研究機関誌 「FOOD CULTURE No.34」ハラールとは何か
ハラールとは何か ~食の多様性に迫る~
1.はじめに

「ハラールとは何か~食の多様性に迫る〜」という話をさせていただいた。
約35億年前、地球に生物が誕生した。その生物が紆余曲折を経て、現在のヒトにまで進化してきた。この間に区切りを入れることは困難である。私はヒゲタ醤油株式会社の研究所に勤務していた時、微生物を大量に増殖させ、殺菌してきたが、その意味を考えるようになった。「一寸の虫にも五分の魂」ならば、微細な細菌や酵母・糸状菌にも相応の存在意義を認めるべきだろう。2012年、所用があり京都に伺った。目的地は京都市左京区の曼殊院(まんしゅいん)というお寺である。その奥にひっそりと鎮座する菌塚1)に感謝の気持ちとともに日本酒を添え、手を合わせたものだ。
2.ベジタリアンとは
その後、「大豆変身物語」2)という書籍を上梓した。この中で、ベジタリアンについて解説した。インドではヒンドゥー教徒が多くを占め、多くがベジタリアンである。一般に動物性食品を摂らないが、食品の選択にはいくつかのタイプがある。欧米でも増加しているが、もちろん理由がある。宗教上の理由が大きいが、健康面や地球環境への影響などから選択するケースが増えている。
ベジタリアン(vegetarian)は日本語で「菜食主義者」と訳されることが多い。ただし、この訳語は野菜だけを食べるような印象があり、誤解を招きやすい。また、野菜 (vegetable)に由来すると考えている方々が多いことも確かである。多くのベジタリアンは、ラテン語の「vegetus」(新鮮な・活発な)に由来すると主張しており、「野菜を食べる人」のような意味ではないという。
ベジタリアンは動物性食品を摂らない人々を指す。動物性食品の避け方には、いくつかのタイプがあり、以下のように分類されることが多い。
①ヴィーガン(ピュア・ベジタリアン)
すべての動物性製品の使用を厳密に否定するのが、ヴィーガニズムである。食品においては食肉や魚介はもちろん、乳製品・卵製品・昆虫類も摂らない。食品以外でも、皮革・ウール・シルクなど動物に由来する製品を利用しない。食品のみ動物性製品を避ける場合、ダイエタリー・ヴィーガニズムとして区別される。なお、ダイエタリー・ヴィーガニズムであっても、アミノ酸スコア100の大豆を適切に摂れば、子供の成長に問題はない。
②ラクト・ベジタリアン
動物性食品の中で、牛乳やチーズなどの乳製品を許容するベジタリアンである。ラクトは乳製品を意味する。
③オボ・ベジタリアン
動物性食品の中で、卵製品を許容するベジタリアンである。オボは卵を意味する。乳製品と卵製品だけを許容する場合、ラクトオボ・ベジタリアンという。欧米では、このタイプのベジタリアンが多いという。
上記の分類以外に、動物性食品を一括して避けるのではなく、哺乳類・家禽・魚介類のうちの何かを許容するといったバラエティがある。また、植物であっても、根菜など収穫により個体の生命を損なうことを避ける考え方がある。これらに共通するのは、生命の尊重という考え方と言えるだろう。
3.人類の歴史と宗教の誕生
2017年、技術士仲間に誘っていただき、特定非営利活動法人日本ハラール協会の監査員の仕事をするようになった。仕事を通じて、どうしてもヒトとは何か、神とは何かということを考えるようになる。その結果、多くの神が存在したギリシャ神話から一神教に至るまでの道筋や、各種宗教間の関係が分かってきた。また、第4氷河期が終わった時から、人類の歴史がスタートしたことが明らかになった。スタート時に氷河溶解による大洪水があったことも同様である。その後、農業開始とともに、松井孝典氏が語る人間圏3)が誕生することになる。アルビン・トフラー氏は「第三の波」4)の中で、これを第一の波と称している。続くのが、産業革命と脱工業化社会である。氏が存命であれば、人類の存在をも脅かす現在のICT革命を第4の波と表現したに違いない。
社会が発展して古代国家ができるまでは、ジャン・ジャック・ルソー「人間不平等起源論」5)で理解できる。その後、5大宗教が誕生するが、残念なことに宗教間の戦争が数多く起きる。特に残念に思うのは同じキリスト教間の争いである。カトリックとプロテスタント間で数多くの争いが繰り返されてきた。これをサミュエル・ハンチントンが「文明の衝突と21世紀の日本」6)で説明している。
- イスラム教とキリスト教の争い 「十字軍」が有名
- キリスト教間の争い カトリックとプロテスタント。数多くの争いが繰り返されてきた。
- 1フス戦争(15世紀)
- 2カッペル戦争(16世紀)
- 3シュマルカルデン戦争(16世紀)
- 4ユグノー戦争(16世紀)
- 5八十年戦争(16~17世紀)
- 6三十年戦争(17世紀)
4.増加するイスラム教徒
米国の調査機関ピュー・リサーチ・センターによると、 2010年、イスラム教徒が16億人、キリスト教徒が21億 7000万人とされている。2050年予測では、イスラム教徒が27億6000万人とキリスト教徒の29億2000万人に肉薄する。これに伴い、イスラム教徒(ムスリム)の市場は拡大している(図1、図2)。
