研究機関誌 「FOOD CULTURE No.36」江戸の食を彩る「かつお節だし」

株式会社にんべん 荻野目 望

江戸の食を彩る「かつお節だし」

はじめに

国土交通省大臣による2026年1月の記者会見では、2025年の訪日外国人旅行者数は過去最多の約4,270万人と発表されました。訪日の消費動向調査では「飲食費」が第2位となっています。訪日外国人にとって興味深い「和食」は、江戸時代の食文化を基礎とするところが多くみられます。(1)江戸時代に「和食」が発展した理由は、以下の3点が挙げられます。

①酒宴に重きを置かれた料亭の洗練された味への追及(例:日本橋「百川」、浅草:「八百善」、深川:「平清」等)
②濃口醤油と砂糖やみりんなどの甘味料の発展と普及
③かつお節の製法完成で、かつお節だしの品質向上

今回は、江戸時代後期に「改良伊豆節」として完成された「かつお本枯節」を中心に話を進めていきます。(2)

1. かつお節の歴史

毎年春になると、南東沖より群れを成して日本沿岸に現れる「初ガツオ」、秋の訪れとともに姿を消す「戻りガツオ」。その有難さに食糧確保に苦労していた古代の日本人は、カツオにある種の「神」への畏敬の念と自然への感謝を感じていたのかも知れません。

①カツオと日本人の関わり

黒潮沿岸の縄文時代の貝塚からカツオの骨は数多く発見されています。北は青森県八戸市周辺の遺跡の貝塚からも出土しています。(2)
律令時代には神や大王(天皇)、上級貴族への贄や神饌の貢納品として、カツオの加工品である「堅魚(かつお)・煮堅魚(にかつお)・堅魚煎汁(かつおいろり)」が、各産地より都へ「調」として直接貢納されていました。「堅魚」は、生のカツオの卸し身を天日乾燥させたもの、「煮堅魚」は、カツオを煮た「生利(なまり)」を天日乾燥させたもの、「堅魚煎汁」は、かつおの生利を作る際の煮汁を煮詰めたものです。今日までのところ当時の書物には具体的な製造法の記載はなく、現在も多くの分野の研究者が協働研究を行っています。(4)
かつお節の製造において、重要な工程は広葉樹の薪を燃やした燻煙と高温の熱で生利を乾燥させる「燻乾」にあります。また、「燻乾」は、初期の細菌による腐敗を防止することも目的です。この工程を「焙乾(ばいかん)」と言います。

②燻乾法はどこから

燻乾は日本古来の技術なのでしょうか。現在の主流は、日本より約7,000キロ離れた、インド洋の島嶼国「モルディブ」より伝わったとする見解が一般的となっています。モロッコの旅行家「イブン=バットゥータ」は1343年にモルディブを訪れた際に、「かつお節」(現地の名称:ヒキマス)をインド、セイロン(スリランカ)、シナ、ヤマン(アラビア)、マラッカ王国(現在のマレーシア付近にあった王国)へ輸出していると報告しています。このマラッカ王国と交易のあったのが「琉球王朝」です。燻乾法は、琉球経由で日本に伝わったとする説です。(5)
一方、伝搬するルートにもカツオ資源が豊富な地域も多々あり、かつお節を製造した証拠はなく、関連性は薄いという考え方もあります。また、双方において自然発生的にかつお節が誕生したとする考え方もあります。筆者も「堅魚・煮堅魚」の再現試験を行っていると、雨の日や衛生害虫対策として燻乾は行いたくなります。(6)

