研究機関誌 「FOOD CULTURE No.34」発酵のチカラ

東京農業大学名誉教授 舘 博

発酵のチカラ ~世界に誇る日本の発酵食品~

1.はじめに

発酵とは、微生物の働きにより有機化合物が変化する現象と定義されるが、一般的には微生物による人間にとっての有用物質生産を指す。微生物が人間にとって有害なものをつくってしまった場合は腐敗になるが、発酵と腐敗の選別は人間の都合によっている。発酵により独特の風味や機能性を持つ発酵食品は、主にカビ、酵母、細菌によりつくられる。清酒、焼酎、ビール、ワイン、ウイスキー、ブランデー、スピリッツ、味噌、醤油、食酢、魚醤油、納豆、漬物、塩辛、鰹節、ヨーグルト、チーズ、発酵バター、パンなどは、すべて発酵食品である。これら発酵食品がなければ我々の食生活は成り立たない。
我々の先人達は、夏暑くてジメジメする梅雨がありカビが生える気候風土を逆手にとって、麹菌というカビで食品をつくる技術を発展させた。「麹を使用して、我国の伝統的な発酵食品を製造すること」を醸造と言う(写真1)。日本の醸造物には、清酒、焼酎、みりん、醤油、味噌、食酢などがある。麹には麹菌が生産するプロテアーゼやアミラーゼなどの各種酵素が含まれており、醸造における原料の分解を担っている。
ところで麹菌(写真2)は、我国において醸造のみならず酵素工業や医薬への利用など幅広く使われている。「日本からの麹菌の科学技術と文化の発信は、21世紀の世界に大きなインパクトを与えるものと期待される。」として、2006年10月12日、日本醸造学会は麹菌を国菌に認定した。一方、2013年12月、「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録された。平均寿命が世界一の日本の食ということで和食が健康に良いとされ、世界で和食ブームが起こっている。本稿では、和食を支える日本の発酵食品の素晴らしさについて、特に醤油、味噌、納豆、みりんについて解説する。

写真1 丸大豆醤油麹
写真2 麹菌の巨大集落

2.醤油、味噌のルーツは醤(ひしお)

醤油、味噌のルーツは、食塩を混ぜた保存食である醤といわれている(表1)。仏教の伝来と共にその製造方法が中国から伝わり、醤から未醤(みしょう)が生まれ、さらに味噌ができたと考えられている。味噌は当初、卓上の調味料であったが、味噌汁として使われる様になり、その用途が広がった。味噌の桶に溜まった溜りが、室町時代に独立した液体調味料である醤油(溜醤油)になったとされている。鎌倉時代に禅僧覚心が中国から径山寺味噌のつくり方を紀州湯浅の村人に伝え、桶に溜まった溜りが醤油の始まりだとする説もあるが、径山寺味噌の溜りと溜醤油は別物だと考えている。
味噌は栄養価が高いことから兵糧としても用いられ、日本の最初の味噌工場は伊達政宗が建てた御塩噌蔵(おえんそぐら、1601年)だと言われている。江戸時代に関東で濃口醤油が生まれ、その香りと味の良さから全国に広まった。その他、兵庫県の龍野で淡口醤油、山口県の柳井で再仕込み醤油、愛知県の碧南で白醤油が生まれてくる。


表1 醤油、味噌のルーツは醤
肉醤、草醤、魚醤
醤院で醤(飛鳥時代)
未醤から味噌?
禅僧覚心が径山寺味噌を伝える(鎌倉時代)
武士の食事は一汁一菜(鎌倉時代)
味噌の溜りが溜醤油に(室町時代)
伊達政宗が御塩噌蔵(おえんそぐら)(1601年)
濃口醤油(関東)、淡口醤油(龍野)、再仕込み醤油(柳井)、白醤油(碧南)(江戸時代)

