研究機関誌「FOOD CULTURE No.21」日本料理の質とバリエーションに米国が注目 ー健康的で楽しい日本料理ー
世界最大級の料理会議 ワールド・オブ・フレーバー2010 取材報告
2010年11月4日から6日までの3日間、米国カリフォルニア州ナパ・バレーにある米国屈指の料理大学CIA(The CulinaryInstitute of America)を会場に、第13回Worlds of Flavor International Conference& Festival(WOF)が開催されました。この会議は毎年開催されている世界最大級の料理会議で、料理人や料理研究家をはじめ、食に携わる様々な分野からおよそ800人が参加。「日本の味と文化」というテーマで、大会場での16のジェネラルセッションのほか、少人数対象の26のセミナーや17のキッチンワークショップで詳しい解説や質疑応答、試食などが行われました。
会議のテーマを1カ国だけに絞るのは2006年のスペインに続いて2回目で、これは米国の食のシーンで日本料理への興味が高まっていることを物語っています。今回は、米国で活躍するトップシェフはもちろん、日本の著名なシェフ総勢39名と教育界やジャーナリスト、さらに海外で活躍する日本人シェフも参加し、一丸となって会場を盛り上げていました。
参加できたいくつかのジェネラルセッションとセミナーについて、日本料理の神髄とその多様性、そして米国で興味をもたれている日本の味に注目し、その概要を報告いたします。
日本のシェフが米国人シェフに伝えたい日本料理と文化
1.日本料理における伝統と革新:多様性の源泉をたずねて
辻 芳樹氏【辻調グループ校・校長】
最初のセッションを飾った辻氏は、江戸前寿司担当の今田洋輔氏(銀座久兵衛)と懐石担当の高橋義弘氏(瓢亭)、そして八寸担当の徳岡邦夫氏(京都吉兆)を紹介し、各シェフは自身の説明を交えてプレゼンテーションを行いました。
そして、辻氏のセッションでは、「日本列島は北海道、本州、四国、九州の4島からなる細長い島国で、70%が山や森で、川も多く、四方を海に囲まれている。その海では暖流と寒流がぶつかり合うため魚が多い」と地理的特徴を示しました。また「日本は、江戸時代の260年間の鎖国を経て独特の文化を作り、侍の町・江戸は男性社会によりファーストフードが発展、1200年も天皇が居た古都・京都は懐石や茶が発展、商人の町・大阪は金持ちが多く外食が盛んとなった。その三都が今日の日本料理の多様性を作った」と、有名な都市名をキーワードに、日本料理の多様性の原点を外国の人にもわかりやすく解説しました。さらに「本膳料理と茶道が精進料理(ベジタリアン料理)を生み出し、そして、21世紀には更に変化を遂げ、新しい日本料理が作られている」と、日本料理の潜在能力を示しました。
2.料亭と懐石:日本のファインダイニングの秘密
辻 芳樹氏【辻調グループ校・校長】
辻氏の案内で4名のシェフが登場し、実演を交えて懐石という代表的日本料理の説明を行いました。
3.日本のカジュアルフード:屋台料理から家庭の味(ほっとする味)、直火料理
古市 尚氏【CIA日本同窓会、フィーストインターナショナル(株)】
古市氏からは、「日本ではハンバーガー、お好み焼き、ラーメン、焼き鳥、安価な寿司、蕎麦・うどんなどカジュアルフードも人気が高い。カジュアルフードの店舗数は、NYの18,696に対し、東京は160,000と9倍も多い」との報告がありました。
また、会場のプロジェクターには各キッチンから調理の模様が次々と実況中継されましたので、各シェフの料理の特色を紹介します。
水野幾郎氏【六覺燈】
小麦粉に水だけでなく、オリーブオイルと白ワインを加えて独自の工夫を凝らした衣を使用。
森住康二氏【CHABUYA】
生ハム、胡椒、カラスミをのせ、しょうゆを垂らしたラーメン。
アイバン オーキン氏【アイバンラーメン】
外国人シェフによる日本式の塩ラーメン。
