研究機関誌「FOOD CULTURE No.2」私の食ルーツ

1975年の初来日以来、ジャーナリストとして健筆をふるってきたコリーヌ・ブレさん。1990年に女児を出産してからは、日本での育児や食体験をつづったエッセーなどを次々に発表しています。そんなコリーヌさんにとって「食」とは…、日本とフランスの食文化の違いを含めて聞いてみました

コリーヌ・ブレ

私の食ルーツ

ママンの味はポトフーとうさぎのマスタードソース

モロッコで生まれ、エンジニアだった父親の仕事の関係で、10歳までをフランスからの独立戦争たけなわのアルジェリアで過ごしたコリーヌ・プレさん。アルジェリアでは、夜ともなればプラスチック爆弾が炸裂する不穏な日々、友人や隣人が群衆によるテロに倒れるのを目の当たりにしてきたといいます。
眠るときは胎児のように体を丸め、背中に防具をあてながら…、そんな幼児体験が尾を引いて、成人してからも仰向けでは熟睡できなかったとか。「でも子供ができたことでその癖は直りました。夜中の授乳とか母親になると寝る間もない忙しさでしょ。今はもう大丈夫」
アルジェリアから帰国後、17歳まで住んだのは、バリから80キロ離れたドゥル一という小さな町。ママン(おかあさん)が作るフランス家庭料理の記憶がよみがえってくるのは戦火を逃れたこのころからです。「母は365日、手作りの料理を食べさせてくれたけれど、ボランティア活動などに熱心だったので、調理にさく時間は少なかった。作り方はシンプル。その分、いい素材を選んでいました。私がとくに好きだったのは、日本でもおなじみのポトフー、それにうさぎのロースト、マスタードと生クリームのソースでローストされていますが、これがすごくおいしいんですよ」

祖父は野菜作りの名人
その食生活から学んだもの

ご両親の実家はボルド一地方の海に面した漁村にある。村一番の野菜作りの名人と言われた祖父は、第一次世界大戦に4年間従軍し、ケガひとつなく生還した勇士であり、コリーヌさんにとっては、たくましいヒーロー的存在でした。食に対する基本的姿勢も、この祖父から受けた影響が大きかったようです。
「80歳を越えるまで長生きしましたが、食生活は質素そのもの。パン数切れと自分で育てた野菜のスープ、ソーセージ、チーズ、ジャム少々と赤ワイン。それだけで、圧倒的なスタミナがあった。毎日毎日同じような素朴なものを続けて食べることが祖父にとっては体によかったんですね。今になって、私もそういう食生活に共感できるんです。食べることで体が元気になり、心が満たされるなら、それが一番いいのです。私は現在、9歳の娘と2人暮らしですが、心がけているのは新鮮な素材を使い、手早くおいしく料理して、腹8分目に食べることです。」
材料の買いだめはしない主義のコリーヌさんは冷蔵庫もワンドアの一番小さなサイズのものを愛用。野菜などは2日分で使い切る量しか買わないという徹底ぶりです。例えば、ほうれん草を1束買ったら、最初の日は生で食べ翌日はゆでて和え物にする。ごま油としょうゆを使った和風の味つけはお嬢さんにも好評とか。
「娘も私も和食は大好き。サクのまま、まるごと焼いたマグロをスライスし、レモンじょうゆでポン酢風にして食べたり、キャベツをさっと炒めて、かつおぶしをかけたり……日本人でないので、本当の和食は作れません。まったくの自己流ですけれど。」
本格的な和食が食べたくなったら、京都へ足を運ぶことも。懐石料理や豆腐料理の専門店など、そこそこの値段でおいしい店を探すのが楽しみ、と目を輝かせます。
「京料理は柚子とか、山椒とか繊細な香りを効かせたものが多いでしょう。その点がフランス料理に通じると思います。ハーブをふんだんに使ったプロヴァンス料理に代表されるように、フランスでは香りは食を楽しむ大切な要素なんです。」
自然に恵まれた南仏プロヴァンスの家庭料理のベースは、オリーブオイル、バターとトマトソースと至ってシンプル。それにローズマリーやバジリコ、シプレット、セルフィーユ、タイム、サフランといったハーブが豊かな香りと風味を添えて、「五感を満足させ最高の気分にさせてくれる料理」と賞賛を惜しみません。

精神の豊かさを実感できる「食」こそが一番大切

「日本人シェフの作るフランス料理も好きですよ。フレンチの伝統をふまえながら、日本人である自分の個性を出そうとしている場合はとくに……。デリカシーがあって、あっさりしていて、やさしい味の世界を作り出していますね。」
月に数回はそういう一流の店でプロの技に舌つづみを打つ一方、自分で作るふだんの食事は質素を旨としているコリーヌさん。ハレとケのめりはりをつけた食生活は精神を刺激し、味覚をリフレッシュさせる効果があるようです。
「ときには断食することもあります。食べ物のありがたみを知るためにですね。これからも、感受性を磨き、食べる量は少しでも気持ちが満たされるというような、精神的に豊かな食事を楽しみたいと思います。」

お気に入りのフレンチレストラン「ロアラブッシュ」(東京・渋谷)でランチを楽しむコリーヌ・プレさん。友人でもある中嶋壽幸シェフについては「フレンチの伝統と和の素養を折衷させた独特の味の世界に魅かれる」と称えています。
撮影協力 The House of 1999 ロアラブッシュ
TEL.03-3498-3001

コリーヌ・ブレ(Corinne Bret)
ジャーナリスト。モロッコ生まれ。フランス国籍。パリ大学法学部卒業。1975年初来日。1978年パリに戻り、1981 年パリ東洋語学校日本語科卒業。1982年にフランス日刊紙『リベラシオン』の東京特派員として来日以来、日本の政治・経済・文化などあらゆる事象を積極的に取材。現在は日本の雑誌においても執筆活動を展開する。著書に『創造の国・ジャポン』(ブロンズ新社)、『おへそを眺めながら』(筑摩書房)、『山猫の愛のように』(読売新聞社)など。