自然がささえる草原の食卓

モンゴルの大草原
展示期間
(2003年3月~2003年8月展示)

今日における私たちの「食」はますます多様化し、豊かとなりました。
しかしその一方で、日本をはじめとする先進各国は飽食の時代を迎え、自然や食物本来のありがたみを忘れつつあるように思われます。
キッコーマン国際食文化研究センターでは、韓国に続き、モンゴルの食に焦点をあててみました。モンゴルの食生活は、自然の恵みを無駄にしない、自然との共存を基本とした生活様式によって成り立っています。こうしたモンゴルの伝統的な生活や食文化を知ることは、人間本来の大切な食の基本を思い起こさせてくれます。“私たちが自然とともに生活する”とはどんなことなのか、モンゴルの生活と食文化を通して考えてみましょう。

モンゴル.../遊牧民の生活

豊かな草原と少ない雨

モンゴルの首都はウランバートルです。人口は、約240万人と日本の約1/50ですが、遊牧民の数は約40万人と、世界一の遊牧国です。面積は日本の4倍もあり、そのうち80%が遊牧に適した草地です。平均標高は1580mで、気候は内陸性気候で大変厳しく、夏の最高気温は40℃にもなる一方、冬の最低気温は-40℃にも達します。さらに夏季は1日の気温差が30℃近くになることもあります。また、降水量も年間平均218.5mmと大変少なく、1年の約7割は晴天です。

モンゴル国とその周辺地図

遊牧民の生活

大草原が家畜を育み、家畜が人を養う

遊牧の起源は、人が野生の動物と生活を共にし、狼などの外敵から守りながら、乳や肉を貰うようになったものであると考えられています。現在、ヒツジ・ヤギ・ウシ・ウマ・ラクダの五畜が草原の植生に合わせて飼われ、世界の遊牧で飼われている家畜のすべてが揃っています。遊牧生活は1年に数回、家畜とともに草原を移動し、ゲルと呼ばれる移動式天幕住居に住んでいます。料理、乳加工の燃料はウシの糞を乾燥させた「アルガリ」です。家畜からは乳、肉のほか、毛皮から衣服、毛からフエルト、皮からは馬乳を発酵させる発酵容器フフルなどの様々な保存容器をつくっています。

最も代表的な家畜のヒツジ
国内で飼育されているヒツジは約1400万頭で、モンゴルの人口の約5.8倍にもなる

一方、家畜の恵みに依存する食生活の中で、都心部に住む一部のモンゴル人を除いて魚はどのような調理方法でも遊牧民は食べません。その理由として、本能的に湿った土地は健康に良くないとして嫌い、水のあるところから意図的に離れて暮してきた習慣が反映し、水に住む魚を食べないことに繋がったようです。しかし中国内蒙古自治区に住むモンゴル族の一部は、淡水魚を発酵させた独特な発酵食品をつくっています。

ゲルの組立
木の骨組みの上に白いフエルトをかけてつくりあげていく。扉から入らない家財道具はあらかじめ入れておく
ゲル
中は12畳~16畳くらいで天井は高く、そこからストーブの煙突が出される
ゲル内の様子
構造上窓はないが、煙出しを兼ねた天窓があり、日中ゲルの中はかなり明るくなる。部屋の中央にあるのはストーブ

モンゴルの食卓

草原がもたらす手づくりの味

遊牧民の食卓は、家畜の恵みに依存する割合がとても高い特異な食です。長い間モンゴルでは「白い食べ物」と呼ばれる乳製品と、「赤い食べ物」と呼ばれる肉類の2つを食の基本としてきました。そこに現在は小麦粉を使った料理が食されるようになっています。お茶は「スーティツァイ」という乳茶です。食事の回数は1日2回です。そして野菜、果物の摂取は遊牧という生活形態のため、ほとんどありません。

一般的な遊牧民の台所
一般的な遊牧民の台所
食器棚には伝統的なモンゴルの模様が描かれている。右手の鍋には静置中のウルムがある
食卓風景(1)
食卓風景(1)
一般的な食卓風景。左の皿にあるのは自家製乳製品と自家製パン。右上は白いエーズギー、右下にはハイルマックがある
食卓風景(2)
食卓風景(2)
タラグ(ヨーグルト)・アイラグ(馬乳酒)など、草原でのもてなしの料理