3.醤油

長い歴史を持つ醤油であるが、日本人の食生活の変化と輸出用醤油の海外生産によりその生産量は減少し続けている(表2)。醤油の出荷量は、1973年の129万klを最高に減少し続け、2022年では69万klまで減少している。また工場数も1955年に6,000工場であったものが2022年には1,055工場まで減少している。
醤油は日本農林規格により濃口醤油、淡口醤油、再仕込み醤油、溜醤油、白醤油に規定されており、2022年におけるそれぞれの醤油の生産比率は濃口醤油84.9%、淡口醤油11.4%、再仕込み醤油0.9%、溜醤油2.1%、白醤油0.7%である。一般的に醤油といった場合、濃口醤油を指す。また製造方法により、副原料のアミノ酸液を使わない本醸造方式、諸味にアミノ酸液を添加して醸造する混合醸造方式、生揚げ醤油にアミノ酸液を混合する混合方式に分類されている。
2022年におけるそれぞれの醤油の生産比率は本醸造89.5%、混合醸造0.4%、混合10.1%である。全国的に主に販売されている醤油は本醸造の濃口醤油であるが、濃口醤油でも九州の醤油が甘いとか混合醤油が主体の地域があるなど醤油には地域性もある。ところで毎年、全国醤油品評会が行われているが、令和5年度の第50回品評会における農林水産大臣賞の受賞醤油を表3に示した。非常に評価の高い醤油なので、機会があればぜひ味わって欲しい。

表2 醤油の出荷量
出荷量(KL) 工場数
1955年 973,800 6,000(※)
1973年 1,294,155 3,300(※)
1989年 1,197,279 2,307
2000年 1,061,475 1,611
2005年 938,763 1,626
2010年 848,926 1,447
2015年 780,411 1,258
2020年 702,423 1,108
2022年 697,422 1,055
しょうゆ情報センター(※は推定値)
表3 第50回 全国醤油品評会 受賞者
農林水産大臣賞
合資会社山形屋商店 ヤマブン別上こいくち醤油 福島県 濃口
ヒゲタ醤油株式会社 特選こいくちしょうゆ 千葉県 濃口
山本屋糀店 こみやましょうゆ源泉 長野県 濃口
佐藤醸造株式会社 七宝 国産特級醤油 愛知県 濃口
日東醸造株式会社 愛知県 白

醤油には多くの機能性成分が含まれている。酵母がつくるフラノンであるHEMFによる坑腫瘍性、特殊なアミノ酸であるニコチアナミンによる血圧上昇抑制、褐色色素(メラノイジン)による抗酸化性、しょうゆフラボンによる骨粗しょう症予防などがある。最近、醤油醸造過程において、小麦や大豆のアレルゲンが麹菌の酵素で分解されて、醤油にはアレルゲンが存在しないことも明らかになってきた。また、醤油に含まれる多糖類からアレルギーを抑える効果や鉄分の吸収を促進する効果なども見出されている。直接醤油とは関係ないが、醤油乳酸菌に免疫調節作用があり、アレルギーを抑える働きを持つことも認められている。醤油についての最新の注目すべき研究成果としては「大豆ペプチド高含有減塩醤油の抗高血圧作用」1)、「本醸造しょうゆの食塩低減化素材としての有用性とその効果の食文化間比較」2)、「えんどう豆を用いたしょうゆ風調味料の開発」3)などがある。 醤油は褐色の調味料であるが、空気に触れると褐変が進み品質が劣化してしまう。逆止弁付の醤油容器(写真3)が発売されてから、醤油の鮮度保持が格段に向上した。

