研究機関誌 「FOOD CULTURE No.34」(和食の魅力)

「和食」のユネスコ無形文化遺産登録10周年
日本料理人によるパネルディスカッション「和食の魅力」 ~これからの和食 未来のために~

「和食」のユネスコ無形文化遺産登録10周年を迎え、国内外で活躍する日本料理人4名をパネリストに、和食の魅力、和食の未来について語り合っていただきました。

ユネスコ無形文化遺産登録から10年の変化

柿澤 和食がユネスコ無形文化遺産に登録された2013年にも、皆さんをお招きしてパネルディスカッションを行いました。この10年で和食はどう変化してきたでしょうか。
髙橋(拓) 20年ほど前から世界に日本料理を伝える活動が始まり、ある程度は広がったけれども本物が伝わっておらず道半ば、というのが2013年ごろでした。 中東 例えば、日本料理はヘルシーであるという認識はあってもどうヘルシーなのかは知られていなかったのが、この10年間でロジカルな部分の理解が深まったと思います。
中東 例えば、日本料理はヘルシーであるという認識はあってもどうヘルシーなのかは知られていなかったのが、この10年間でロジカルな部分の理解が深まったと思います。
柳原 海外の方の知識量が増えました。海外の料理人が日本料理をつくるコンクールで、10年前も今年も審査員をしていますが、断然レベルが上がってきました。今年の優勝者は、推薦枠で参加した日本の料理人のコンクールでも真ん中くらいの成績をおさめました。料理を見ただけでは海外の方がつくったとはわからない。将来、海外の方が優勝する可能性もそう遠くはないと思います。
髙橋(拓) 海外の日本料理店のレベルが上がったと感じます。また、料理技術だけではなくて文化を学ぶという姿勢もでてきました。
中東 10年前は、私自身、海外の方が日本に来た時に、日本には何があるのだろうと楽しみになるようなものをつくっていきたいと思い始めたころでした。
髙橋(義) 私は、日本から食材を持っていくのではなく、現地にある食材でどんな日本料理がつくれるかということを模索していました。そうしないと広がりが出てこないので、試行錯誤をしていたように思います。
柿澤 この10年で発信力とともに和食も進化しているというお話を聞けて、ますます楽しくなってきました。ここからはパネリストの皆さんがお考えになったそれぞれのテーマに沿って話を進めていきます。

和食とグローバル 技術×文化



髙橋 拓児氏 小かぶらのまるごと鹿の子焼き
かぶを洗い、全面に鹿の子に切れ目を入れます。そこに砂糖を染み込ませるのが新しい試みです。
オーブンで焼くと砂糖を入れたところに茶色く筋が入るので、かぶの身の白さに網目模様が加わり、海外の方にもきれいだと感じていただけると思います。
また、違う食感や味わいが出るのもおもしろいと思います。塩をして刻んだかぶの葉を出汁に入れ、しょうゆと水とき片栗粉であんにしてかけます。新しい技術に、鰹節と昆布という日本の文化が合わさって日本料理が表現される。これをフランス料理風にしたかったら、牛のブイヨンを使えばいい。調理技術の上に文化が乗るのが料理だと私は考えています。