朝は塩の入った「スーティツァイ」を飲むことから始まります。朝の献立はこの「スーティツァイ」と自家製乳製品のチーズが中心です。そして朝食後から夕食までの13時間近くは、食卓に置いたままの「スーティツァイ」と乳製品を取って過ごします。すべての仕事が終わった日没近くに夕食を取ります。献立は「ゴリルティショル」(肉うどん)や「ボーズ」(モンゴル風餃子)など、小麦粉を使った温かい食事です。

遊牧民の食卓
遊牧民の食卓
通常モンゴルでは各人が適宜に食事を取るため、家族そろって食卓を囲むことは稀である
朝食 間食 夕食
7月3日 スーティツァイ(乳茶)
アイラグ(馬乳酒)
ウルム
(乳脂肪を集めた乳製品)
エーズギー
(キャラメル状のチーズ)
スーティツァイ
アイラグ
ウルム
ビャスラク
(カッテイジチーズを固めたようなチーズ)
ヒツジの内臓
ボールツオグ(揚げドーナツ)
スーティツァイ
ボーズ(モンゴル風餃子)
ヒツジの内臓
タルバガン
(リス科の野生動物)
7月4日 スーティツァイ
ウルム
ビャスラク
ハイルマック
(ウルムと小麦粉をルー状にしたもの)
スーティツァイ
アイラグ
ウルム
ビャスラク
アロール(酸っぱいチーズ)
ボールツオグ
スーティツァイ
ボーズ
7月5日 スーティツァイ
アイラグ
ウルム
ハイルマック
ボーズ
ボールツオグ
スーティツァイ
アイラグ
アロール
ボールツオグ
スーティツァイ
ゴリルティショル
(肉うどん)
【バスバタール家[夫・妻・次男・三女の4人家族]の食事(11日間の一部)】(1997年 調査資料より)

白い食べもの

夏は乳製品の季節

乳製品は「白い食べ物」と呼ばれ、その白い色は清純な心を表す印として愛され、大切にされてきました。またその種類も豊富で、様々な形となって毎日の食卓に出されます。
乳製品のつくり方は、搾乳した乳を夕方にまとめて鍋の中で静かに加熱しながら攪拌し、乳脂肪を上に集めます。そこに小麦粉を少々加えて翌朝まで置くことで乳脂肪が集まって膜を形成し、甘く上等なクリームの味がする「ウルム」という乳製品が出来上がります。翌朝すぐにこの「ウルム」を食べるほか、バターをつくる原料として保存したりします。

ラクダの搾乳
ラクダの搾乳
ラクダは人に慣れにくく、五畜の中で最も扱いにくいが、乳は蛋白質、脂肪が高く、ラクダ乳酒を含め様々な乳製品に加工される
乳の加熱
乳の加熱
指で温度を測る。高温殺菌しても乳をそのまま飲むということはせず、発酵、分離、撹拌、こすなどしてその日のうちに種々の乳製品に加工する
ウルム(乳脂肪を集めた乳製品)
ウルム(乳脂肪を集めた乳製品)
乳脂肪の比重が軽いため、翌朝まで静置すると、上層のウルムと下層の脱脂乳に分離する。ウルムはその日のうちに食べるか、保存してバターをつくる
ウマの搾乳
ウマの搾乳
搾乳時間は2~3分で、1日に数回行う。1回で150~200cc程度とれる

