研究機関誌「FOOD CULTURE No.1」21世紀の世紀の食文化
時代の100年ぶりの大転換とともに、食文化もまた21世紀に、画期的な変化を見せることになるだろう。全世界的な大移動・大交流のなかで、内外の人が「土地ごとに集い楽しむ食」が、21世紀食文化の基本となる。それが、本稿の要旨である。
「世界観光機関」(WTO、本部マドリッド)が発表している数字によれば、1998年の国際観光客数は、地球総人口60億人の1割を超える、6億2500万人に達している。この数字が2000年には7億人、2010年には10億人、2020年には16億人に上るであろう、21世紀最大の産業は観光産業であると、同機関は推定する。その見方は、少なくとも21世紀前半に関するかぎり、原則として正しい。
技術文明が大局的には成熟し、全身に「驚きと喜びと幸せ」を感じさせ、全身から元気を出させる画期的な工業製品や産業技術はもはや見当らない。情報伝達技術、エレクトロニクス技術のような、「頭の喜ぶ技術」はあるが、かつての抗生物質、マイカー、新幹線、ジェット機、家電製品、ナイロン製品に当るような、全身から大きな元気を出させる技術が見当らなくなった。ここから、明日に向って生きる時間の観念が後退し、代わって空間感覚が猛然と慟き出して、人は旅に出る。「動の時代」が始まり、人について動く携帯電話、ペットボトル、秒針つき時計、ノート型パソコン、靴などがよく売れる。
食についていえば、外食がいよいよ盛んとなるだろう。それも、椅子に座って何時間もジッとしているフルコース型ではなく、短時間で次へと移動できる1品料理ないしはザックバラン型料理である。あるいは食べ物自体が動く、回転ズシその他の回転レストランとか、弁当にペットボトル飲料、カン飲料の類いがよく売れる。宿屋は、「豪華」夕食よりも、翌朝の客出立のときに、気の利いた弁当を用意することのほうが、これからの売り物となる。弁当産業はいよいよ伸びていくだろう。
「動の時代」を第1の特色とするなら、第2は栄養や健康とともに、何よりもまず食を楽しむ「食文化の時代」がやってくるということである。明日に対する確信が後退し、進歩•発展の実感に乏しくなるぶん、今日1日1日の「くらしといのち」を最高に美しく輝やかせたい。1人では心細く、不安があり、集い楽しみつつ、おいしく食べ合いたい。21世紀は、「会食の時代」だといってもいい。パーティーとか外食の機会はいよいよ増えていく。「人情」が、全世界的に求められる時代がやってきた。食事は家族とともに、が鉄則のように守られてきたフランスでも、最近はビジネス・ランチ、ビジネス・ディナーの機会が増えてきている。しかしその場合でも、メインディッシュになるまでは仕事の話はせず、個人的にいかに親しくなろうとしているかに努め、楽しく食べ合おうとする。公と私、社会と個人が限りなくにじみ合って、共助のうちに21世紀を乗り切ろうとしているからである。
そのためには、「いい人、いい味、いい話」が、これからの食文化には不可欠である。行者のような顔をして料理の味だけを問う食べ方は、楽しくない。楽しくないものは、文化ではない。日本人がレストランに行くのは、「美味しいものを食べるため」、アメリカ人の場合は、「家で料理を作る手間を省くため」なのに対し、フランス人は「互いに仲良くなるため」レストランに行く、とこれまでいわれてきた。しかし21世紀では、レストランの食事はどこでもフランス型となるだろう。
21世紀の食は、まさに「くらしといのち」を最高に輝やかせ、互いに心と心を結び合わせるためにある。それは、いわばラテン的、カトリック的な生き方である。生きる手段として食を考える、その意味では一般に食事がおいしくないプロテスタント的、ないしゲルマン的生き方からの、大転換である。