八島且典氏【焼とりの八兵衛】
しょうゆ、味醂、砂糖、昆布や鰹節で作ったタレや備長炭をうちわで扇ぎ、900℃に温度を上げて焼きあげる技術を披露。
4.技術をマスターする:そば、天ぷら、ベジタリアン 他
5名のシェフが伝統的な職人技を次々に披露しました。なかでも蕎麦を精魂こめて汗びっしょりになるまでこねながら、「ここが一番難しい」と奮闘していた堀井シェフに、いつもは冷静な会場から大声援が起こったのが印象的でした。
駒木司郎氏【小鯛雀鮨 鮨萬】
「大阪の寿司は、圧力を掛けて箱寿司にしてから3日間冷蔵庫に置き、塩と酢により魚がしまり味が良くなってから食べるもの」と江戸前との違いを述べ、アナゴ寿司を実演。
5.味に深みを持たせる方法:うま味、ダシ、旬の素材
Hiroko Shimbo氏【日本料理コンサルタント】&Harold McGee氏【フードライター】
Shimbo氏は「完全な栄養素で構成された母乳はうま味も高い」、そしてHarold McGee氏は「トマト、マッシュルーム、チーズにもうま味はある。米国では、うま味から次のものへ関心が向いている」と報告があり、村田シェフの実演が行われました。
村田吉弘氏【京都 菊乃井】
村田シェフは、「うま味が高いダシは、ほとんどカロリーゼロで健康にも良い。また、うま味は精神的満足度を高める」とし、うま味の高い精進料理と僧の心穏やかな暮らしぶりの関連性について述べました。
さらに、「ダシは昆布、鰹節、椎茸から取る。昆布のグルタミン酸は80℃で蛋白凝固を起こすことが10年前にわかったため、今では60℃の湯で1時間抽出するようになり、グルタミン酸が30%も多く取れるようになった。水は硬度60以下のものが良い」「昆布を取り出し沸騰させてから鰹節を入れる。昆布のグルタミン酸と鰹節のイノシン酸の相乗効果でうま味が8倍も高まる。椎茸(乾燥)のうま味はグアニル酸で、昆布との相乗効果によりうま味が16倍となり、ベジタリアン用のダシにもなる」と、うま味の複雑さを丁寧に説明し、ダシの重要性を強調しました。
6.郷土料理:バラエティー豊かな食材、料理法、季節の祭りごと
吉本隆彦氏【(株)ミュープランニングアンドオペレーターズ】
吉本氏のセッションでは「日本は南北に3,200kmと大変長く、四季があるため食材も調理法も多様である。そして、スペインのスポンジケーキは長崎のカステラに、古代中国の鍋を博多の水炊きにとヘルシーに変え、海外文化の影響も受け独自の料理を作り出した。そして、伝統的な郷土の祭りと同じように、母から子どもへ料理が受け継がれてきた。しかし、1990年代からは、高齢化、核家族化、国際化、人口減、コンビニやスーパーマーケットの増加もあり、数々の問題を抱えてきた。そのため、スローフード、健康志向、地産地消などで注目される郷土料理が見直されている」と指摘し、各地域の主な食材と郷土料理名の紹介がありました。その後、各シェフから次のような郷土料理の実演があり、食材と調理法の多様さが示されました。
7.日本の魚市場と5S1K
Dr. Theodore C. Bestor 【ハーバード大ライシャワー日本研究所 社会文化人類学教授】
Dr. Bestorは、築地市場を「年間54万トン、4345億円に上る魚介類を取り扱う世界最大の魚市場」と位置づけ、「その発祥は日本橋の魚河岸であり、1620年代には江戸城の将軍にも魚が届けられた」という歴史を紹介しました。さらに、セリのシステムには、「下見Shitami(Inspection)、新鮮Shinsen(Freshness)、旬Shun(Seasonality)、選別Senbetsu(Discrimination)、揃いSoroi(Selectionor Array)、型Kata(Shape or Form)の5Sと1Kの特徴がある。下見がしやすいように、セリを待つ100種類以上の新鮮な魚介類がきちんと並べられ、セリ会場ではシェフ、魚屋、バイヤーの間で価格を競い合う。セリを終えると、その結果が書かれたタグがマグロなどに貼られ卸しの屋台に並べられる。このスタイルは、17世紀半ばの日本橋魚河岸のセリの様子と少しも変わっていない。“旬”とは、新鮮で季節を告げる食材のこと。色、形、汚れのない美しい外観は魚の内容を反映しており、それを“型”という」と、市場の専門用語もまじえて説明しました。