③江戸時代に華開いたかつお節文化

現在のかつお節製造工程の基礎は、江戸時代の約270年間に形成されました。室町時代の後期には、焙乾法の前身となる火乾による「かつお荒節」は形成されたと推測されています。(5)江戸時代の前期(※1)には、焙乾した「かつお荒節」は商売が成り立つほどに供給され始めます。これは当社の創業年(1699年:江戸時代前期)には、かつお節の商いをしていたことからも推測されます。江戸時代後期に出された図1『諸国鰹節番附表』(5)を見ますと、「熊野節」の産地である伊勢、志摩の節が行司となっているのは、かつお節として江戸時代初期には定評があったため、また勢州(伊勢国)産の節が行司であることは、伊勢神宮のお膝元として、番附表の権威付けへの効果もあったためと考えられます。
江戸時代前期から中期(※1)にかけて、土佐(高知県)にて、荒節の表面を削って「裸節」としたあと、カビ付けを1回行い、その後は徹底した日乾を行う「改良土佐節」が開発されました。江戸時代後期(※1)になりますと、紀州・印南(和歌山県)出身の「土佐の与一」は、現在の南房州の千倉と西伊豆の安良里に「改良土佐節」の製法を伝えました。改良前の伊豆節は、煮熟を行っていなかったために、カビ付けを何回も行っていました。
土佐の与一より、煮熟、表面削りの方法が伝授され、煮熟+焙乾+表面削り+複数回のカビ付けと日乾を繰り返す、現在の「かつお本枯節」と同じ工程の「改良伊豆節」が誕生しました。
(※1)江戸時代(266年間)の15代の将軍を5代毎に分けて、初代(徳川家康)~5代(綱吉)までを前期(108年間)。6代(家宣)~10代(家治)を中期(77年間)。11代(家斉)~15代(慶喜)を後期(81年間)としました。

図1 文政5年『諸国鰹節番附表』
・番附表の上位を占めていた「土佐節」の製造は、現在は「宇佐地区」の1社のみとなっています。
・現在の産地は、焼津(静岡県)、枕崎(鹿児島県)、山川(鹿児島県)の三地区の合計で全国生産量の90%以上を占めています。

④東日本の「かつお節だし」、西日本の「昆布だし」文化はなぜ生まれたのか

いくつかの要因が、西日本と東日本のだし文化の違いに影響しています。

  • 「昆布」と「かつお節」では、まず生育地、漁獲地は異なります。昆布の生育地域は北海道、青森県、岩手県に限定されます。カツオは黒潮流域沿いの南は沖縄から北は宮城県、黒潮の流れ次第では岩手県沿岸まで回遊、漁獲されます。
  • 当時の航海技術では、東廻り航路は難所が多く、昆布を直接江戸に運ぶことに船頭は難色を示し、主に安全な西廻り航路にて大阪へ昆布を運びました。図2に江戸時代前期、河村瑞賢の開発した「西廻りと東廻り航路」を載せました。北海道産の昆布を運ぶ航路は特に「昆布ロード」と呼ばれています。(7)
  • 北前船を運用する廻船問屋の初期は運送業でした。後に商社的な商法へと変化をしました。北海道で昆布を仕入れ、高く売れる富山や敦賀で売りさばきながら、瀬戸内海経由で大阪へ運びました。この商売で「北前船の廻船問屋」は、巨万の富を築きました。より利益を生む西日本地区へと昆布はさらに集中しました。
  • 仏教の修行としての精進料理は、一般的に昆布だしを使用します(※2)。人口当たりの寺院数を見ると、西日本地区の方が多く、宗教行事を通して庶民の生活に浸透していきました。また、寺院は富が集中しており、高価な昆布も使用は可能でした。

(※2)中国では「昆布」は産出されないので、本来の「精進料理」では使われていません。現在も中国より伝達された「精進料理」の戒律を厳格に守る寺院では、「精進料理」で「昆布」は使用されません。

  • 昆布取引の大阪の問屋筋は幕府に冥加金(税金)を納め、販売独占権を得て、新規の昆布問屋の進出を抑えました。
  • 江戸の昆布問屋は大阪経由の昆布となり、したがって価格も高くなり庶民は手軽に使用できない状態でした。
  • 江戸は武家社会の都市です。「かつお節」は「勝男」「勝男武士」「鰹夫婦節」など当て字にもなるほど、武家社会では大変好まれました。
図2 西廻り航路と東廻り航路と昆布ロード(佐藤洋一郎編『知っておきたい和食の文化』、勉誠社刊(2022)より引用、加筆。(7)