食事の不味さで「定評」のあったイギリスでも最近はおいしいレストランがあちこちに出現するようになった。歩きながら2時間置きにハンバーガーを口に突っこんでいたアメリカ人も、いまや赤ワインとともにゆったりと食事し合うフランス型のほうが健康的で、心臓病疾患で死ぬ危険性が少ないことを認識するようになった。
いま世界中からの外国人観光客をもっとも多く惹き寄せているナンバーワンの国は、フランスである。1998年においては、その数が7千万人に達した。人口数(5800万人余り)よりはるかに多い。2位アメリカ、3位スペインの受け入れた国際観光客数がいずれも4700万人台であることを考えれば、フランスのダントツぶりがよく分かる。
その秘密は一にも二にも、食事やワインが安くておいしく、誰もが理屈抜きで楽しくなり、友となり合えるところにある。どの土地へ行っても、どの地方の小都市でも、その土地の農産物をおいしく安く食べさせてくれる郷土料理があり、そのためのこぎれいなレストランがあり、そしてサービスする人の笑顔と人情がある。
その土地のものを、その土地でおいしく楽しく食べる。それこそが食文化の本質・中枢であり、土地の人には生きる自信と誇りを与え、そして旅人にも旅の最高の楽しさと安心、旅をした甲斐、幸せを与える。食文化はその意味であくまでもローカルなものであり、土地の食材、土地の空気や水、山地や平地、乾燥地帯や湿地帯、寒冷地や温暖地、熱帯地などの土地柄とピタリ結びついている。
世界的大移動・大交流のなかで、相互に食の知恵、技術が影響し合い、フランス料理の隠し味に醤油が使われたり、日本料理にフランス料理のスパイスが使われたりすることは、大いに進むだろう。盛りつけの仕方や、皿の並べ方、レストランのデザインも、これからさまざまな工夫がなされるに違いない。
しかしその一方で、食文化が本来の姿を明確にし、「地方化」の個性をそれぞれ世界に向って発揮し、世界の誰にも親しまれる、その土地なりの味がより一層追求されることも、事実である。そしてこの「地方化」こそが、21世紀第3の、そして最大の特色である。 日本の食文化についていえば、世界の人に通じる形での和食の復権、米と醤油を基本とした日本型食生活の創造が、これからの大きな課題となる。日本各地の食材をその土地なりに生かし、肉やスパイス、そして風土に合ったおしゃれ感覚も加味しながら、日本各地の新郷土料理をいかに多様化し、楽しくおいしくしていくか。その際、日本酒と日本茶、そして箸を「洋風化」といかにうまく合わせ、丼物やおにぎりなどのごはん文化、醤油文化を、いかにおしゃれにしていくか。
ホテルがコーヒー、紅茶とケーキの代りに、上等な煎茶と小さな焼きおにぎりを出してくれたら。あるいはフランス料理のなかにミニ牛丼、ミニ天丼などを日本酒、日本茶とともに入れてくれたら。さらに、その「地方的個性化」が進んだとしたら、内外の人にどんなに喜ばれ、会話がはずみ、明日に生きる知恵がそこから生まれてくることか。
不況のなかに生きる勇気と元気、その土地に生きる自信と安心は、まさに地方ごとの豊かな、ヴァラエティに富んだ、日本型食生活を創造することからはじまるといっていい。これを内外の人が集い楽しみ、友となり合う食文化の時代が、21世紀であると思う。
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木村尚三郎
1930年東京都生まれ。1953年東京大学文学部西洋史学科卒業。 1976年東京大学教養学部教授就任。1990年同大学名誉教授就任。独自の歴史観に立脚し、学際的で内容の幅広い歴史学者。大蔵省・総理府・厚生省などで要職を兼務。鹿児島県立霧島国際音楽ホール館長、トヨタ財団理事長。近年、首相諮問機関「食料・農業・農村基本調査会」の会長に就任。1999年7月に成立した新農業基本法の法案の起旨をまとめ、農業や食文化に関する発言・著述も精力的に行う。著書に「歴史の発見」「西欧文明の原像」「耕す文化の時代」「美しい「農」の時代」「家族の時代」など多数。映画「ヨーロッパの食文化」全5巻を監修。 |