米国のシェフ教育と日本人の食生活
1.日本料理、グローバルの味覚、そしてアメリカ人シェフへの教育
Dr. Tim Ryan, C.M.C., ED.D., M.B.A.【CIA校長】
Dr. Ryanは、日本料理の米国での発展について「米国で1960年代後半から現れ始めた日本料理店は、現在、北米で1万店を越しており、300年以上の歴史を持つ日本のキッコーマンが米国に進出して50年を越えている。2011年のミシュラン三つ星レストランが、パリでも10店、ニューヨークでも4店しかないのに、関西12店、東京11店と多数がランクされ、日本の料理への注目度が高いことがわかる」と報告しました。
また、「CIAでは、ヘルシーな日本の味を応用したアメリカンダイニングのメニューを教育し、MomofukuのDavid Changをはじめとする米国人シェフが大勢育ち、日本人卒業生も多く輩出している。今や若い米国のシェフは、料理の鉄人Masaharu Morimotoに憧れるまでになっている」と、教育の成果も述べました。
2.長寿といえる日本人の食生活
Dr. Lawrence Kushi 【Kaiser Parmanente, Oakland, CA】
米国医療機関で予防医学を研究するDr. Kushiは「日本は、女性86.44歳、男性79.54歳(2009年)と世界で最長寿国」「2004年の健康寿命は、米国69.2歳、日本75.0歳で、米国は24位」というデータを紹介し、日本料理の特長と食品自体の摂取量に着目した日米の比較を行いました。
まず、日本料理は「火と水で調理し、自然な風味・歯ざわり・色を大切に新鮮な食材を用い、しょうゆ、味噌、酢などの発酵食品を使い、盛付けも中位にする」とし、油で調理し、酪農品を多く使用する米国料理との違いを端的に述べました。また食品摂取重量については、「2007年の米国では穀類と砂糖は日本の2倍、赤肉と乳製品が3倍、魚介類と茶が半分、大豆や海草はゼロに等しい」と指摘。米国の心血管疾患は日本の1.7倍であるというデータを引用し、「日本式ダイエットは、ヘルシーなタンパク質としての大豆製品の他、茶、海草、キノコを奨励している」「赤肉より魚介類や海産物が健康に良く、魚を毎日食べると心臓病のリスクが低減し、赤肉の摂取と大腸がんの発症には相関関係があることもわかっている」と、述べました。一方、西洋的な食事が定着した今日の日本ではオーバーウエイトの人も増え、脱メタボ運動を進めている現状にふれ、「日本料理、特に、季節の料理や地方料理、懐石料理や精進料理からもっと学ぶべきでは」と、提言しました。
海外で活躍する日本人シェフが提案する新しい日本の味
グローバルな舞台に立つシェフ達の挑戦
日本料理を現地の人々に伝えようとする各シェフの熱意のこもったコメントとともに、現地の食材や調理テクニックと出会うことで生まれた意欲的なレシピが、ジェネラルセッションやセミナーの各会場で披露されました。
Hideki Matsuhisa氏【KOY SHUNKA, Barcelona, Spain】
カツオのタタキに、鰹ダシのポン酢とスペインの食材であるオリーブオイルとトマトを入れたソースをかけて、現地の人々に伝わるようアレンジ。
Mitsunori Kusakabe氏【Sushi Ran, Sausalito, CA】
「寿司の米も、焼く、揚げる、蒸す、炒める、冷凍する、発酵する、米油のように抽出するなどが考えられる」と、創作寿司のアイデアを提供。
Taizo Yoshikawa氏【日本国連大使シェフ,NY】