・本来「清国」への昆布輸出は長崎の「出島」ルートで行うべきところ、薩摩藩は「坊津」経由で薬草として昆布を輸出し、漢方薬の原料となる薬草を輸入し販売した。得た利益は、「倒幕」の軍事資金となったとの指摘もあります。(8)
・この密貿易は後に幕府に知られ、「唐物崩れ」として大事件となりました。近接する「枕崎」に逃れてきた「坊津」の貿易船を「カツオ漁船」として活用し、「枕崎」はカツオの水揚げ産地として大きく発展する一因となりました。(5)(8)

10万人あたりの寺院数が多い、上位の15位までの都道府県を表1に示しました。その内の12は西日本地区です。また、その都道府県の県庁所在地の「昆布購入量と昆布購入金額」を併記しました。また、( )内の数字は全国52調査都市の順位を記載しました。
昆布の場合、かつお節と異なり、好まれる昆布は地方により種類が異なります。更に種類により価格も異なります。そのため、全国平均以上の場合も含めて考慮しますと、西日本地域の寺院割合は昆布購入量と購入金額のどちらか、または両方に相関性があることが分かります。

寺院(団体・法人)
順位 都道府県 総数 10万人当たり
全国平均 76,634 61.3
1 島根県 1,292 237.7
2 滋賀県 3,204 227.3
3 福井県 1,672 222.1
4 山梨県 1,484 185.1
5 和歌山県 1,585 175.5
6 富山県 1,521 149.7
7 山形県 1,477 141.9
8 奈良県 1,803 138.1
9 三重県 2,347 134.7
10 佐賀県 1,069 133.5
11 新潟県 2,755 128.0
12 石川県 1,352 120.9
13 京都府 3,051 119.6
14 大分県 1,236 111.7
15 山口県 1,418 108.0
昆布
都市名 購入量 購入金額
全国平均 214 798
松江市 335(4) 962(12)
大津市 232(16) 1,170(5)
福井市 320(6) 1,478(2)
甲府市 154(40) 578(46)
和歌山市 113(52) 650(39)
富山市 330(5) 1,663(1)
山形市 420(3) 1,222(4)
奈良市 172(34) 890(7)
津市 217(22) 629(42)
佐賀市 150(43) 670(7)
新潟市 296(9) 783(25)
金沢市 232(17) 984(10)
京都市 167(37) 1,014(9)
大分市 227(20) 739(31)
山口市 147(45) 678(36)
(注)山形県の酒田、新潟県の新潟・寺泊、山口県の赤間関(下関)・三田尻は北前船の主要な寄港地でした。

2. カツオから、かつお本枯節ができるまで

図3に「かつお本枯節」の製造工程を示しました。カツオより水分をいかに減少させながら、その保存性と風味の向上を目指すか、先人たちの努力と工夫の結果が「かつお節本枯節」の製造工程です。

図3 カツオから、かつお本枯節へ

写真1は、カツオの卸し身(本節卸し)と完成した「かつお本枯節」を並べたものです。「かつお本枯節」の仕上がりまでの期間は生カツオ4.5kgでは約4~6ヶ月間の期間を要します。

写真1 身卸し後の生カツオと本枯節の比較

図4は、原魚カツオより身卸し➡生利(なまり)➡荒節➡本枯節までの重量変化を示した図です。原料のカツオからの歩留まりは、荒節で約1/5、本枯節で約1/6に減ってしまいます。言い換えると、㎏当たり原魚の100円の値上がりは、荒節で500円、本枯節では㎏当たり600円の値上がりに相当してきます。

