研究機関誌 「FOOD CULTURE No.33」『原典現代語訳日本料理秘伝集成』からみる江戸期における醤油の利用
『原典現代語訳日本料理秘伝集成』からみる江戸期における醤油の利用
1.はじめに
日本の料理に欠かせない醤油は、原型である穀醤(こくびしお)が中国大陸から伝来したとされる。飛鳥時代のものと思われる木簡には「ひしほ」という文字がみられ、奈良時代には、宮廷の料理を司る大膳職(だいぜんしき)という役職が置かれ、「醤」や「未醤(みそ)」を作る主醤(ひしおのつかさ)という部署があった。平安時代には、醤の種類が増加し、液体のものがつくられたと考えられている。貴族の大饗(だいきょう)料理*1には、各自で味付けする4種類の調味料(塩、酢、酒、醤)の一つにも入っている。平安末期から鎌倉時代では、武士が台頭してきたことにより、醤づくりは衰退し、固形で携帯にも便利な味噌が使用されるようになる。なめ味噌や味噌汁として食べられていた。室町時代には、煎り酒*2が登場し、味噌を使った生垂(なまだれ)、垂味噌(たれみそ)、煮貫(にぬき)*3など、今日の醤油の用い方と類似する調味料が使われていたという。江戸時代に入り徳川幕府により政権が安定すると、醤油産業は全国へと広まる。野田や、湯浅の醤油職人が房総半島へと場所を移した銚子での醤油づくりが始まると、関東では「地廻り醤油」が隆盛する。これにより上記のさまざまな調味料が、醤油へと置き換わったといわれる。江戸期は、町人文化が花開き、数多くの料理本が刊行された。本稿では、『原典現代語訳日本料理秘伝集成(全19巻)』から江戸期における醤油の料理への利用の変遷を概観したい。今回は分析資料となるデータを作成した内容と、時代区分による比較について報告する。
- ※1公家社会、貴族の社交儀礼の中で発達した宴会料理で、切り方、盛り合わせ美を重視し、素材の味そのままで提供され、四種器にある塩・酢・酒・醤の調味料で各自味付けをする。
- ※2梅干しとかつおの削り節を日本酒で漉した液でこの他たまりをつかった調味料。
- ※3生垂:味噌に約3倍の水を加えてまぜあわせ、袋に入れてぽたぽた垂れる汁を集めたもの
- 垂味噌:味噌と水を加熱して少し煮詰め、これを袋に入れて同様にして集めた汁を使う、煮貫:生垂にかつお節を入れて煎じたもの
2.研究方法
『原典現代語訳日本料理秘伝集成』は、江戸初期に刊行された『料理物語』(1643)から『新編異国料理』(1861) までの約220年間の料理本49冊が収録されている。この中から調味料が記載されている44冊を分析対象とした(表1)。次に、調味料が醤油へ置き換わることを想定して、醤油のほか、味噌、酢、煎り酒、たまりが用いられた料理について3046品を抽出した。なお醤油や味噌は呼び名がさまざまであることから抽出した調味料の詳細を表2に示す。
表1 『原典現代語訳日本料理秘伝集成』19巻前期
| 1643 | 料理物語 | 江戸 |
| 1674 | 江戸料理集 | 江戸 |
| 1689 | 合類日用料理抄 | 京都 |
| 1697 | 和漢精進料理抄 | 大阪 |
| 1714 | 當流節用料理大全 | 大阪 |
中期
| 1728 | 料理項目調味抄 | 江戸 |
| 1745 | 伝演味玄集 | 不明 |
| 1750 | 料理山海郷 | 京都 |
| 1759 | 八僊卓燕式記 | 長崎 |
| 1764 | 料理珍味集 | 京都 |
| 1769 | 小笠原磯海流料理 百か条仕懸物伝書 |
不明 |
| 1771 | 新撰会席しっぽく趣向帳 | 江戸 |
| 1772 | 普茶料理抄 | 京都 |
| 1773 | 料理伊呂波庖丁 | 江戸 |
| 1771~1792(1) | 料理秘伝記 | 江戸 |
| 1781 | 豆腐百珍 | 大阪 |
| 1783 | 豆腐百珍続編 | 大阪 |
| 1784 | 豆腐百珍余録 | 大阪 |
| 1784 | 卓子式 | 京都 |
| 1785 | 万宝料理秘密箱前編 | 京都 |
| 1785 | 万宝料理献立集上巻 | 京都 |
| 1785 | 新著料理柚珍秘密箱 | 京都 |
| 1785 | 大根一式料理秘密箱 | 京都 |