「ウルム」製造後、脱脂された乳はそのまま加熱し、途中少量の発酵乳を加えてpHを下げます。その後、乳中に含まれるカゼイン(乳蛋白)を集めて「ビャスラク」という、カッテイジチーズを固めたような真っ白で淡白な味のチーズをつくります。
また、さらにじっくりと弱火で煮詰めて、褐色のミルクキャラメル状のチーズ「エーズギー」をつくります。
すぐにこのようなチーズへ加工しない場合は、脱脂乳を、家庭に常備されている乳の保存用の大きな発酵容器に加えます。容器の中には常に一定量の発酵乳が残されています。ここに脱脂乳を加え、微生物の働きを利用して発酵乳を増やします。発酵乳を加熱すると、乳に含まれる酸と熱によって、酸っぱい「アロール」という真っ白なチーズが出来ます。これらのチーズはいずれも戸外で乾燥させます。チーズの中でも「アロール」が、モンゴルの母の味として最も好まれています。
「ウルム」、「ビャスラク」、「エーズギー」、「アロール」の4つがスタンダードな乳製品です。
最初に貴重なエネルギー源である乳脂肪を取り、脱脂された乳を発酵させ、そこに熱を加えることで、連続的に乳中の成分を抽出しています。西洋式の乳加工では廃棄されている乳糖を多く含んだ乳清(ホエー)も、蒸留酒の原料、皮のなめしに利用され、成分を無駄にしないことが大きな特色です。モンゴルの乳加工は、乳の科学的な性質を経験的に理解し尽くした上で行われているのです。

自家製乳製品の天日干し
自家製乳製品の天日干し
出来た自家製乳製品は戸外で乾燥させる。写真はゲルの上で干しているアロール
アロール(酸っぱいチーズ)
アロール(酸っぱいチーズ)
高発酵した脱脂乳を加熱すると、液体だった乳からにわかにカゼイン(乳蛋白)が凝集してくる
エーズギー(キャラメル状のチーズ)
エーズギー(キャラメル状のチーズ)
脱脂され、弱火でじっくりと煮詰めた後、天日干しされた小さくて堅い褐色のチーズ。冬季の保存食として大量につくられる
ビャスラク(カッテイジチーズを固めたようなチーズ)
ビャスラク(カッテイジチーズを固めたようなチーズ)
ウルムをとった後の脱脂乳を加熱し、そこに発酵乳を加えるとカゼインが固まってくる。それらを集めて、乳清(ホエー)を袋で除いているところ

夏季、これらの乳製品のつくりたてを食べることは「冬の肉食で疲れたお腹を白くする」として健康に良いといわれています。そして涼しい秋になると、「ウルム」をつくった後の脱脂乳に発酵乳を加えて静置し、「タラグ」(ヨーグルト)をつくります。「タラグ」は「下痢に効く」といわれているほか、離乳食としても利用されています。白く硬い乳製品は、子どもにとって食事であり、おしゃぶりの役割も果たしています。そして、乾燥して硬くなった「エーズギー」、「アロール」を冬の保存食として夏季の間に200kg前後貯えるのも、女性の大切な仕事です。長い間、草原ではヤギ、ヒツジの乳が乳加工の中心でしたが、20世紀に入ってからは泌乳量の多い牛乳がその中心となりました。

このようにモンゴルの乳加工は、西洋の乳加工におけるカビ利用、熟成とは異なっています。乾燥した気候は微生物の増殖を抑え、移動時にもコンパクトで遊牧生活に適した、栄養の詰まった各種乳製品をつくってきたのです。

モンゴル乳製品の乳加工体系
(アルヒについては「伝統的な飲みもの」を参照)
発酵乳容器
発酵乳容器
ウマ以外の乳を発酵させる専用の発酵容器で、棒は乳を発酵させるときに使う攪拌棒