写真3 逆止弁付の醤油容器

4.味噌


味噌は醤油と違い、発酵管理が比較的に容易で、圧搾工程もなく簡単につくれることから、自家醸造されることが多い。今でも地方に行くと、糀屋といって味噌用の麹を販売している店も多く残っている。また味噌は醤油と違って2021年までは日本農林規格がなく、現在もさまざまなタイプの味噌が市販されている。2022年3月に制定された日本農林規格では味噌は、米味噌、麦味噌、豆味噌、調合味噌に分類されているが、一般的には、甘味噌、甘口味噌、辛口味噌など味による分類、白味噌、淡色味噌、赤味噌など色による分類、信州味噌、仙台味噌、越後味噌、讃岐味噌など産地による分類なども用いられている。また、味噌は醤油と違い、水分の少ない固体状態で発酵を行うため、麹菌の酵素による分解が不完全であり、醤油に比べて多くの分解中間生成物を含んでいる。タンパク質の分解では、アミノ酸 まで分解される途中のペプチド類を多く含んでいる。このペプチド類が多くの機能性を持っていると考えられる。
味噌の機能性としては、血圧上昇抑制、放射線防御効果、胃がんや乳がんに対する抗腫瘍性、不飽和脂肪酸エステルによる抗変異原性、サポニンや褐色色素による抗酸化性などがある。味噌は、機能性に富む健康食品としてのイメージが定着している。 味噌の出荷量も、1980年の57.9万tを最高に2023年では36.9万tまで減少している(表4)。食生活の変化による味噌消費量の減少は仕方がないかもしれないが、今一度、消費者へのアピールが必要ではと考えている。

表4 味噌の出荷量
出荷量(t)
1970年 552,000※
1980年 579,000※
1990年 555,000※
2000年 504,465
2005年 471,312
2010年 432,734
2015年 413,818
2020年 398,536
2023年 369,538
全国味噌工業協同組合連合会、1970年~1990年は別統計

5.納豆


納豆は、蒸した大豆を納豆菌で発酵させた発酵食品で、タンパク質やアミノ酸、ビタミン類などを多く含む栄養価の高い食品であると共に、ナットーキナーゼによる血栓症予防、ビタミンK2による骨粗しょう症予防など多くの機能性を持っており健康食品として知られている。著者らは麹菌が新規アミノペプチダーゼであるジペプチジルペプチダーゼ4(DPP4)を生成していることを見出した4)。肥満によりDPP4が多く生成されるとインクレチン(ホルモン)が分解されインスリン分泌が減って2型糖尿病が発症する。そこで麹菌DPP4を用いたヒト2型糖尿病予防にかかわる食品中のDPP4阻害ペプチドの探索について研究を行ってきた。納豆が高いDPP4阻害活性を示し、50%阻害濃度(IC50)も6.35~7.1ml/mlと食品としては比較的高い値を示すことを見出し、納豆のDPP4阻害ペプチドは、Lys-LeuとLeu-Argであることを明らかにした。5) (図1、表5)

図1 納豆からの分離・精製(HW-40S)
分画条件 出荷量(t)
カラム HW-40S (1.5 cm I.D. × 150cm)
分画 2.5 ml/tube
流速 0.5 ml/min
溶媒 超純水 





表5 納豆のDPP4阻害ペ
プチド
阻害物質 IC50 (μM) 備考 含有量(μg/g)
Diprotin A 6.83±0.53 DPP4阻害ペプチド
Ile-Pro 167.79±4.96 米糠加水分解物 DPP4阻害物質
Lys-Leu 21.62±1.41 フラクションNo.51 の阻害物質 50
Leu-Arg 598.02±18.35 フラクションNo.61 の阻害物質 85