髙橋 拓児氏
小かぶらのまるごと鹿の子焼き
柿澤 素朴ですが洗練された美しさを表現するとともに、細かく切れ目を入れることで、皮をむかなくても食べてすぐほぐれる、というところまで考えられているのですね。
中東 山の人間の私からすると、かぶの皮をむくのは無駄に感じます。この調理法は素材の持ち味をしっかり生かしています。
髙橋(義) 昔と今とではかぶの味も違います。昔はもっと筋っぽくて、えぐみもあったから、皮をむいて面取りしてという工程が必要でした。今は生産者の努力によって、素材自体がおいしくなりました。だからこそ、新しい調理法も生まれるのだと思います。
髙橋(拓) 技術は進歩し、世界中の料理人が新しい料理を考えています。海外の技術を私たちの文化のフィルターで使いこなす、技術だけを抽出して日本の文化を乗せる、というのが大事だと思います。
柿澤 それは「グローバルと和食」ではなく「グローバルな和食」。まさに食の国際交流が進むということですね。
髙橋(拓) 海外の方がたくさん来日され、少し油を足すと海外の方にもなじみやすくなるなど、日本人のための料理をつくっていたのが、海外の方にもおいしいと思っていただける料理に変化させることができるようになってきました。
中東 料理から派生して、器や掛軸など日本の美術的文化についても興味を持つ方が多くなってきたと思います。
髙橋(義) 私の店は古い店なので、足を踏み入れたときからお客様はその空間に意識が向きます。海外の方は靴を脱ぐことにもハードルがありましたが、この10年で皆さん慣れてきました。リピートでいらっしゃる方も増え、知識と経験値が上がってきています。
柿澤 日本文化を海外の方が受け入れてきたということですね。
柳原 私の教室では外国の方だけでなく帰国子女の方も多くなってきています。日本はうま味の上に調味料を乗せる、海外は油の上に調味料や香辛料を乗せるといった味の組み立て方の違いを知り、自分でつくりたいという方が増えています。海外の家庭でも日本料理をつくることが増えてくるかもしれないですね。
髙橋(拓) 私は大学で料理と文化を教えています。日本料理だけではなくて、歌舞伎をどう料理に使うか、西洋料理や中国料理の技術を使って和食にするにはどうしたらいいか、などを講義していて「教える」ことの大事さを感じるようになってきました。海外で本物の和食を求めている方が非常に多いのに、日本人が本物志向でないのは具合が悪いですよね。日本の方々にも日本料理の良さを分かっていただけるといいと思います。

SDGs 地球環境と和食



中東 久人氏 焼き鰆のきのこの味噌漬け餡
えのき、しめじ、ひらたけ、しいたけ、まいたけをゆで、水気を切ります。鰆は塩焼きにします。粒味噌に信州みそとみりんを入れたものに、ゆでたきのこを漬けます。きのこは味噌漬けにすると長い間楽しむことができます。発酵文化は食材を保存する文化で、それを考えたこと自体、日本人はものを無駄にしない民族だと思います。2日間味噌漬けにしたものとひたひたの水、しょうゆを入れ、片栗粉でとろみをつけます。自分で山に入って大変な思いをして採った食材ですから、食材を大切に扱う気持ちは強いですね。自分が口にする食材はどこで採れたのかなどをもっと意識して、食材に愛情を持って欲しいです。まずは自分で体験することをお勧めします。

中東 久人氏
焼き鰆のきのこの味噌漬け餡
柿澤 皆さんが大切にされている自然との付き合い方、共存の仕方を教えていただけますか。
中東 私たち料理人は自分の料理をするために食材を使うのではなく、食材のために料理をすると思っています。人間が食材に合わせなくてはいけないですね。
髙橋(拓) 中東さんが使う食材は自然に生えているものですから、環境が悪化すると採れなくなってしまう。だからこそ環境問題について意識し、自然と共存するための生態系を自分でつくっているのがすごいですね。私たちは食材が手に入らなくなるということまでは考えませんから、そこは欠けている部分だと思います。
髙橋(義) 自然のものは季節の移り変わりによって時期が早かったり遅かったり、花や実の付き方も違ってきます。時期ごとに産地を選び、献立を組み立てることも重要です。旬のものは食べ過ぎるくらいでいいと思います。
柳原 私は父から自然のことを習うことが多かったです。父は休みには畑に行き、屋上では砂糖の代わりになるものを研究しようと蜂蜜をつくっていました。父が亡くなりそれを引き継いでから、食材に対する意識をより考えるようになりましたね。
中東 山の中で生活していると、自然とSDGsな生活になります。土づくりから興味を持ち、作物をつくってその一生を見ていくことは料理に奥行を持たせてくれます。大切なのは食材に愛情を持つことです。自分が食べるもの、人に食べてもらうものを少しでも自分で育てるということが、食材に愛情を持つ一番の方法だと思います。