赤い食べもの

冬は肉が食の中心

モンゴルの人々が「赤い食べもの」という肉類には、家畜として飼っているヒツジ、ウシ、ヤギ、ウマ、ラクダの五畜が全て含まれます。そのほか夏には“草原のリス”と呼ばれる野生動物タルバガンも食べます。なかでも肉といえばヒツジで、最もおいしく、多量に食べられています。夏季は紐状に切って屋内で干し肉にしたり、料理のダシとして使う程度ですが、冬は食の中心食材として多量に消費されます。
ヒツジの解体は「オルルフ」と呼ばれる伝統的な方法で、心臓の血管を指でひきちぎります。そして一滴の血も外へこぼさずに、胸腔に溜めます。解体した肉、内臓のほか、骨の髄、筋、膜のすべてを食糧として消費します。内臓は保存がきかないため、少量の塩で味付けをして茹で、その日のうちに食べます。血液は胸腔から汲み出して腸に詰め、茹でてブラッドソーセージとして食べます。このように血液、内臓を丸ごと食べることで、各種ビタミンや、ミネラルを摂っています。家畜の恵みを完全利用しているのです。
冬用の肉を得るため、秋の終りに家畜を屠殺します。4人家族で、ヒツジ2頭、ヤギ1頭、ウシ、ウマ各1頭前後です。それらの肉はブロック状に切り分け、戸外で保存します。茹でて食べるのが一般的な食べ方で、茹で汁もスープとして飲みます。そのほか、アルミ缶に少量の水を入れてから肉と焼いた石を加え、パッキンをして蓋をし、簡易圧力鍋スタイルで、直火にかけてつくる「ホルホック」があります。爆発させない程度に蒸気を抜くタイミングが重要で、男性が戸外でつくります。

ヒツジの内臓を茹でる
ヒツジの内臓を茹でる
内蔵は茹でられた後、近所にお裾分けされる。これによってビタミン、ミネラルなどの微量栄養素を摂る機会が互いに多くなる
内臓の膜
内臓の膜
レース模様に見えるのはヒツジの内臓の膜。乾燥させて、肉を包んで食べる
ホルホック
ホルホック
ヒツジの肉をアルミ缶の中で蒸し焼きの状態にしてつくられる料理。モンゴルではごちそうのひとつ

タルバガンは首から内臓を引き抜き袋状にし、その中に野生のネギ、焼いた石、内臓、肉を詰め、首と尻を塞いで焼きます。この料理を「ボードク」といいます。このように動物の身体を調理器具にするのは、鍋の無かった時代の古い料理方法を伝えているといわれています。正式にはヤギを使うもので、最もモンゴルで野趣に富んだ豪華な料理といわれています。ヤギを料理するには皮を破らないで内臓や骨を抜き出す技術が必要で、名人がいます。
このようにモンゴルでは冬季の肉、夏季の乳製品と、その食には明確な季節性があるといえます。

タルバガン
タルバガン
体長60cmほどのリス科の野生動物。警戒心と好奇心が強く、危険が迫るとイラストのように立ち上がる
ブラッドソーセージ
ブラッドソーセージ
血液を腸に詰め、煮込んで出来上がる。ヒツジ1頭からつくられるブラッドソーセージだけで、6~7人家族の2日分の食料になる
ヒツジの発酵干し肉
ヒツジの発酵干し肉
生肉は屋内に吊るすことで、空気中にある乳酸菌によって自然に発酵し、発酵肉となる。肉の中は鮮紅色で風味もよく、常温でも腐敗しない
ボードクをつくったときにできた汁を注ぐ
ボードクをつくったときにできた汁を注ぐ
夏には野生のタルバガン猟も解禁となる。タルバガンのボードクをつくると中に黒い汁がでてくる。旨みのつまったこの汁は大変おいしく、すべて残さずに飲む

新しい食べもの

小麦粉の利用

小麦粉がいつごろから遊牧民の料理に使用され始めたのかは、まだよく分かっていませんが、今日、肉、乳製品とともに日常の食卓には欠かせない食材となっています。保存性が高く加工が簡単な小麦粉は、ヒツジ肉との相性もよく「ゴリルティショル」(肉うどん)、「ボーズ」(モンゴル風餃子)、「ボールツオグ」(揚げドーナツ)などがつくられています。
小麦粉の平均消費量は1日1人当り約100gで、年々増加傾向にあります。ヒツジやヤギの売買による現金収入で小麦粉を購入しています。
「ゴリルティショル」は小麦粉を練って短冊状に切り、沸騰した湯に入れて、ヒツジの肉と塩で味付けした料理です。肉の脂が適度に溶けだした温かい「ゴリルティショル」を食べると身体が温まり、夏でも冷えるモンゴルの夜には最適です。
「ボーズ」は中国語の「包子(パオズ)」がモンゴル風に発音されたもので、小麦粉を練り、1枚ずつ皮をのばし、そこに肉、内臓を入れて包んで蒸します。同じ材料で薄く延ばして油で揚げたものが「ホーショル」です。好みでチーズを入れることもあります。
小麦粉でつくるお菓子で、朝食としても食べるのが「ボールツオグ」です。小麦粉と水と少量の砂糖を混ぜ合わせてよく練って生地をつくります。この時よく膨らませるために「タラグ」(ヨーグルト)を加えることもあります。ヒツジの脂で揚げます。来客をもてなす時に「スーティツァイ」(乳茶)と一緒に、自家製乳製品と盛り合わせて出されます。