| 1785 | 諸国名産大根料理秘伝抄 | 京都 |
| 1785 | 鯛百珍料理秘密箱 | 京都 |
| 1789 | 甘藷百珍 | 京都 |
| 1795 | 海鰻百珍 | 京都 |
| 1800 | 万宝料理秘密箱二編 | 江戸 |
後期
| 1801 | 料理早指南初編 | 江戸 |
| 1801 | 料理早指南二編 | 江戸 |
| 1802 | 料理早指南三編 | 江戸 |
| 1802 | 名飯百珍 | 大阪 |
| 1803 | 素人庖丁初編 | 大阪 |
| 1805 | 素人庖丁二編 | 大阪 |
| 1805 | 料理早指南四編 | 江戸 |
| 1806 | 料理簡便集 | 大阪 |
| 1818 | 御本式料理仕向 | 仙台 |
| 1819 | 精進献立集 | 京都 |
| 1820 | 素人庖丁三編 | 大阪 |
| 1822 | 江戸流行料理通初編 | 江戸 |
| 1825 | 江戸流行料理通二編 | 江戸 |
| 1826 | 江戸流行料理通三編 | 江戸 |
| 1832 | 鯨肉調味方 | 江戸 |
| 1835 | 江戸流行料理通四編 | 江戸 |
| 1846 | 蒟蒻百珍 | 大阪 |
| 1846(2) | 水料理焼方玉子細工 | 不明 |
| 1861 | 新編異国料理 | 江戸 |
不明
| 不明 | 僧家料理通 | 不明 |
| 不明(3) | 南蛮料理書 | 不明 |
- 1『料理秘伝記』について、正確な成立年は定まっていない。
- 「川上行藏氏の詳細な研究が報告されているが、その中で川上氏は本書の成立年代を一七七一年前後から一七九二年前後と推定されている。」『原典現代語訳日本料理秘伝集成』第4巻243頁の解説より引用
- 2『水料理焼方玉子細工』について、著者の書き上げた年か、著者から譲り受けた年か、明確には分かっていない。
- 3『南蛮料理書』について、幕府が鎖国政策をとる前後と考えてよいだろう。
表2 抽出した調味料
| 醤油 | 醤油、薄い醤油、薄醤油、薄口醤油、照り醤油、生醤油、生煮醤油、生の煮返し醤油、煮返し醤油、すまし、かつおのだし醤油、だし醤油、だし汁の醤油、砂糖醤油、辛子醤油、唐辛子醤油、胡椒醤油、しょうが醤油、わさび醤油、山椒醤油、ごま醤油、くるみおろし醤油、三杯酢(※) |
| みそ | みそ、赤味噌、白味噌、濃味噌、味噌汁、焼き味噌、うすみそ、中みそ、和味噌(中みそと同じ)、さしみそ、ぬかみそ、糂汰味噌(ぬかみそと同じ)、山椒味噌、しょうがみそ、わさびみそ、ねりみそ、たれみそ、味噌酢、赤味噌のたまり、青山椒味噌、青味噌、梅味噌、粕味噌、辛子酢の赤味噌、辛味噌、木の芽味噌、胡桃味噌、芥子味噌、胡椒味噌、胡麻味噌、黒胡麻味噌、砂糖味噌、蓼味噌、ちどり味噌、南蛮味噌、蕗味噌、ふくさ味噌、味噌粕、柚味噌、辛氏酢味噌、辛子味噌、唐辛子味噌、麦糀味噌、すり味噌、田楽味噌、法論味噌、掛味噌、味噌の煮抜、酢みそ、蓼酢味噌、酢ぬた |
| 酢 | 酢、しょうが酢、味噌酢、青酢、煎酢、うま酢、辛子酢、辛子酢の赤味噌、芥子酢、胡椒酢、米酢、三杯酢、白酢、酢塩、蓼酢、わさび酢、合せ酢、辛子酢味噌、酢ぬた、煮返し酢、黒料酢、けんちん酢、生姜酢、しろごま酢、柚子の酢 |
| 煎り酒 | 煎り酒、溜煎酒 |
| たまり | たまり、だしたまり、赤味噌のたまり |
料理は、調理法、調味料、食材で分類し、データベースを作成した。調理法は、刺身、和え物・なます、乾物、浸し物、漬物、汁物、茹で物、蒸し物、焼物、煮物、揚げ物、練物、飯物の13種類、食材は、野菜類、肉類、魚介類、穀物類、大豆製品である。時代変遷について、料理本はそれぞれ特徴があり、用いる調味料の比率にばらつきがあるため、時代を3つに分けて分析した。時代区分には、飯野亮一氏にご教示を頂き、前期は江戸開府の1603年から享保の改革前の1715年まで、中期は享保の改革の1716年から1800年まで、後期は1801年から大政奉還の1867年までとした。
3.『料理物語』で用いられた調味料
