研究機関誌「FOOD CULTURE No.3」キネマ
キネマ
キネマ――それはネパールの東ヒマラヤ地域、インドのダージリン丘陵およびシッキム地方、インド北東の丘陵地帯およびブータン一帯に存在する複数の民族コミュニティの多彩な食文化を構成する重要な食品の一つです。キネマは灰色がかった黄褐色をしており、ねばねばして風味豊かな、大豆を丸ごと原料とした発酵食品で、日本の納豆によく似ています。

キネマの起源―仮説
「キネマ」という言葉は、リンブー地方(「リンブー」は、ネパールの主要民族コミュニティの一つ)での方言「キナムバア(Kinambaa)」が語源になっていて、発酵を意味する言葉の「Ki(キ)」と風味を意味する言葉の「nambaa(ナムバア)」が組み合わさったものです。
紀元7世紀より以前に、リンブー族により、リンブワン(Limbuwan)王国〔現在の東ネパール地方――Theratumu、タプレジュン(Taplejung)、パンクタール(Panchtrar)、ダーンクタ(Dhankuta)、そしてイラム(Ilam)が含まれる〕が建国され、17世紀にネパールとして統一されるまでの間、独立した統治が続けられてきました。キネマの起源に関する歴史文献といったものは存在しませんが、ネパール人の中でリンブー族がこの独特な風味をもつ大豆の発酵食品を作り、食するようになったのは確かです。ネパールの統一、複数の民族コミュニティから成る多民族社会の存在、そして人々の行き来とによって、キネマの製法と食べ方は、ライ(Rai)、タマング(Tamang)、グルング(Gurung)、マンガル(Mangar)など、他のネパール人コミュニティで多様化していったことが推測されます。しかしながら、キネマはバラモン教徒のネパール人の間では、未だに一般的ではありません。東ヒマラヤ地方のその他の山岳民族の間では、現在キネマの独特の味わいが受け入れられています。ちなみにシッキム(Sikkim)地方のレプチャ(Repcha)族はキネマをサトリャングサ(satlyangser)と呼び、ブーティア(Bhutia)族はバリ(bari)と呼んでいます。
キネマの製法
ヒマラヤ山脈のシッキム地方では、キネマは図1の手順で作られています。まず、地元で栽培される種類の黄色みがかった小粒(直径6ミリ位までの大きさ)の大豆を用意し、一晩湧き水に浸します。その後、簡単につぶれるくらいまで煮ます。いったん水切りをしてから、木臼(シッキム地方では「オクフリ(Okhli)」と呼ぶ)に入れて杵(同じく「ムスロ(muslo)」と呼ぶ)で軽くついて、子葉の部分を割りつぶします。これはおそらく、発酵を促進させ、胞子を形成する好気性のバクテリアの活動を活発にするために表面積を広げるためと考えられます。つぶした大豆はこの地方で育つシダ(原名:Glaphylopteriopsis erubescens)を敷いた竹籠に移され、ジュートでできた袋を掛けます。これを素焼の土釜のある台所に置き、気温25〜45℃で2、3日間をかけて自然発酵させます。村によっては製造途中で、いくぶんかの(全体の1パーセントほど)渇いた木灰を加えます。ネパール東部では、キネマの材料にこげ茶色の大豆を利用します。また、シダの葉の代わりにフィカス(Ficus)とバナナの葉を用いますが、それ以外の基本的な手順は変わりません。
完全に発酵したものには、納豆のように白い粘着性の付着物が見られ、キネマ独特の風味と少々アンモニアの臭いもします。新鮮なキネマの賞味期間は夏場で2〜3日、冬場は冷蔵しない場合でおよそ1週間程度です。天日で自然乾燥させたキネマの場合は、室温でも数ヵ月間保存することができます。
キネマの作り方は場所によって異なり、まだ家内製造のみで産業化されていません。土着の知恵を生かして調理をする山岳地方の婦人だけがキネマをつくるというのは大変興味深いことです。このように独特なキネマ製法は、財産として守られ、母から娘へと受け継がれていきます。




食べ方とその調理法
キネマは、日本風に言えば、カレーのおかずとして、炊いた米と一緒に食されます。キネマの特徴は、その独特の風味と粘り気にあります。最も一般的な伝統的キネマカレーの材料を図2に、食材と出来上がりを写真6に示してあります。
調理方法は、まずフライパンを熱くして植物油を熱します。玉葱のミジン切りを入れて、柔らかくなるまでよく炒めます。スライスしたトマトとターメリックを加えて2分ほど炒め、次に新鮮なキネマを加えて炒めてから塩、スライスしたグリーン・チリを加えて、3〜5分間炒めます。水を少量加えて、5〜7分ほど煮詰めていきます。出来上がったら、ご飯と一緒に供します。
天日干しのキネマは葉野菜と混ぜ合わせておかずのミックスカレーを作ることもあります。

