研究機関誌「FOOD CULTURE No.1」国際化する日本の食文化
異文化への定着
近年、日本の食文化が世界的に注目されている。その最大の理由は、言うまでもなく日本料理が健康によい、という健康志向から生まれた日本料理ブームに起因する。世界中の大都市に、ジャパニーズ・レストランが誕生しているのは周知のとおり。
1998年5月パリに滞在したとき、サン・ジェルマン通りから脇道へ入って、オデオン座の脇までのわずか約500メートルほどの小路にその手の店が5軒もあったのに、驚いた。もちろん客層の大部分は現地の人びとで、日本人の姿がほとんど見えぬ店が3軒ほどあった。
日本の料理や食材・調味料は明らかに外国で定着しつつある。日本語がそのまま通用する寿司やてんぷらはもちろん、かなりの日本語が外国の辞典にも登録されている。たとえば、『小学館ランダムハウス英和大辞典』の付録に「日本語から借用された英語」の一覧があって、約900語ほどの言葉があげられている。そのなかをジャンル別にみたとき、最も多いのが料理、食品関係の語で、あわび、鮎といった魚介類、大根、菜葉といった野菜、ギョーザ、ラーメンなどの外来の食、箸、弁当など食器類等々、約80語ほどを数えることができる。なかには、早晩消えていくであろう語もあるけれど、日本文化進出の現状からみると、食が突出していることは間違いない。
なかでも醤油、大豆関係の語が最も多く、Soya burger(大豆ハンバーガー)Soyalink(大豆ソーセージ)、Soya meal(おから)などなど、なんと29語もあげられ、いかに欧米において醤油と豆腐の影響が大きいかがうかがえる。
日本の食文化が異文化のなかに定着しつつあることは、誰の目にも明らかなのだが、これをうけて、諸外国では、日本の食をもっと知りたい、研究しよう、という動向が生じ、また国際的な視点から日本の食文化を考え直す必要も見えてきた98年の2月には、ライデン大学で、アジアの食をめぐる国際シンポジウムが開催され、日本の食文化は、重要なテーマとなった。また新しい視点としてイギリスに移住したインド人の食生活の分析など、ヨーロッパにおける異文化の食の受容をめぐる研究が興味深かった。オランダで食事をしてみると、旧植民地のインドネシア料理がしっかりと根をおろしていることがよくわかる。そのなかから、インドネシアとオランダの折衷料理も生まれてきていることを、シンポジウムを主催したカタジーナ・チフィエルトカ博士から教えられた。大胆に異文化の食をとり入れたのは日本だけではない。この点は世界に共通する問題として、比較文化の視点から取り上げられる必要があろう。
日本の食文化をめぐる、海外での講演会も最近多い。私が個人的に参加した会に限ってみても、98年には2回、ニューヨークのジャパン・ソサエティーで、日本の食文化をめぐる会が開かれた。4月には、5人のスピーカーによって歴史や食器についての報告をはじめ、日本における欧米語と食の問題までさまざまな角度からの講演があった。また11月には和菓子の実演と講演の会があり、ニューヨークの虎屋から出張してきて和菓子造りの実演があった。99年には、国際交流基金の巡回講演会で、ケルン、ローマ、パリの3都市で試食と講演の会を試みた。ケルンでは、日本からもっていった食材をつかって、ご飯を主体に散らし寿司、まぜご飯、炊きこみご飯、にぎり飯など、5種類をつくり、食文化史の講演のあと聴衆200人に試食をしていただいた。試食と現代の日本の食生活の講演は料理研究家の日出山千華氏の担当。3会場とも現地の職員の方が、混乱を心配するほど満員の盛況で、パリでは2回の講演であったが、質問もたくさん飛び交い、聴衆の関心の高さがうかがえた。
食文化をめぐる国際交流
海外における日本の食文化への関心の高まりに対して、われわれの側に、十分のそなえがあるかというと、ようやく体制づくりの緒についたところである。欧米はもちろん、中国や韓国などの東アジアの国々でも食文化を中心とする学会は多い。こうした学会から、しばしば日本での国際集会を申し込まれるのであるが、なかなか日本での受け皿がない。日本の食にかかわる学会をサポートする組織が必要である。
サポートは単なる経済的なものであっては不十分である。どのような食文化研究を、いかにすすめるか、確固たる見識が求められる。広い国際的視野とその情報を蓄積し、そのうえで共同研究や研究集会が組織できる基盤が是非とも設けられなければならない。
このたびキッコーマンが創設する国際食文化研究センターの、国際という言葉に大いに注目している。国際化する日本の食文化のなかで、正にこうした研究基盤が求められていたからである。
しかし、ここに問題がないわけではない。まず第一に、食文化の研究そのものが、経験の浅い若い学問なのである。好事家による食味論は古くからある。家政学を中心とする調理研究の歴史も100年からの歴史があるのだが、こうした食の世界を、文化的背景を含め、総合的にとらえようとする食文化の研究は、石毛直道氏が提唱して以来、まだ30年ほどしか、蓄積はない。食文化研究センターとしては先輩にあたる味の素食の文化センターで毎年、食の文化フォーラムを開いて20年。ようやく既成の学の領域をこえた、さまざまのジャンルの専門家の討論が重ねられるようになった。
いいかえると、日本の食文化について、先人たちの努力がようやく実って、かなり豊富なデータと研究が生まれ、われわれ日本人自身が、日本の食文化をきちんと認識できるレベルに達してきたのである。
それにひきかえ、はたして異文化の食について、われわれはどこまで正確な情報をもっているだろうか。先日、フランスの食文化史研究者が来日してフランスにおける食文化の専門家として、日本の専門家と共同研究をおこないたい、と申し入れられた。彼のみるところ、日本でのフランス食文化についての理解は偏っているという思いがあったようである。言語の問題もあるので容易ではないが、専門家同士の高度な国際交流も、実現したい課題の一つである。
一方では、ごく日常的レベルでの食の課題も興味深い。現代の子供たちの個食化現象は、予想をこえて急速に進行している。むしろそれをよしとする親たちが増えているというべきかもしれない。欧米における人間と食の関係は、すでに早くから個人的領域に入っていた。だから逆に個食化の現象はみえてこない。つまり、一つの基準で分析するのではなく、個々の社会がもつ固有の論理のなかで、食文化を広く理解していく方法が確立される必要がある。
海外に強力なネットワークをもつキッコーマンであればこそ、かつての経済を軸とした国際交流にかわって、文化を軸にした国際交流をおしすすめるのに最もふさわしい研究センターを立ち上げることが可能であると、期待している。
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熊倉功夫
1943年東京都生まれ。東京教育大学大学院修了。国立民族学博物館教授。同博物館民族文化研究部部長。茶道史、寛永文化をはじめ、日本の料理文化史、民芸運動など、幅広い研究活動を続ける。著書には、「茶の湯」「近代数寄者の茶の湯」など多数。映画「日本の食文化」全5巻を監修。 |