ユダヤ教のコーシャ、これに起源を持つイスラム教のハラールは食だけでなく正しい行いも含んでいる。それでも、大きなタブーが豚である。どうして豚がタブーとなったかについ て、マーヴィン・ハリスの「食と文化の謎」7)を読めば分かる。 1万年前、イスラエル人の居住地を含む中東で、ブタは広く飼育されていた。その後、森林破壊と人口増により、牧草地が広がり砂漠化が進行する。本環境において、ブタは人間同様に穀物を飼料とするため飼育は困難になる。反すう動物なら草で問題ないという訳である。上記について、私が「JAS と食品表示」誌の「食と宗教を考える」8)にまとめた。
2023年、中東で新しい宗教戦争が勃発した。もちろん、コーシャでもなければ、ハラールでもありえない。戦争は神の行いを妨害する悪魔によるものであることについて、話の中で触れた。5大宗教すべてにおいて、つじつまを合わせるために、悪魔を必要としているのである。一刻も早く、収まることを祈念している。
ユダヤ教 | キリスト教 | イスラム教 | 仏教 | ヒンドゥ教 | |
---|---|---|---|---|---|
成立 | 前6~前5世紀ころ | 1世紀 | 7世紀 | 前5世紀ころ | 紀元前後 |
開祖 | モーセ (前13世紀) |
イエス | ムハンマド | ガウタマ・シッダールタ | 特定できない |
神 | 唯一神 ヤハウェ |
父なる神=子なるイエス=精霊 (三位一体) |
唯一神アッラー | なし | 多神教(シヴァ・ヴィシュヌなど) |
悪魔 | アザエル他 | サタン他 | シャイターン他 | マーラ | アガースラ他 |
聖典 | 旧約聖書 | 旧約聖書/新約聖書 | クルアーン(コーラン) | 仏典(多数) | ヴェーダなど多数 |
教義・特色 | 選民思想・メシア(救世主)を待望、律法主義 安息日は土曜日 |
イエスは救世主・神の絶対愛と隣人愛 安息日は日曜日 |
神への絶対的帰依、偶像を厳禁、六信五行の実践 安息日は金曜日 |
カースト制否定、八正道(精神的修養)の実践による解脱 | カースト制肯定、輪廻からの解脱を目指す修行 |
分類 | ハラール(イスラム教) | コーシャ(ユダヤ教) |
---|---|---|
食肉類 | 反すうを行い蹄(ひづめ)が割れている動物のみ可だが、ロバとラバは不可 | 同左だが、ロバとラバは可 |
鳥類 | 猛禽類、ダチョウ、カラスを含む特定24種以外は可だが、キツツキは不可 | 同左だが、キツツキは可 |
魚介類 | 原則可。養殖の場合、餌にナジス(イスラム教の教えで「不浄」)含有は不可 | 鱗(うろこ)と鰭(ひれ)のあるもののみ可 |
乳製品・卵 | 制限なし | 制限なし |
酒類、エタノール | 不可、殺菌用エタノールは可 | 制限なし |
屠殺方法 | 動物にできるだけ苦痛を与えずに速やかに絶命させるとともに、「神の御名に」と祈りを唱える(ハラール屠殺) | 同左 |
食べ合わせ | 制限なし | 食肉と乳製品の同時調理不可 |
5.ハラールの認証取得
ハラールの認証取得はかなり大変である。まず、原材料一覧表(項目:品名、使用製品名、納品業者、証明書期限等)を作成する。続いて、個々の原材料について原材料規格書(一括表示:名称、原材料名、下層原材料、加工助剤、 内容量、賞味期限、保存方法、販売者等)を揃える。また、アレルギーと同じ考え方になるが、個々の原材料の原材料まで遡って確認する必要がある。原材料にはハラール証明書があることが好ましく、有効期限前であることを確認する。証明書がない場合、メーカーから、文書で以下の情報の提供を得る必要がある。
①原材料として、動物由来物質を使用していない。
②同様に酒類を使用していない。
③微生物由来の場合、培地もハラール(動物由来原料非含有)であることを確認する。
包装についても配慮が必要である。包装材料一覧表を作成し、それぞれについて材料規格書(項目:名称、材質、容量、動物由来物質含有等)を取り寄せる。ポイントはプラスチック に動物由来物質が含まれないことである (図3参照)。工場に関しては、HACCPに配慮し、ハラール方針、ハラール委員会、内部監査、マネジメントレビュー、リスク管理、トレーサビリティシステムを整備する必要がある。提出書類はハラール関連にとどまらず、会社の登記簿謄本等も含まれる。
認証取得までの流れは図4の通り(一例)である。認証機関や製品数にもよるが、一般的に100万円程度は必要になる。
2)横山勉「大豆変身物語」(電子書籍)香雪社(2021)
3)松井孝典「1万年目の人間圏」ワック(2000)
4)アルヴィン・トフラー「第三の波」中公文庫(1982)
5)ジャン・ジャック・ルソー「人間不平等起源論」光文社文庫(2008)
6)サミュエル・ハンチントン「文明の衝突と21世紀の日本」集英社新書(2000)
7)マーヴィン・ハリス「食と文化の謎」岩波書店(1988)
8)横山勉「食と宗教を考える」J ASと食品表示(2021.9月)

横山技術士事務所所長。元ヒゲタ醤油株式会社品質保証室長。現在は、国内外の食品会社や農場への新商品開発、表示、HACCP、従業員教育についてのコンサルタントとして活躍中。食の安全・安心、リスク管理に関わる分野の造詣が深く、賞味期限延長、加速試験、リスクコミュニケーション等についての講演も多数。