| キネマカレー (6人分) |
キネマ | 250g |
| タマネギ | みじん切り1個分 | |
| トマト | スライスしたもの1個分 | |
| グリーン・チリ | 3個 | |
| ターメリック | 大さじ4分の1 | |
| 塩 | 小さじ1杯 |
商品としてのキネマ
家庭によっては、キネマ作りが生計手段です。キネマは、ハアツ(haats)と呼ばれる、地元の女性たちによる定期市で販売されています。通例、小さな銀色のマグカップに150〜200グラムほどのキネマを入れたものと、フィカス・ホーケリアナ(Ficus hookeriana)の葉でパックし、藁でゆるく結んだかたちで売られています。ポリエチレン袋は使用しません。キネマ1キログラムの値段は30インド・ルピーほど(日本円にすると72円前後)です。売り手一人当たりの売上げは平均にして5キログラム程度で、その粗利は40パーセント程度になります。このわずかな売上げで、家庭での子どもの教育費や生活費が賄われます。この販売権もまた家督の権利として保護されていて、母から娘へと受け継がれていきます。
キネマには需要があり、なにより、その地域の婦人にとっては収入源でもあるのですが、未だにキネマの製造そのものは家内製造に限定されていて、製造施設や工場といったものが組織されることはありません。キネマの製造用として、安価ですぐ使える細菌のバチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)がすでに開発されていて、これを地域の諸条件に合わせて採り入れ、製造の効率化と収入拡大につなげることも可能です。
キネマの微生物学および栄養学上の価値
キネマからは、耐熱性芽胞を形成するバクテリアのバチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)をはじめ、エンテロコッカス・ファシウム(Enterococcus faecium)などの乳酸菌、および、キャンディダ・パラプシロシス(Candida parapsilosis)やジオトリシウム・キャンディダム(Geotrichum candidum)など、いく種類かの酵母も発見されています。しかし、バチルス・ズブチリスが主な微生物で、次に多いのはエンテロコッカス・ファエシウムです。様々な微生物の付着しているものの中でもとりわけ、大豆、製造用の道具、および包むために使う植物の葉などに多数の微生物がいることで、もともと存在している微生物群の力をうまく利用した自然発酵が進むのが観察できます。臼と杵を洗わない、包む材料に採ったばかりの植物の葉を利用する、といった地元の人々の習慣は、昔から伝わる微生物学的知識と、スターターを使用しないキネマの自然発酵のための微生物の保存と補充とを強く関連づけるものです。
重量当たりのたんぱく質の点で見ると、キネマほど植物性たんぱく質が安価に摂取できる食材はありません。動物性食材や乳製品に比べても安いです。キネマの製造工程で調理され変性した大豆たんぱく質は、バチルス・ズブチリスによって生成されるたんぱく質加水分解酵素により、ペプチドとアミノ酸に分解されます。発酵中には、水溶性と非水溶性窒素成分、多数のアミノ酸成分およびミネラル成分含有量の大幅な増量が観察され、その結果、この食品の栄養価が豊かになります。ちなみに、乾燥したキネマ100グラムには、たんぱく質48グラム、脂肪分17グラム、炭水化物28グラムが含まれています。
食文化の伝播
東ヒマラヤ地方の食文化には、東南および東アジアの食文化の特徴である”米ーー大豆ーーアルコール飲料の食性“と、中央および西アジアの特徴、つまり”小麦ーーミルクーーノン・アルコール飲料の食性“との両方が混在する食文化の移り変わりが見られます。東ネパールやダージリン丘陵地帯、シッキムおよびブータンにおけるキネマ、ナガランドのアアクフニ(aakhuni)、マニプルのハワイジャール(hawaijar)およびメガラヤのツラングバイ(turangbai)、ミゾラムのベカンスー(bekanthu)などのようなヒマラヤ山脈東部の地域で作られ、食される大豆発酵食品がその例です。大豆発酵食品は、中央および西アジア、さらに大方のインド亜大陸では一般には食べられません。キネマをはじめとするこの地域の大豆発酵食品は、日本の納豆、韓国のチャンコック・ジャン、タイ北部のツア・ナオ、ミャンマーのペ・ポケによく似ています。
古代のアジア食文化やその類似性をたどるには、バチルスが作りだすアジア地域の多用な大豆発酵食品を、もっと研究しなくてはならないのです。

- 1Hesseltine, C.W., Sarkar, P.K. and Tamang, J.P., “Traditional Fermented Foods and Beverages of Darjeeling Hills and Sikkim—A Review.” J Science of Food and Agriculture 44 (1988): 375-385.
- 2Nikkuni, S. “Natto, Kinema and Thua-nao: Traditional Non-Salted Fermented Soybean Foods in Asia.” Farming Japan 31(4) (1997): 27-36.
- 3Nikkuni, S. and Tamang, J.P. “Effect of Temperatures During Pure Culture Fermentation of Kinema.” World J Microbiology and Biotechnology 14 (1998): 847-850.
- 4Tamang, J.P. “Fermented Soybean Products in India.” The Proceedings of the Second InternationalSoybean Processing and Utilization Conference, Kesetsart University, Bangkok, Thailand,1996. (Ed. A. Buchanan)189-193.
- 5Tamang, J.P. “Development of Pulverized Starter for Kinema Production.” J Food Science and Technology 36 (5) (1999): 475-478.
- 6Tamang, J.P. “Case Study on Socio-economical Prospective of Kinema, a Traditional Fermented Soybean Food.” The proceedings of the 1997 International Conference on TraditionalFoods, CFTRI, Mysore, India March 6-8, 1997. Ed. Director, CFTRI (2000): 180-185.
- 7Tamang, J.P. “Microbial Diversity Associated with Natural Fermentation of Kinema.” Proceedings of the Third International Soybean Processing and Utilization Conference,Tsukuba, Japan, October 15-20, 2000, Ed: K. Saio 713-717.
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ジョティ・プラカッシュ・タマン(Jyoti Prakash Tamang)
1961年、インドのダージリン地方に生まれる。微生物学の博士号をインドの北ベンガル大学で取得。 1994-1995年、国連大学のキリン・フェローシップの下で、茨城県つくば市の食品総合研究所においてキネマおよび納豆に関する研究を行う。ヒマラヤ地方の伝統的な発酵食品および飲料研究の分野で将来を嘱望される権威の一人に数えられており、特に「キネマ」に関する研究の第一人者として、主に微生物の多様さに関する研究を続けている。国内外の雑誌に40編以上の研究論文を発表。現在、インドのシッキム国立大学教授、ダージリン伝統食物研究センター所長。 |