図4 カツオから、かつお本枯節への歩留まり
  1. 1身卸し後のカツオは煮熟を行います。煮熟の温度条件はカツオの鮮度、サイズにより調整します。4.5㎏以上のカツオを四つ割り(本節卸し)にした場合は、約80℃で投入し約90℃前後まで湯温を上げて約90分間煮ます。煮熟の終了した「生利」を放冷した後に、節の姿で販売する「仕上げ節」は、皮(尾に近い皮の一部は残します)と骨を取ります。生利を2~3時間焙乾した節が「生利節」です。
  2. 2焙乾(※3)の初期(1~3番火)は、高温の燻煙と熱風で 焙乾を行います。5~6番火までは連続して焙乾を行い ます。その後は毎日焙乾を行わず、節の表面の水分状態をチェックしながら、時間をあけて焙乾を行います。これを 「間歇焙乾(かんけつばいかん)」と言います。節の含有水分が26%以下になった節が「かつお荒節」です。
  3. 3かつお荒節の表面には焙乾時の燻煙成分が付着しています。この表面部分をグラインダーや特殊な小刀で削った節を1回天日乾燥した節が「かつお裸節」です。この作業により、かつお節優良カビが節表面にしっかりと生育します。
  4. 4純粋に培養した「かつお節優良カビ」の菌液を「かつお裸節」に移植して、恒温恒湿に管理されたカビ付け庫に搬入し、カビ付けを開始します。これから重要な「微生物」の力を借りて、水分の減少と香味の改善を行う「発酵工程」に入るわけです。
  5. 51回目のカビ付けを行い、節表面に十分に「優良カビ」が生育した節を、1日天日乾燥を行います。これが「1番カビ付け節」です。
  6. 6「1番カビ付け節」を再度「カビ付け庫」に搬入し、優良カビを生育させます。新たに菌液の移植は行われません。カビが再度生育した節が「2番カビ付け節」、カーキ色だった1番カビが茶色味を帯びてきたら「2番カビ付け」の終了です。「カビ付け庫」より搬出し、1日天日乾燥を行い出来上がった節が「かつお枯節」です。
写真2 1番カビ付けと2番カビ付けの色調の変化
  1. 7「2番カビ付け節」以降は⑥の作業を繰り返し、各天日乾燥を終わった節を「3番カビ付け節」、「4番カビ付け節」と言います。なお、当社では4番カビ付け節以降の名称は「かつお本枯節」と言います。日本農林規格では「かつお本枯節」の規格は決まっていません。会社ごとの自主規格となっています。

(※3)焙乾について

  • 焙乾の1日目は「1番火」(または水抜き焙乾)、2日目を「2番火」と順に呼びます。「焼津式乾燥機」を使用する時は、焙乾の回数は合計11~12番火、焙乾時間の合計は約80時間になります。大量生産装置である「急造庫」では焙乾の回数は合計12~14番火、焙乾時間の合計は約100時間を要します。脂質含量の高いカツオを使用すると水分の減少は遅く、焙乾時間も長くなります。
  • 焙乾に使用する燻材はナラ、コナラ、クヌギ、カシなどの広葉樹をしっかり乾燥させた薪を使用します。以前はその地域の裏山に生えている木材を使用するため、産地毎に特徴がありました。近年は使用する薪は全国的に平準化しています。そのため、各地の節の特徴は使用している「焙乾装置」の違いが影響していると言えます。
  • 焙乾工程はかつお節製造において非常に重要な工程です。かつお節への燻煙フレーバー付与だけではなく酸化防止効果、初期の腐敗防止、高温によるピラジン類の生成など多岐にわたる効果が認められています。
写真3 焙乾装置のいろいろ
手火山式焙乾装置
薪を燃やした火床の上に、「せいろ」に並べた生利を直接燻煙と熱風をさらします。この方法は明治時代前期より使われていたと思われる焙乾装置です。現在も西伊豆地区、伊勢地区などで使用されています。
焚納屋式焙乾庫
5層に分かれ、焙乾の始めは1層目で、順次2、3層目と火床から離れ、最終調整は5層目となります。
焼津式乾燥機(中規模の焙乾装置)
火床は赤の〇印の部分に有り、発生した煙と熱は、ファンによって青色の〇印した焙乾庫内に送りこみます。
急造庫(大量生産用の焙乾装置)
急造庫の外観
地下1階、地上3階の建物、地下で薪を焚き、節の乾燥具合で1~3階で焙乾を行います。写真の急造庫は生産調整を行えるように、3ブロック(赤の線)に分かれています。右側のブロックは稼働中(青の〇印)です。
図5 かつお節の仲間達
・かつお節は製造工程毎に商品として販売されています。
・取引する際の名称は「(一社)日本鰹節協会」によりルールが決められています。
名称のルール:「魚種名(カツオ又はマグロ)+工程の名称+形状」
例えば、原魚はカツオ+工程は荒+形状は本節=「かつお荒本節」
(注)伝統食品の特徴として、現場では従来の取引習慣を使用している方も多く、そのため節関連の統計数値の照合が難しいのが現状です。