和食 伝統と進化



髙橋 義弘氏 鯛とトマトのお吸い物
お吸い物というと昆布と鰹節の一番出汁をイメージすると思うのですが、今回はあえてトマトで出汁をとります。トマトと鯛の骨というシンプルな食材で、おいしい料理にしました。トマトはへたをとって包丁目を入れ、霜降りして血合いとぬめりをとった鯛の骨と一緒に15~20分軽く煮立たせ、汁をこします。うすくちしょうゆ、塩で味を調え、冬瓜と鯛の身を加えます。このお椀は進化していないように見えても、トマトの味の引き出し方が進化しています。これまで培ってきた伝統を学び、さらに時代を踏まえた一歩を加えるのが進化だと思います。

髙橋 義弘氏
鯛とトマトのお吸い物
柿澤 そもそも伝統とは何でしょうか。
髙橋(義) これまで積み重ねてきたことを繰り返していく中で、今までやってきたことに手を加えて一歩違った形で仕事が進んでいくことがあります。それがまた反復されて、さらに変化していく。その繰り返しで変わり続けていくのが伝統であると意識しています。海外では昆布はありませんが、海外にも必ずあるトマトを使って同じ仕事ができるのです。
髙橋(拓) 長く続け、積み上げてきたものには、その良さがあります。それを理解しないと、本質を忘れてしまうことになります。
髙橋(義) やり方を変えようとしても、みんなに浸透しないやり方は継続できません。全てがうまく回るわけではないので、また元に戻して違う方向で考えようということもあります。時代の流れとともに料理も味の好みも変化します。その変化を意識しながら、自分の中で育んだものを世に出していく過程が進化につながると感じています。
柳原 進化とは振り子のようなものだといつも思います。例えばトマト出汁も、最初は抵抗がある方がいたとしても、続けていくうちに慣れてくるでしょう。そしてまた別の新しい味や食材が入ってくる。味や食材がどんどん変化していっても変わらないもの、それが本質だと思います。
中東 過去の仕事にとらわれてしまうのは怠慢であるとも言えます。良くないものや時代に合わないものは消えていくのであって、常に必要とされるものをつくり上げていくことが伝統であると思います。
髙橋(義) 本質の部分で何が大切かということを見ていくことが大事だと思います。今大切にしていることのルーツをたどり、それがどういう存在なのかを知る。それを周囲と共有することでさらに広がりを持たせて育む。技術も大事ですが、その根底にある部分を意識できないと文化として育っていきません。それができるのが和食を受け継いでいく時に大事なことだと思います。

家庭料理と和食



柳原 尚之氏 秋色黄枯茶飯(しゅうしょくきがらちゃめし)
日本料理の中心にあるのはご飯です。エビ、栗、きのこなど秋の食材を入れて炊き込みました。芝海老は殻をむいてしょうゆと酒で下味をつけ、きのこは湯がきます。今回はもち米もあわせ、調味料を入れて炊きます。沸騰したら芝海老、きのこを入れます。甘露栗は最後に入れて蒸らします。以前は、おいしかったからつくりたいと教室に来る方が多かったのですが、最近は、食べたことがない、日本料理が分からないから勉強したい、自分の文化を知りたいという方が増えてきました。もう一度、日本料理、日本文化を日本人が見直さないといけない時期が来ていると思います。料理を知ると、器やお茶などいろいろなところにつながっていきます。料理から日本文化に入っていくのは、とてもいいスタートだと思います。

