研究機関誌 「FOOD CULTURE No.36」キッコーマン国際食文化研究センター活動報告

キッコーマン国際食文化研究センター 篠﨑 雅慶

収蔵品企画展「キッコーマンの広告史」の開催

キッコーマン国際食文化研究センターでは、長年にわたり収集・保管してきた多くの収蔵品のなかから、特定のテーマにそって史料を公開・展示する「収蔵品企画展」を2024年度より新たに開催している。本展は、それぞれのテーマにそって、通常は非公開の収蔵品を精選し、当時の時代背景や企業を取り巻く社会環境を踏まえ、その成り立ちや意義を紹介している。これにより、各時代の企業活動に込められた理念を現代に伝えることを意図している。
2026年3月現在、開催した収蔵品企画展は表1の通りである。

本稿では、「キッコーマンの広告史~1920年代から1960年代。激動の中で~」および「キッコーマンの広告史Ⅱ~PURE AND NATURAL, 1968-1984年~」の概要について報告する。

形式 会期 テーマ
企画展 2024年7月8日~9月20日 しょうゆづくり今昔〜明治から昭和、道具の進化〜
収蔵品企画展 2025年3月3日~5月30日 キッコーマンの広告史〜1920年代から1960年代。激動の中で〜
収蔵品企画展 2025年7月29日~10月3日 キッコーマンの広告史II〜PURE AND NATURAL, 1968-1984年〜
収蔵品企画展 2026年1月13日~4月24日 キッコーマンと万国博覧会〜19世紀から21世紀〜
※企画展「しょうゆづくり今昔~明治から昭和、道具の進化~」は収蔵品企画展の先行的取組として開催

収蔵品企画展 「キッコーマンの広告史 ~1920年代から1960年代。激動の中で~」

本展では、1917年の野田醤油株式会社(現キッコーマン株式会社)設立から1960年代までの広告を取り上げ、広告が訴求するテーマの変遷にあわせ、6つの時代に大別し展示を行った。以下では、そのうち4つの時代を紹介する。

①ブランド訴求の時代

1933年の広告。野田醤油株式会社は会社設立時に211あった商標を整理し、国内外で高い評価を得ていた「キッコーマン」ブランドへの一本化を進め、販路を全国に広げていった。当時の広告は「キッコーマン」ブランドの周知を目的としており、六角形マークを強調して訴求しているのが特徴である。

大きな「萬」マークが特徴的

②戦後の時代

1950年の広告。戦中の戦時統制、戦後も継続された配給制により、しょうゆの自由販売が1950年10月に復活するまでの約10年間、広告の空白期間が生じた。その影響は大きく、1949年に行った消費者調査によって、10~29歳の女性の約63%がキッコーマンブランドを知らず、認知度が大きく低下していることが判明した。その状況を打開すべく誕生したのが、キャラクター「野田キッコ」である。しょうゆの自由販売再開前の1950年1月に、いち早くソースの広告に野田キッコを登場させ、若い世代への訴求とブランド認知向上を図った。その結果、野田キッコは“キッコちゃん”の愛称で広く親しまれ、1970年代までキッコーマンの広告の顔として活躍した。

キッコちゃんが初めて登場したのはソースの広告だった

③品質~料理訴求の時代

1958年の広告。「香味(フレーバー)」とは、キッコーマンならではの醸造しょうゆの良さを、ひと言で表現した言葉。ブランド認知が高まるとともに、「キッコーマンしょうゆの品質」を前面に出した広告へと変化し、次第に「家庭料理とキッコーマン」を訴求する広告へと発展していった。

1958年の新聞広告。醸造しょうゆ特有の香りを味わうことを「香味(フレーバー)」と表現

④洋風料理訴求の時代

1962年の広告。1960年代は食生活の洋風化がめざましい時期であった。1950年代の本格的な米国進出での手応えも背景に「日本料理だけでなく、洋風料理にもしょうゆは合う」ことを「フライパンにもキッコーマン」というコピーで表現し、しょうゆが日本料理だけの調味料ではないことを訴求した。

1962年の新聞広告

収蔵品企画展 「キッコーマンの広告史Ⅱ ~PURE AND NATURAL, 1968-1984年~」

本展では、1960年代終盤から1980年代中盤までの広告を取り上げた。1960年代には様々な公害問題や食品・医薬品の安全性に関わる事件が連続して発生し、食の安全への関心が高まった。こうした社会情勢のなか、キッコーマンは1969年の年頭新聞広告において“PURE AND NATURAL(P&N)”を宣言し、「純粋なもの・自然なものをお届けするキッコーマン」という企業姿勢に徹する決意を表明した。この時代の広告を、訴求テーマにあわせて9つのシリーズに大別し展示した。ここでは、そのうち3つのシリーズを紹介する。

①PURE AND NATURAL(P&N)宣言の広告シリーズ

(左)1970年、(右)1971年の広告。P&N宣言にそった商品づくりにおける最も重要な取り組みが、しょうゆは全て本醸造による製造に回帰するとともに、原則として保存料を使用しない「Pしょうゆ(Pureしょうゆ)」に改めたことであった。P&Nシリーズの広告は食材のイラストを大胆に配置し、旬の食材をおいしく食べることを訴求した。

ピュアアンドナチュラル
1971年 雑誌広告
「もう一度、見つめよう。純粋とは?自然とは?」

②消費者との対話シリーズ

1969年の新聞広告。消費者からしょうゆを生かした料理法を募り、集まった“わが家のアイデア”を広告で紹介するキャンペーンを展開した。メーカーからの一方通行の情報発信ではなく、消費者参加のかたちを取り入れることで、広告を生きた生活情報の交流の場に変化させた。

1969年の新聞広告

③母と娘の味の対話シリーズ

1972年の広告。消費者との対話シリーズが発展した“母と娘の味の対話”シリーズでは、母と娘という異なる世代のふたりのお母さんの心の対話を通じて、調理の仕方や家族の在り方などに見られる時代の変化を表現した。このシリーズでも消費者参加型のキャンペーンを展開し、料理アイデアの募集に寄せられた応募は、約9万通にもおよんだ。

1972年の新聞広告
1972年 新聞広告2

2つの企画展を通じて、キッコーマン株式会社が時代の変化をいち早くとらえ、柔軟かつ多彩な広告表現を展開してきたことが確認できる。ブランド認知度の向上を目指した広告から始まり、品質訴求、料理訴求、消費者の共感を得る広告へと発展していく経過を振り返ることは、食文化の研究・発信を進める上でも意義のある取り組みとなった。