3. かつお節の科学

①カツオの脂質含量

かつお節の原料は唯一「カツオ」のみです。カツオであれば何でも良い訳ではありません。原料として適さないカツオですと、図3の各製造工程を最適条件で製造しても、良質なかつお節はできません。まず、かつお節製造に適したカツオを選別する必要があります。
近年、原料カツオに関しては各社特別なこだわり商品を除き、南方海域で操業した「海外まき網船」によって漁獲された冷凍カツオが使用されています。カツオ、マグロ類の習性を活かした「FADs(浮き魚礁)」を使用した操業は効率的に漁獲ができます。しかし、「FADs(浮き魚礁)」を使用した操業はマグロ類の資源管理のため、禁漁期間が設定されています。2026年は排他的経済水域(EEZ)内のFADsの操業は1.5カ月間禁漁。公海では2.5カ月間禁止となっています。この間は深層を潜っている脂の多いカツオを「海外まき網船」は狙うため、どうしても魚質として脂の多いカツオが主体となります。
日本近海にて漁獲されるカツオであっても、全てかつお節の原料として適しているわけではありません。表2は『日本食品標準栄養成分表(第八訂)』より初ガツオと戻りガツオの栄養成分を示したものです。(9)

表2 春獲りと秋獲りの生カツオの栄養成分比較

脂肪含量はかつお節の品質に大きく影響をします。脂肪含量の多いかつお節は「白太(しらた)」と言う現象が現れます。「しらた」の発生した「かつお節」の削り節は粉末の発生割合が多く、削り節にしたとしても粉末になりやすい現象があります。さらに、味も低下しており、だしは濁り、遊離アミノ酸、イノシン酸も共に少ないとの報告もあります。「秋獲り生(戻りガツオ)」の脂肪分は多く、生の時点で6%以上あり、「しらた」が発生してしまいます。お刺身、タタキとしてはおいしくともかつお節原料として使用できません。反対に「春獲り(初ガツオ)」は脂質0.5%ですので、かつお節原料として適しています。(11、12)

表3 「しらた」の発生と表皮部分の脂質量の関係

カツオの脂質で多いのは皮下脂肪、眼窩脂肪と内臓の胃、腸です。(10)かつお節は頭部・内臓は除去しますが、皮下脂肪は煮熟をしても取り切れません。そのため、生利の焙乾においても水分が減少しにくく乾燥は順調に進まなくなります。
店頭でかつお節を選ぶ際は、尾の近くに残している皮目をチェックしてください。大きな皺がある節は避けて、皺がないか少ない節を選ぶようにしましょう。

②イノシン酸量の変化

かつお節のうま味の主成分は、「イノシン酸」です。「イノシン酸」の生成に関しては図6を参考に話を進めます。
筋肉を動かすエネルギー通貨であるATP(アデノシン三リン酸)は核酸分解酵素によりADP(アデノシン二リン酸)、AMP(アデノシン一リン酸)そしてIMP(イノシン酸)まで急速に分解されます。IMPから先は分解速度が遅いため、筋肉内にIMPが蓄積されていきます。さらに、時間経過とともに、イノシン、ヒポキサンチンへと分解されていきます。これらの核酸関連物質で「うま味」を有するのはIMPのみです。漁獲直後の鮮度の非常に良いカツオは食べても、カツオ特有のうま味はあまり感じられません。イノシン酸量の多いかつお節をつくるには、蓄積されたイノシン酸がピークに達する頃に煮る(煮熟)ことによって、核酸分解酵素を失活させ、イノシン酸を固定する必要があります。マグロや牛肉の「熟成」処理と似ている点があります。
以上より、原料カツオの選別と購入は、入札を行う漁船の操業海域と操業特性、セリの前に見本のカツオの脂質ののり具合・鮮度とサイズ、黒潮流路と水温分布、更にこれからの遠洋の漁に関する情報、更に漁業規制(中西部太平洋まぐろ類委員会(※4))と価格の動向を基に入札を行います。