まず江戸初期を代表する『料理物語』で用いられた調味料について分析する。『料理物語』は、寛永20(1643)年に刊行され、儀式料理の献立や作法ではなく、具体的に料理の材料や調味料が書かれた最初の料理書である。
『料理物語』の料理全260のうち、醤油が使われている料理はわずか12品(4.6%)であった。1643年当時、日本の料理に醤油はあまり用いられていなかったことが分かる。醤油が使われた料理は、和え物・なます5品、漬物1品、焼物3品、煮物3品であった。写真1は、『料理物語』で初めて醤油が記載されている料理である。翻刻と現代語訳は『原典現代語訳日本料理秘伝集成』より引用した。
翻刻:「がぜちあへは 鶉にても小鳥にてもしやうゆうをつけ よくあふり候てこまかにきりからしすにてあへ候也 あをがちあへともいふ也」
現代語訳:「がぜち和えは鶉(うずら)でも小鳥でも、醤油をつけてよくあぶり、こまかく切ってからし酢で和える。あおがち和えともいう。」
鳥肉に醤油をつけて炙り、醤油の香ばしさでおいしさをひきたたせた上に、からし酢で和えるという2段階の調理工程のある料理であった。
また『料理物語』には正木醤油の作り方が次のように記載されている。
「大麦壱斗白につきいり引きわる 大豆壱斗みそのごとにる 小麦三升を白にして引きわる右の大豆に候て麦のこにあわせ こを上へふり板のうへにをき にはとおのはをふたにしてねさせ候 よくね候はゞ塩八升水貳斗入つくり候 同二番には塩四升水壱斗こうじ四升入 三十日きてあげ候也」
料理本に、醤油のつくり方がわざわざ記載されているということは、まだ広く普及していなかったこととも考えられる。
醤油が使われている料理について、他の調味料との組み合わせを表3に示す。醤油のみでつくられた料理は煮物の部類の「鮑の煮貝」「蒟蒻のころばかし」であった。
| 調理法 | 調味料 | 品 |
|---|---|---|
| 和え物・なます | 醤油+酒+からし酢 醤油+酒+酢 醤油+からし酢 |
3 1 1 |
| 漬物 | 醤油+酢 | 1 |
| 焼物 | 醤油+酢 醤油+砂糖+みりん 醤油+砂糖+みりん+酒 |
1 1 1 |
| 煮物 | 醤油+だし+酒 醤油のみ |
1 2 |
次に「煎り酒」については、26品(10%)に用いられていた。「煎り酒」を使った料理は、「刺身*4」46%、「和え物・なます」38%であった(図1)。『料理物語』で「刺身」は28品出現しており、用いられる調味料は煎り酒(11品)、しょうが酢(9品)、酢(3品)であった。江戸初期、「刺身」は醤油ではなく、煎り酒やしょうが酢で食べられていたことが分かる。
- ※4刺身は、調味料をかけただけで生の料理も含める
「酢」は、「和え物・なます」が45%と最も多く、次いで「煮物」が31%であった。「酢」は煮物にも使用されていた。「味噌」は、67%が汁物であった。
調理法で見ると、汁物、煮物、和え物・なますの順番に出現数が多く、江戸の初期は、揚げ物や練物は出現しない。出現数の多かった「汁物」「煮物」「和え物・なます」に着目し、使われた食材と調味料について分析をする。
「汁物」に用いる食材は、「野菜と魚介類」が28%と最も多く、魚介のみが23%、野菜と肉が16%であった。「野菜と魚介」汁の調味料は、みそと中味噌が半数を占めた。
「煮物」は、魚介が48%を占めた(図2)。「魚介の煮物」に関する調味料は、29品のうち、だしたまりが最も多く10品、酢8品、だし6品であった。だしたまりがどのようなものであったのかは現時点では不明である。だしたまりを使った料理名は、煮和え、鮭の煎り焼き、鯛駿河煮、桜煎り、たこの駿河煮、にびたしであった。
「和え物・なます」に用いる食材もまた魚介が53%と最も多かった。用いられた調味料は、出現した39品のうち酢と塩がそれぞれ10品で、煎り酒が7品であった。
『料理物語』に用いられる調味料は、煎り酒や、塩、味噌、酢が主なものであった。醤油を使用した料理は4.6%であり、醤油を用いた料理が浸透していないことが分かった。
4.『原典現代語訳日本料理秘伝集成』における時代比較