柳原 尚之氏
秋色黄枯茶飯(しゅうしょくきがらちゃめし)
柳原 私の教室は、戦後、アメリカなどの文化が入ってきて日本料理が崩れてきていると感じた祖父が、日本料理専門の料理教室を開いたのがスタートです。父、私と時代が変わり、今はおせち料理を教えても、食べたことがない方が増えています。その料理をなぜ食べるのか、どんな願いが込められているのかということも教えるようにしています。教室には、私が生まれる前から通われている生徒さんもいらっしゃいます。それだけ学んでいきたいという気持ちで来ていただいていることは嬉しいですね。
髙橋(義) 私の店も親から子へ受け継がれ、「思い出の料理屋さん」として節目でご利用いただいていることが多いです。
 
柿澤 料理だけでなく文化も学ばれた方は、色々なお店に行ってさらに学ばれているのでしょうね。和食を家庭料理に取り入れていく際に、気を付けて欲しいとお伝えしていることはありますか。
髙橋(拓) 味のバランスです。調味料を味付けの材料ではなく、食材を引き立てるために使うということを説明しています。
中東 実際に家で簡単にできる内容にして教えることを、気を付けています。家でつくって喜ばれたと聞くと、役に立ってよかったと思いますね。
髙橋(義) まずは、誰にどういう風に食べて欲しいかを意識する。最初から上手にはできないのだから、教わったままにつくる。そこから自分流のアレンジを加えていく、と段階を踏んで欲しいと思っています。
柳原 家庭で和食を食べてもらうのが、日本人として舌を鍛えるという点で一番です。何を食べてきたかということがその人の生き方にもなっていくと思うので、家庭で和食を食べてもらえるように伝えていきたいと思っています。
中東 和食は日本人が日本の環境に合わせてつくってきたものですから、私たちの体に合っていると思います。私たちが健康で生きていくために、和食を伝えていくことは大切だと思います。
髙橋(拓) 食材も昔とは変わっていますから、改めて今の食材でおいしく料理をするということを考えるのも大切ですね。若い人はそれを食べて「新しい」と感じると思います。
髙橋(義) 食は生活文化で、日本人がこれまで育んできて一番身近にあるものです。生きてきた時代によっておいしいと思うものも観点も違います。その違いを知るためにも生活文化に根差した和食を食べていくことが必要だと思います。
柳原 和食は実はそんな難しいことではないのです。ほうれん草を湯がいて、だしとしょうゆと鰹節でいただく。それだけでも充分に和食です。きれいな器に盛って、折敷に載せて出せば茶懐石の一品にもなります。日本料理の特長は、一つの食材をいかにおいしく食べるか、見た目もよくしていくかを昇華していったことなのです。簡単なテクニックを知れば家庭でもできることはたくさんあるので、家庭でぜひつくってほしいですね。
 
柿澤 家庭で和食をつくる機会が増えるとうれしいですね。最後に、一言ずつお願いします。
髙橋(拓) 料理人にもいろいろな考え方があるなと感じられたでしょうが、根本にあるのは愛情を込めてつくり、それを次の世代に継いでいくという思いです。今日の話をご自分の生活に役立てていただきたいと思います。
中東 私は家庭のご飯が一番飽きずに毎日食べられると実感しています。自分がつくる料理が人を幸せにするということを体感していただければ、料理をもっと好きになっていただけると思います。みんなで日本料理を盛り上げていきたいですね。
髙橋(義) 食は一人ひとりが取捨選択するものです。全国にいろいろなジャンルのお店がありますが、その中で自分が何を取捨選択し、継いでいくかという意識が大切です。家庭で和食を食べる機会をぜひ増やしていただきたいですね。それによって和食を選ぶ機会も増えていくと思いますし、未来の食を形作っていけると思います。
柳原 この10年、日本だけでなく世界規模で料理人の交流が生まれてきました。それがただのミックスにならないためにも、各地方の郷土料理の味や食材をしっかりと継承し、美意識も鍛えてほしいですね。いろいろなものに触れ、経験を積むことが伝統を守ることにもつながっていくと思います。
柿澤 皆さん、和食の魅力を十分に探求し堪能していただけたと思います。本日はありがとうございました。
パネリスト4名とコーディネーターの集合写真