(※4)中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)について
北半球は日本を含む西経150度以西の太平洋、南半球は西経130度以西、東経141度以東、南緯60度以北の高度回遊魚種の地域漁業管理機関。対象魚種はクロマグロ、メバチ、カツオ、キハダ、ビンナガ、カジキ類、海洋性サメ。

図6 核酸関連物質の分解経路
図7 各海域の高度回遊魚種の地域漁業管理機関

4. だしの科学

だしオミッションテストとは、かつお本枯節のだし成分として、想定される成分(含窒素成分:遊離アミノ酸、核酸関連物質(IMPなど)、有機塩基、ペプチド)、(無窒素成分:有機酸、糖)を調べ、そのデーターを基に「かつお節合成だし」を作ります。その中の各成分を1グループずつ除去(オミット)した結果、生じる味の変化を基に、かつお節だしを構成する重要な成分を特定する研究です。その結果、かつお節だしを形成する重要な成分は次の9成分です。

ヒスチジン、グルタミン酸、イノシン酸、乳酸、クレアチニン、イノシン、ヒポキサンチン、ナトリウム、塩素

各成分を除去(オミット)させたとき、どの様に味が変化をしたのか。成分別に「+」はやや増加、「++」はかなり増加した成分。「-」はやや減少、「― ―」かなり減少した成分を示しました。かつお節のだしを代表するうま味はイノシン酸と言われています。しかし、イノシン酸以外の8成分も重要な脇役なのです。(14)

表4 かつお節だしの味の発現に必要な成分
Omitted components
味の変化

後記する「かつお節の減塩効果」について、関与する成分の選択は、このオミッションテストを元に研究を始めたものです。

5. かつお節だしのだし引きの科学

かつお節だしを引く(※5)水は、昆布と同様に軟水の水が適しています。また、一般的な水道水は衛生上、塩素を含んでいます。家庭用浄水器などを通して、まず脱塩素した水道水を使用することをお勧めします。軟水と硬水では、だしを引く水は軟水をお勧めします。だしの香り、味共に硬水は適しません。
(※5)だしを取る、だしを引くという二通り表現がありますが、今回は「だしを引く」という表記を使用しました。

かつお節からのだしを引く場合、使用する削り節の量、厚さ(※6)により、だし成分の抽出効率は異なります。抽出効率は、だしの中のエキス成分、全窒素とアミノ態窒素を調べ、抽出効率を調べた報告です。
(※6)JAS規格では、薄削りは0.2mm以下、厚削りは0.2mmを超える厚さの削り節を指します。

①だし引きの効率の良い削り節の濃度

図8を参考にお話をします。削り節使用量2%を基準にすると、4%、8%は2倍、4倍の削り節を使用した試験です。結果は総窒素、アミノ態窒素は2倍、4倍となっていません。出しがらに、だし成分は残っています。ぜひ二番だしを引いてください。(16)

図8 削り節の使用量の違いによる抽出効率の変化
図9 だし引き時間の違いによる抽出効率の違い
だし成分の抽出は1分と5分の違いはなく、1分でも十分にだしは引けます。(16)

夏季と冬季、鍋のサイズ、火力(ガス、IH)の違いで引いただしの収量は異なります。そのため、弊社ではだしの抽出効率が良く、収量のバラツキが少なく、「濁り」の少ない、良質なだしが引ける方法として以下の手順をお勧めしています。

①かつお一番だしの引き方

  • 鍋の水が沸騰したら、火を止める
  • 水に対して、3%の薄削りを投入して、1~2分間おく。
  • ざるにガーゼやキッチンペーパーを敷いて、削り節をこし、1分間おく
  • 絞らずに使用する。

②かつお二番だしの引き方

  • 一番だしの出し殻に、一番だしの1/2量の水を加える。
  • 沸騰後は弱火で3~5分間煮だし、火を止める。
  • 一番だしの際の新しい薄削り節の1/6量程度を加え1~2分間おく
  • ざるにガーゼやキッチンペーパーをしいて、削り節をこす。
  • 軽く絞って使用する。