時代を前期・中期・後期に分けて調味料の使用の変化をみる(図3)。前期は「みそ」が最も使用され、次いで酢、醤油、煎り酒、たまりの順であった。中期、後期になると醤油が増加する。一方、煎り酒とたまりの使用は大きく減少した。調理法では、焼物と煮物の料理数が多く時代による変化はあまりない。和え物・なますや汁物は前期が多く、後期にかけて減少していく。
1)調味料別にみる調理法の比較
①醤油
醤油は焼物、煮物に多く使われている。刺身は、前期、中期では醤油を使用した料理が極めて少ないが、後期になると多くなる(表4)。揚げ物や飯物での醤油の使用は後期が突出するが、これは調理法が前期、中期は少なかったためである。また中期、後期になると醤油と酒が一緒に使用されている料理が増加する。
| 刺身 | 和物膾 | 乾物 | 浸し物 | 漬物 | 汁物 | 茹で物 | 蒸物 | 焼物 | 煮物 | 揚げ物 | 練物 | 飯物 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 前期16.3% (109/ 670) |
0.9% (1) |
10.1% (11) |
0.0% (0) |
0.0% (0) |
2.8% (3) |
3.7% (4) |
3.7% (4) |
2.8% (3) |
27.5% (30) |
44.0% (48) |
4.6% (5) |
0.0% (0) |
0.0% (0) |
| 中期42.1% (621/ 1474) |
0.6% (4) |
4.3% (27) |
1.1% (7) |
1.1% (7) |
3.1% (19) |
6.6% (41) |
2.7% (17) |
6.1% (38) |
20.9% (130) |
41.7% (259) |
6.8% (42) |
0.2% (1) |
4.7% (29) |
| 後期45.9% (403/ 878) |
7.7% (31) |
5.5% (22) |
1.7% (7) |
2.0% (8) |
0.5% (2) |
4.0% (16) |
5.7% (23) |
5.2% (21) |
20.6% (83) |
29.3% (118) |
10.9% (44) |
0.0% (0) |
6.9% (28) |
②みそ
みそは、前期・中期・後期ともに3割程度の使用比率で大きな変化はないが、用いられ方が異なっていた。汁物が前期は34.7%と高く、中期18.4%、後期7.9%で大きく減少する。一方、煮物での使用率が前期21.3%から後期28.1%とやや増加していた。
③酢
酢は刺身が前期12.8%、中期5.3%、後期18.4%と中期が減り、漬物では前期5%、中期15.5%、後期6.1%と中期が最も多かった。
④煎り酒
煎り酒で、最も変化している料理は和え物・なますである。前期では39.5%であったが、後期は6.3%と大きく減少した。揚げ物で後期に利用が増加するが、揚げ物が登場するのが後期に入ってからのためである。煎り酒を用いた料理は、前期と比較して、中期、後期で減少する。後期の煎り酒の使用料理には、醤油を使用してもよいとの記載があり、好みでどちらの調味料にするか選んでいたということがわかる。
⑤たまり
たまりは煮物や焼き物で使われていた。たまりが記載された煮物は、前期から後期まであわせても45品と少ない。たまりを使った煮物の料理数を全ての煮物の料理数で割ると前期が9.7%(18/185品)、中期が3.9%(17/434品)、後期が4.3%(10/231品)であり、前期に最もたまりが使用されていた。
2)調理法別にみる調味料の比較
刺身、煮物、和え物・なますに着目して分析する
①刺身
「魚介の刺身」について、前期は酢と煎り酒で食されており醤油の利用はなかった(図4)。最初に醤油が刺身で使われるのは、中期の1785年『鯛百珍料理秘密箱』に掲載されている佐渡芋汁鯛である。漬けマグロの山かけのように、醤油・酒・だしの汁にとろろを溶き、鯛の切り身をその汁に漬けてすぐにあげ、鯛の上にとろろをかけて出したものだ。後期になると、醤油の使用が34%に増加するが、そのうち8割は1832年『鯨肉調味方』に記載されている鯨肉の刺身であった。
②煮物
「魚介の煮物」について、前期に醤油を使用する魚介の煮物はわずか7%だが、中期25%、後期29%と増加する(図5)。前期では醤油と一緒に塩、だし、酒が使用されており、醤油より酢、味噌、煎り酒の使用が多いのが特徴である。
