米粉とタピオカ粉を混ぜて蒸したものです。フエでは、手のひらに乗るほど小さな器に一つずつ盛り付けられ、干しエビの粉末などがトッピングされます。「ベオ」とは水草を意味し、小さな器がずらりと並ぶ様子は、水面に浮かぶ水草を彷彿とさせます。
ベトナム風かき氷「チェー」も、フエでは独特の提供スタイルが見られます。豆類、トウモロコシ、紫芋、ココナッツなどが、小さな小鉢に美しく並べられ、お好みの具材を選んで楽しみます。視覚的にも鮮やかで、フエを訪れるなら外せないスイーツです。


3. 「ブンボーフエ」と秘伝の調味料
ブンボーフエはフエの代表的な麺料理です。ハノイの「フォー」が平たい麺であるのに対し、ブンボーフエは丸みのある「太麺(ブン)」を使用します。 豚骨と牛肉からじっくりと取った出汁に、レモングラスや唐辛子、そして小エビを塩漬けにして発酵させた「マムルオック」という調味料を加えます。 スープの赤い色は唐辛子の色であり、これは隣接するカンボジアのチャム文化の影響とも言われています。
色鮮やかな祭壇飾り宇都宮先生が現地から持ち帰った「土地の神様」へのお供え飾り

4. 信仰と伝統が息づく街:日常に溶け込む「祈りの食」
フエは「ベトナム仏教の聖地」とも呼ばれ、信仰と食が切り離せない関係にあります。フエの一般家庭には、儒教、仏教、道教が融合した独自の信仰が息づいており、「祖先壇」「仏壇」「台所神」の3つの祭壇があることも珍しくありません。「食べること=祈ること」が日常に溶け込んでいます。
旧暦の1日と15日は、多くの人々が肉や魚を断ち「精進料理(チャイ)」を食べます。フエの精進料理は非常にカジュアルで、いつもの料理の出汁を昆布に変えたり、肉を大豆ハムに置き換えたりして楽しみます。殺生を伴わないという理由から、プリンやチーズなどの乳製品・無精卵も使われることがあります。
季節を彩る伝統儀礼である旧正月に欠かせないのが、「粽(ちまき)」です。四角い「バインチュン」や円筒形の「バインテット」が供えられます。旧暦の12月23日には、 1年の出来事を天に報告しに行く「かまどの神様」のために、美しい供物を用意します。また、土地の神様(クン・タック)へのお供えは、エビ、カニ、豚肉、茹で鶏などを豪華に供え、地域の安寧を祈ります。


5.フエでおすすめの食体験
最後に、ブンボーフエのほか、フエに訪れたら試してほしい「通」な味をご紹介します。
  • 塩コーヒー(カフェ・ムイ): フエが発祥とされるドリンク。塩の塩味と濃厚なクリーム、苦味のあるコーヒーが絶妙に調和し、驚くほどのおいしさです。
  • バイン・ロック(タピオカ餃子):タピオカ粉のモチモチ皮に甘辛のエビと豚肉の餡を包んだ料理。フエの名物で家庭でも作られます。
  • しじみご飯(コムヘン): 汽水域で取れるしじみを使った料理。しじみの旨味が詰まったスープと一緒に楽しむ、フエならではの郷土料理です。
  • バナナの花:千切りにして、麺料理のトッピングとして生で食べることが一般的です。
  • 蓮(ハス):花はお茶に、実はご飯(コムセン)に、芯は非常に苦いですが安眠を誘う「芯茶」として、あらゆる部位を食用にします。
  • バイン・イン(型抜きケーキ): 寿や福の文字が浮き出た、ハスの実の粉やタピオカ粉で作る伝統菓子。かつて皇帝に捧げられた高貴なお菓子です。
会場参加の方には、苦いけれど安眠できる「蓮(ハス)の芯のお茶」と祭壇のお供え物であるお菓子(バイン・イン)を試食していただきました。お菓子の入った四角い箱は大地を象徴し、五色の紙で包むことで東洋文化に見られる五方五行の要素を表しています。
会場で試食したお茶とお菓子
箱の中に入っているお菓子(バイン・イン)


フエの人々は、厳しい戦争や貧しい時代を乗り越え、自分たちの伝統と誇りを守り続けてきました。フエの若者の約9割が「伝統行事をきちんと継承していきたい」と答えている調査結果もあり、その誇りは次世代へと確実に受け継がれています。フエを訪れた際は、ぜひその料理の背景にある歴史や、人々の祈りの心に思いを馳せてみてください。ただ食べるだけでは味わえない、深く豊かな「文化の味」がそこにはあります。

【基本データ】

  • 首都: ハノイ(フエは中部を代表する古都)
  • 通貨: ベトナムドン(1,000ドン=約6 ※2026年時点)
  • ベストシーズン: 乾季にあたる3月〜8月。