※新しい削りを使用する方法を調理科学では「追いがつお方式」と言い、二番だしの香りが良くなります。

③削り節の厚さによるだしを引く時間

蕎麦のかえしを割るだしなど、濃いだしを使用する必要がある時があります。薄削りでだしを引こうとすると、用水量に対してボリュームが有り過ぎるため、用水に浸らないことがあります。そのような時には厚削りを使用します。一般的な厚削りは、0.8~1.0mmの厚さがあります。一般的な薄削りの4~5倍の厚さがあります。抽出効率良く引くには、沸騰状態のところに、削りを投入、火を調整し、微沸騰状態で40~50分間ほど抽出する必要があります。(17)

図10 一般的な厚削りのだし中のアミノ態窒素の動態
(注)削り節メーカーにより、厚さは異なります。メーカーの相談窓口に問い合わせてください。
・厚削りのだし引きは長時間のため、だし中のアミノ酸と糖が反応し、メイラード反応により褐変物質(メラノイジン)が生成されます。この物質により、コクが付与されるとの見解があります。老舗の蕎麦屋さんの何十年も代々引き継がれた「土たんぽ(※7)」に入った「かえし」も同じ効果があったかもしれません。
(※7)「土たんぽ」はつけ汁を湯煎する際に使用する陶器製の容器。昔は素焼きのものが多かった。(18)

6. 削り節の科学

かつお節の賞味期間は、包装品で2年間、開封後は1年間となっています。しかし、削り節に加工すると、数日で香気の飛散と劣化臭成分の生成は急速に進んでしまいます。その原因として、

    • 脂質の酸化と分解による直鎖のアルデヒド類などの人に不快な劣化臭成分の生成。
    • 良好な揮発成分の揮散。(※8)
    • 硫化水素は酸化により減少し単体硫黄へ変化。など数多くの反応が進みます。(15)

(※8)かつお節の香気は約400以上とされています。良好な臭気にも低沸点で揮散する物質も数多く含まれます。(13)

<削り節の開封後の保管方法>

開封後は一回で使いきっていただくのが理想なのですが、大容量の製品もあります。

  • 開封後の袋は出来る限り空気を少なくする。(チャックがあれば、袋内の空気を少なくし、チャックをする)
  • 保管は冷凍庫と強い光を避けて、冷蔵庫内に保管をしてください。(15)

7. かつお節とかつお節だしの不思議な力

食品の機能は、まず生きるために必要な栄養成分を含む機能。次においしく食するための機能。最後に体の各機能を調整するための機能です。ここでは主に「おいしく食べるための機能」についてご紹介します。

①削り節の苦味の吸着

  • ゴーヤの苦味物質はトリテルペノイド類。削り節はこのトリテルペノイド類を吸着する性質がある。また、胃酸環境ではトリテルペノイド類は再分離する。(19)

②調理におけるかつお節だしの抗酸化作用

  • マイワシの煮物でかつおだしを使用すると、生臭さが抑制された。また、煮汁のDPPHラジカル消去能が上昇し、マイワシのTBA値は低くなった。(20)

③かつおだしの添加による酸味、酸臭の抑制効果

  • かつおだしの添加量に比例して、乳酸の酸味、酢酸の酸臭が低下した。ドレッシング、マヨネーズでは香気成分よりの酢酸量はそれぞれ71%、83%低減した。(21)

④かつおだしによる低塩味の嗜好性の改善、塩味の増強効果(22)(23)

  • かつおだしの香りに、減塩食塩水の嗜好性の改善効果がある。
  • かつおだしのうま味により、減塩食の嗜好性を改善する効果がある。
  • かつおだしに含まれる「ヒスチジン」には、塩味の増強効果がある。

