研究機関誌「FOOD CULTURE No.25」―しょうゆと郷土料理― 和食の継承と郷土料理
―しょうゆと郷土料理― 和食の継承と郷土料理
ユネスコ無形文化遺産に登録された「和食」
ユネスコ無形文化遺産に「和食」が登録された2013年12月から1年以上が過ぎた。その間、いろいろなところで「和食」をテーマとしたシンポジウムや講演会が開かれ、筆者も様々な方々にお話しする機会があったが、登録された「和食」の内容は、まだ理解されていないと感じることが多い。はじめに、その内容の概要について紹介したい。
登録されたタイトルは、「和食;日本人の伝統的な食文化‐正月を例としてー」(WASHOKU;Traditional Dietary Cultures of the Japanese – notably for the celebration of New Year)である。これからわかる通り、「和食」とは「日本人の伝統的な食文化」のことを短い「WASHOKU=和食」という言葉で説明しており、私たちがイメージする料理としての和食とは少し違う、各料理を作り上げてきた自然や歴史的な背景、すなわち和食文化をさしているといえよう。申請書の内容から「和食」(日本人の伝統的な食文化)の特徴をみてみたい。
まず、「「和食」は食の生産から加工、準備及び消費に至るまでの技能や知識、実践や伝統に係る包括的な社会的慣習であり、これは、資源の持続的な利用と密接に関係している「自然の尊重」という基本的な精神に因んでいる」と記されている。つまり、多様な農産物、魚介類は、日本の自然が育んだ豊かな食材である。しかし、その豊かな食材を得るためには、品種改良、農具の改良、肥料の工夫などがあり、漁法の発展、加工品・調理法の工夫など、人々の技能、知識、知恵の積み重ねの結果であり、それらすべてを含んだものが和食文化といえる。
また、自然から得られた食材にいろいろな加工、調理を施すことで、食材を最大限に生かし、最後まで使い尽くす暮らしを根底におきながら、美味しく、健康につながるための工夫もしてきた。それらの多くが各地域の郷土食として継承されてきた。さらに申請書には、「「和食」は生活の一部として、また年中行事とも関連して発展し、人と自然的・社会的環境の関係性の変化に応じて常に再構築されてきた」とも記されている。各種行事は、地域により必ずしも同じではなく、自然環境に加えて、歴史など社会的環境の影響により、地域により異なる様々な行事が発展し、時代による変化を加えながら再構築されているものが多い。
以上は、申請書にある内容の一部であるが、これらはすべて郷土食の発展と継承に深くかかわっているともいえる。
郷土料理とその形成
郷土食や郷土料理という言葉が盛んに使用されるようになるのは、1940年前後のことで、戦時下の食料不足の解決のため、各地の食材や調理・加工などを見直そうとしたことによる。食習慣の調査などが実施され、各地域で郷土食、郷土料理をタイトルとした本が出版された。
それらの郷土料理は、「海の幸、山の幸に富める我が国各地に於いて古来行われてきた名物料理」とか「郷土食は、主としてその地方の作物の新鮮なもの、完熟したもの」と説明し、「栄養に富み、味わいのよいもの」が多く、「米飯を主としないでもりっぱに栄養が取れ、皆健康を維持することができる」と記しているが、郷土食と郷土料理についての明確な定義は見られない。本稿では、地域特有の食材やその加工品なども含めて郷土食と呼び、各地域で作られて、三世代くらいは継承されてきた料理を郷土料理としたい。
郷土料理は、その土地で生産されるものだけで作られたものばかりではない。よく例に出されるのは、沖縄の昆布料理である。北海道で生産された昆布が遠く沖縄に運ばれた歴史が、沖縄の郷土料理を形成しているともいえる。同様の例が大分県日田地方に残るお盆の郷土料理「たらおさ」の煮物である。北で獲れたタラのエラと胃袋の乾物を戻して、地域の干し筍などと醤油と砂糖などで煮たものである。自然環境と社会環境が関連し合い、形成→定着→継承→再構築→継承を繰り返してきたのが郷土料理の特徴でもある。
また、郷土料理には、年中行事や農事などハレの食のなかで形成、定着したものと、日々の暮らしの中で形成され定着した料理がある。各地域で毎年繰り返されているこれらの食は、そこにいる人には特有の食だと認識されない場合も多い。
先日出かけた福井県のある町のスーパーに並ぶ大きく細長い油揚げや大きな正方形で厚みのある厚揚げは、筆者の目から見ると特有の加工品に見えるが、土地の方にとっては普通のことで郷土の食とは気づかないことも多い。同じいなりずしでも三角形のものを作る地域もあれば、俵型もある。俵型にかんぴょうを巻いたものは栃木県の特徴でもあるなど、名前が同じでも地域性があることも多い。それらを調査・研究することで、自然を尊重しながら工夫を加えてきた日本人のすぐれた知恵、技能を見出し、今後の食の見直しにも役立てることができることを期待したい。
郷土料理と調味の地域性
各地域の日常の料理は、各時代にもっとも身近にある調味料が使われてきた。近世から近代以降についてみると、日常食の中心は、味噌であり醤油はやや改まった時に使われる例が多くみられる。味噌は、各家で簡単に作ることができたからでもある。
筆者が以前調査した山梨県上野原市の山間部地域では、毎日のようにうどんを手打ちにして、大なべに季節の野菜やいも類を入れた味噌汁に加えて煮込む「にごみうどん」が一般的な夕食であった。しかし、来客の場合には、そのうどんをゆでて、醤油味のつけ汁を用意した。関東各地域の畑作地帯に残るうどんの文化は、このような調味の違いがみられるが、現在は、味噌味、醤油味の両方も残っており、時代の変化により、醤油味も日常食として定着したと考えられる。青森のせんべい汁は、昭和初期にはご馳走で、味噌ではなく塩と醤油のすまし汁で調味している。郷土料理を日常食とハレ食に分けて、調味の仕方をみることも必要であろう。
味噌も醤油も種類により味が異なり好みには地域性がみられる。醤油では、甘めの醤油、淡口醤油、濃い口醤油など地域により好みが異なり、味噌も米味噌、麦味噌、豆味噌など地域性がある。長く食べ慣れてきた料理は、食材以上に、その調味のほうが嗜好性への影響が大きいのではないだろうか。とくに醤油や味噌の甘味や香りは習慣化するように思える。そのため、汁物、煮物などでも調味料の種類により、地域での嗜好は異なるといえよう。調味料の視点から、郷土料理の特徴をみることで、地域性の要因などを探るきっかけともなるであろう。
しかし、言うは易くこれらを明らかにすることは必ずしも簡単ではない。人々の好みは、常に変化しており、同じ地域でも世代間の違いもあり人も移動している。それでも郷土料理と調味の関係を調査することで、地域の特徴と和食文化で保護・継承すべきことが何かを探るヒントを見出すことが期待される。

島根県生まれ。
お茶の水女子大学家政学部食物学科卒業。博士(教育学)。
東京家政学院大学教授を経て現在、同大学名誉教授・客員教授。
一般社団法人和食文化国民会議副会長。専門は、食文化史・食教育史・調理学。
主な著書に、『家庭料理の近代』(単著)、『和食と食育』(編著)、『日本の食文化史年表』(共編)、 『日本食物史』『おいしい江戸ごはん』(共著)など