「魚介の煮物」「魚介の刺身」とともに、煎り酒の使用が減り、中期から醤油の使用が増えていることが明らかとなった。一方、「野菜の煮物」はどの時代も2~3割程度の比率で醤油が使用されていた(図6)。
前期・中期は醤油単体でつくられる料理があったが、後期はみりんと一緒に使用される料理が6品と増加した。また「野菜の煮物」においてたまりの使用はなく、酢や煎り酒もあまり用いられてない。
「肉の煮物」では、醤油の使用が増加する一方で、醤油以外の味噌、酢、煎り酒の使用が減少する(図7)。肉の種類について、前期、中期は鶴や鴨、鶏など鳥類が多い。中期になると長崎で刊行された『八倦卓燕式記』を見ると、猪肉や豚の内臓を使っていたこともわかった。後期は、醤油と酒で味付けされた獣肉が多い。後期の料理17品中12品が『新編異国料理』という中国の料理をまとめた本で、獣肉が多く使用されていた。獣肉の臭み消しに醤油が用いられたのでないかと推測する。
③和え物・なます
魚介と野菜の和え物・なますを比較して分析した(図8・9)。魚介の和え物・なますでは酢の使用が最も多く、野菜の和え物・なますでは味噌の使用が最も多かった。
5.おわりに
江戸時代初期の『料理物語』を分析すると、醤油が最初に用いられた料理は、鳥の肉に醤油をつけて炙り、それをからし酢で和えた物であった。醤油を使用した料理は12品(4.6%)しかなく、塩や味噌、酢が主な調味料であった。魚介の刺身は醤油ではなく、煎り酒としょうが酢で食べられ、野菜と魚介の汁物はみそで味付けされていた。魚介の煮物は、だしたまりで味付けされたものが多く、魚介の和え物・なますは酢と塩であった。
『原典現代語訳日本料理秘伝集成』の料理本を前期・中期・後期の3区分に分けて調味料の使用の変化を分析すると、前期は「みそ」が最も使用され、次いで酢、醤油、煎り酒、たまりの順であった。中期、後期になると醤油が突出し、次いで味噌、酢となる。一方、煎り酒とたまりの使用が減少し、醤油に置き換わっていったことが分かった。
醤油は、調理法のなかでも刺身、焼物、煮物で使用され、酒や酢とともに使用される料理が多かった。後期になると、煮物で醤油とみりんを組み合わせた料理が出現した。
料理本は、刊行された時期や出版された地域、またそれぞれに特徴がある。今回は時代を3区分に分けて分析したが、地廻り醤油が出回った時期など、さらに詳細な時代区分での時代変遷を追いたい。また南蛮料理や中国料理を記述した料理本、『萬寳料理玉手箱』の「黄身返し卵」など食べることより、楽しむための本もあり、それぞれの特徴に分けての分析を試みたい。
| 謝辞 本研究はキッコーマン株式会社様より研究助成を頂きました。ならびに、野田市郷土博物館様、楠公レストハウス様、南蔵商店株式会社様、ヤマシン醸造株式会社様、ミツカンミュージアム様、時代区分についてご教授頂きました飯野亮一先生に感謝いたします。 |
- 松下幸子(2012)江戸料理読本、ちくま学芸文庫
- 江原絢子(2009)“伝統食の見直しと活かし方”. 食の文化フォーラム27伝統食の未来. 岩田三代編. 株式会社ドメス出版. 184-189.
- 大江隆子、片寄眞木子、細見和子、森下敏子、入江一恵、大島英子、川原崎淑子、 小西春江、長谷川禎子、樋上純子、澤田参子、山本信子(2001). 江戸期におけるみりんの料理への利用―みりんの食文化と変遷―. 日本調理科学会誌. Vol.34, No.1,25-39.
- 大久保洋子(2012). 江戸の食空間―屋台から日本料理へ. 株式会社講談社.31,65,71.
- キッコーマン株式会社. “しょうゆの歴史を紐解く. ”
- 飯野亮一(2016)すし 天ぷら 蕎麦 うなぎ ──江戸四大名物食の誕生、ちくま学芸文庫

大分県出身。博士(学術)、調理師、学習院女子大学 国際文化交流学部 日本文化学科 教授。1990年代よりアジア(米食文化圏)で食文化の変容についてフィールド研究。和食の維持継承に関する学校給食や正月の食事調査。醤油の地域特性の研究。



