以上3点の塩味改善効果があり、高齢社会が急激に進む日本では、かつおだしの活用により、健康寿命が延びることが期待できます。

8. おわりに

かつお節だしの生理機能については、多くの研究事例がなされています。以下の文献(24)にまとめて報告されています。

<期待される身体に対する作用>

    • 疲労(精神疲労、身体疲労)を改善
    • 高血圧の抑制
    • 食物の胃排泄を制御(腹持ちをよくする)
    • 胃運動を促進
    • 唾液分泌を促進
    • 空腹感を抑制し満腹感を増加
    • 脳賦活化
    • 油脂の摂取量・摂取カロリーを抑制

<期待される心理/情動行動に対する作用>

    • 気分・感情状態(とくに疲労感)を改善
    • 攻撃行動を低下
    • うつ様行動を低下
    • 不安様行動を低下

今後の各研究の発展を願っています。

参考文献
  1. 1国土交通省観光庁「訪日外国人消費動向調査」
  2. 2大久保洋子「江戸の調味料」日本調理科学会誌 Vol147、№4、233-235(2014)
  3. 3松井章「考古学からみたカツオ漁」(財)味の素食の文化センター刊『日本人はなぜかつおをたべてきたのか』(2005)
  4. 4小倉膳慈司「古代の百科全書『延喜式』の多分野協働研究 中間報告」、国立歴史民俗博物館研究報告(2019)
  5. 5宮下章著『鰹節 上巻』(一社)日本鰹節協会刊(1989)
    宮下章著『ものと人間の文化史97鰹節』法政大学出版局(2000)
  6. 6熊倉功夫・伏木亨(監修)、福家眞也(編集)『だしとは何か』アイ・ケイコーポレーション(2014)
  7. 7佐藤洋一郎編『知っておきたい和食の文化』第6章「和食と魚」(石川智士)勉誠社刊(2022年)より引用、オリジナルは日本昆布協会のHP
  8. 8奥井隆著『昆布と日本人』日本経済新聞出版社刊(2012年)
  9. 9文部科学省科学技術・学術審査会資源調査分科会報告『日本食品標準栄養成分表2022年版(八訂)』
  10. 10守田麻由子ら「日本太平洋岸の上りカツオおよび下りカツオの各部位における脂質変化」日本水産学会誌 Vol.69、No.6(2003)
  11. 11小泉千秋「かつお節のシラタに関する研究Ⅱ」日本水産学会誌Vol.27、No.2(1961)
  12. 12竹永章生ら「しらたかつお節と正常なかつお節の総脂質の比較」日本食品科学工学会誌、Vol.38、No.4(1991)
  13. 13竹永章生ら「しらたかつお節と正常なかつお節の総脂質の比較」日本食品科学工学会誌、Vol.38、No.4(1991)
  14. 14福家眞也「かつおエキス、だしの成分と呈味性」(財)味の素食の文化センター刊『日本人はなぜかつおをたべてきたのか』(2005)
  15. 15川口宏和「かつお節フレーバーの生成と劣化」(財)味の素食の文化センター刊『日本人はなぜかつおをたべてきたのか』(2005)
  16. 16吉松藤子「煮出汁の研究(第一報)」日本家政学会誌 Vol.5、p.359-361
  17. 17吉松藤子「だし引きの科学」『別冊食堂 そばうどん』Vol.7、(1980)
  18. 18新島繁編『蕎麦の辞典』」柴田書店刊(1999)
  19. 19前橋健二ら「削りぶしによるゴーヤの苦味除去効果」日本食品科学工学会誌 Vol.55、No.4(2008)
  20. 20梨本亜希ら「調理におけるかつお節だしの抗酸化効果」日本調理科学会誌 Vol.41、No.3(2008)
  21. 21山田潤ら「かつお節だしの添加による酸味、酸臭抑制効果」日本調理科学会誌 Vol.44、No.2(2011)
  22. 22真部真里子「和食特有の香りが塩味に及ぼす影響―だしと醤油―」醤油の研究と技術 第46巻 第4号(2020)
  23. 23真部真里子「かつおだしの塩味増強効果に寄与する呈味物質」日本調理科学会誌 Vol.51,No.3 173~179 (2018)
  24. 24近藤高史ほか「かつおだしが攻撃行動を低下させる仕組み」醸協 第112巻 第12号(2017)