試食の機会があった「枝豆のクリームスープ、レーズン・サーモンのせ」は、荒いペースト状にした枝豆の舌触りが残る食感と山椒が和の印象。
異なるジャンルから気付いた新たな日本料理
1.フレンチの経験を取り入れた新しい味
日本国内において和のテイストを取り入れたフレンチを展開する人気シェフも、各自の特色あふれるレシピとともに紹介されました。
三國清三氏【オテル・ドゥ・ミクニ】
サラダは、和の食材である緑、赤、白の海草と天日塩のゼリーに、酢で処理したサーモンをのせ、ハーブ、オレンジピールを飾り、オレンジジュースを使ったソースでさわやかに。ステーキは、ワラを燃やして香りをつけた牛肉に、ワサビ、味醂、しょうゆ、味噌など和の素材の持ち味を加え、刻み海苔を散らし「第5の味はうま味だが、第6の味は脂味だ」とアピール。
2.モダンな日本料理
遠山 茂氏【銀座久兵衛】
「しょうゆで味をつけたイクラの軍艦巻き」と、厚く切ったトロをさっと炙って握った「炙りトロ」を紹介。
徳岡邦夫氏【京都吉兆】
「タイの頭や骨と昆布のうま味による相乗効果が高いタイの汐汁と、タイを鶏手羽先に代えた「鶏汐」を紹介。また、「魚をとったり野菜を育ててくれる一次産業の方がいることを忘れないで欲しい」と、料理人の心構えを伝える場面も。
米国のシェフが提案する和のテイスト
伝統的な和の食材について深い理解と尊敬を示す一方、ある時は飛躍し、驚くようなパフォーマンスを見せる人気シェフたち。米国で新しい料理を創り、注目を浴びる彼らの最新レシピがセミナー各会場で披露されましたので、いくつか紹介します。
炭焼き豚肉とダイコンの蒸し煮
シマアジとウニのカリフラワーソース、ダシジュレ添え
炙りフォアグラにぎりのチョコ蒲焼ソース
秋の野菜の冷製吸物
料理の鉄人と京都とNYのトップシェフが、カリフォルニアの上質な秋の食材を料理する
1993年から1999年までの6年間、日本で200回にわたってテレビ放映された“料理の鉄人”が、今、米国で「Iron Chef」という番組となり、人気を博しています。そのキッチンスタジアムが最終日の大会場に出現、4人のシェフが秋の食材であるカボチャとマツタケをテーマにアイデアを競い合い、次のような料理で観客を楽しませてくれました。
マツタケを白味噌、酒、水で煮てジュースにしたスープ。
報告の終わりに
3日間、各会場で行われたプレゼンテーションは米国の人を対象に、日本では当たり前になっていることまで丁寧に解説される構成でした。特に、日本の料理は四季と豊かな自然の中で、歴史という長い時間をかけて育まれてきた料理であることが各シェフにより伝えられていました。日本には旬の食材があり、それらが日本人の健康や生活を支えてきたことも強調されていました。
また、米国のジャーナリスト達からは「日本の材料や盛り付けは米国料理やフランス料理に影響を与えてきた。日本食の奥深さを感じた」「日本料理はアロマティックだ」との評価も聞かれ、「うま味」だけではない次の領域への広がりが感じられました。
懐石からカジュアルフードまで、日本料理は奥深くバリエーションがあることと、日本料理の基本を正しく伝えた日本のシェフたち。海外に暮らし、その地域の方々に喜ばれる新しい日本の味を追求していた日本人シェフたち。また、フレンチの手法を縦横に駆使し、日本に居ながら新しい料理を提案し続けるシェフたち。さらに、欧米のフレーバーにダシを組み合わせたり、蒲焼ソースをチョコレート味にしてみたりと、日本の食材を使ってユニークな挑戦を披露してくれた米国人シェフたち。彼らの作る料理はそれぞれ魅力的で、そのどれもが日本料理の発展的未来を感じさせてくれました。
日本料理や日本の食材が、多くの人の手によって、さらに多彩に姿・形・味を変え、今日も世界各国で新しい食文化を作っている。そんな手応えを感じ、ナパ・バレーを後にしました。










