納豆は市販食品であることからDPP4阻害ペプチドを含む食品として食生活に導入しやすく、喫食による2型糖尿病の予防効果につながると考えている。


6.みりん


みりんは14%程度のアルコールを含む甘い酒で、「酒税法」の混成酒類に分類されている酒類である。酒税法第3条第11号を要約すると、みりんは「米・米こうじに焼酎又はアルコール、その他政令で定める物品(ブドウ糖、水あめなど)を加えてこしたもので、アルコール分が15度未満、エキス分が40度以上の酒類」と定義されている。すなわちみりんは、蒸したもち米と米麹を焼酎またはアルコールに加えて、米デンプンを米麹の酵素で糖化させてつくった甘い酒である。みりんの甘さは、米麹を糖化した甘酒の甘さに似ている。
みりんは、最初、女性やお酒の飲めない人用の甘いお酒だったようである。江戸時代後期になると、鰻のたれやそばつゆにみりんが使われだし、みりんの調味料としての使用が定着した。明治時代から戦前にかけては一部の一般家庭でみりんの使用が始まるが、まだ贅沢品であり日本料理店で隠し味的に使用されることが多かった。戦時中の1943年には、みりんは贅沢品ということで政府が生産制限を行った。この生産制限は1951年まで続いたが、1956 年から1962年に掛けての酒税の大幅減税により徐々に一般家庭に普及していき、そして今日、みりんはわが国を代表する調味料になった。
みりんは最初に甘い酒として飲まれていたことから、最近まで飲料用のみりんである本直(ほんなお)しがあった。みりんのほとんどが調理用のみりんであることから1989年の酒税法改正では本直しの品目が廃止された。今でも正月だけは、みりんに屠蘇散(とそさん)をいれた屠蘇を飲むことが一般に正月行事として行われている。
みりんの製造工程を図2に示した。蒸もち米と米麹(うるち米)を焼酎またはアルコールに仕込み、20~30℃で40 ~60日間糖化・熟成する。圧搾後、火入れをして滓下げ(おりさげ)、ろ過を行い、数か月間の貯蔵後、もう一度火入れをして製品化する。みりんの主要成分は糖分で80~90% がグルコースであり、その他に多くのオリゴ糖を含んでいる。糖分に次いで含有量の多い成分はアルコールで約14%を占め、ほとんどがエチルアルコールである。

図2 みりんの製造工程図

みりんは多くの成分を含んでいることと、アルコールを含むお酒であることから、特有の調理効果が生まれてくる。みりんの調理効果としては、①上品な甘みの付与;みりんの糖分はブドウ糖が主成分であるが、7種類以上のオリゴ糖などを含むことから、砂糖とは異なる上品な甘みとなる。グルコースは砂糖の甘味度の1/3ではあるが甘味の質が異なる。②テリ・ツヤの付与;グルコースが多く含まれることとオリゴ糖の作用により、テリ・ツヤが良くなる。③煮崩れ防止効果;糖分とアルコールの作用により、食材の煮崩れを防止する。④深いコク・旨味の付与;アミノ酸やペプチドなどが、糖類や他の成分と複雑に絡み合って生まれる。⑤味の浸透効果;アルコールは食材への浸透が速く、糖分、アミノ酸、食塩などの食材への浸透も速くなる。⑥消臭効果;アルコールが蒸発する時に臭みをとる物理的消臭と、α-ジカルボニル化合物とアミン類による化学的消臭の両作用による。水産練り製品には、魚臭を取るためにみりんが用いられる。
みりんの機能性としては、褐色色素による抗酸化性とペプチドによる血圧上昇抑制がある。


7.おわりに

発酵食品は、微生物の発酵作用により多くの機能性成分を含むことから、健康食品としてのイメージが定着している。なかでも醤油、味噌、みりん、納豆は、長寿国日本の和食を支える調味料や食品として今後さらに注目されるべきと考えている。一方で、発酵食品は食品であるので薬理効果は望めないが、発酵食品から機能性成分を摂取し続けることは、疾病に対する予防効果があるのではと考えている。
発酵食品の機能性だけを注目するのではなく、そのおいしさや調理特性など食事の味に対する貢献度を評価して欲しいと考えている。おいしい食事は脳への刺激となり、精神的な健康に寄与していると考えている。

参考文献
1)仲原丈晴、遠藤良知、内田理一郎:醤研、41, 652015) 
2)下條亮、畑本修、佐藤常雄、今村美穂、糸日谷陽一、長谷川浩二、S.Kremer L.P.LeongJ.Mojet:醤研、43, 1872017
3)仲原丈晴、志賀一樹、山崎達也、梅澤洋貴:醤研、46, 792020) 
4)Tachi,H. Ito,H. and Ichishima,E.: Phytochem., 31, 3707(1992) 
5)Sato,K., Miyasaka,S., Tsuji,A., and Tachi,H.:Food Chem.,261, 51(2018