ボーズ(モンゴル風餃子)
ボーズ(モンゴル風餃子)
皮から全て手づくりで、内にヒツジの肉を細かく切ったものを入れ、蒸して食べる
ボールツオグ(揚げドーナツ)
ボールツオグ(揚げドーナツ)
自家製のドーナツをつくっているところ。油は保存しておいたヒツジの脂を使う
市場(ウランバートル市内)の小麦粉
市場(ウランバートル市内)の小麦粉
いまでは少なくとも1日1回は小麦粉を使った料理が食べられている
ゴリルティショル(肉うどん)
ゴリルティショル(肉うどん)
肉うどんで使う麺を準備しているところ。このあとヒツジ肉と一緒に茹でる

伝統的な飲みもの

草原の嗜好品

酒は、夏季につくられる馬乳酒の「アイラグ」と、ウマ以外の家畜乳を単独、または混合して発酵した蒸留酒「アルヒ」の2つがあります。
「アイラグ」は冷却した馬乳を乳酸菌と酵母で発酵させたアルコール濃度1.5~2.5%の酒で、専用の発酵容器に入れて1日に1万回程も攪拌してつくります。成人男子では1日に5~10L程飲まれています。発酵の過程で乳酸菌からビタミンCが生成され、野菜を摂らない遊牧民のビタミンC補給源として、健康維持に重要な役割を果たしてきました。その飲用には「結核に罹(かか)らない」、「血圧を上げない働きがある」などの医療効果も伝承され、子どもにも積極的に飲ませています。
「アルヒ」は自家製蒸留器を用いてつくられます。1回の蒸留によってアルコール濃度は4%前後となります。遊牧民には独酌の習慣がなく、来客があった時に飲まれます。このように、1人では飲まずに必ず大勢で酒を飲むという習慣は、人類の古い飲酒形態を伝えているといえましょう。
また、乾燥の激しい草原では、1日平均で1人あたり、2L前後の「スーティツァイ」(乳茶)を飲んでいます。つくり方は外国製の茶を削って煮出した後、乳と少量の塩を加えます。

ゲルを訪れる人は、初対面であろうと外国人であろうと、いつでも歓待されます。もてなしはこの「スーティツァイ」と自家製乳製品です。ゲルを留守にする時も、来客用として卓上に「スーティツァイ」を入れたポットと乳製品を用意しておきます。無人のゲルでも客は自由に入って飲食し、去ってかまわないのです。

トゴーブリヘル(蒸留器)
トゴーブリヘル(蒸留器)
自家製の蒸留装置で、蒸留されたアルヒは樽の外に出てくるようになっている
アイラグ(馬乳酒)
アイラグ(馬乳酒)
ゲルの男性スペース(左側)に座って飲んでいる。左手にもっているのは、モンゴルの男性が大事にしているカギタバコで、初対面の人や知り合いと逢った時に交換する
フフル
フフル
ウシの一枚皮でつくった馬乳酒専用の発酵容器。搾り取った乳をここに入れて発酵させる

食べものの調味

シンプルな味付けと確かな味覚

[塩味]
料理の味つけの中心は塩で、日本のものよりマイルドです。岩塩を砕いて使うほか、精製され、ヨードを添加した食塩を購入する機会も増えてきました。食品添加物等を使う機会の少ない遊牧民は味覚が鋭敏で、茹でたヒツジ肉を食べて、その性別・年齢を当ててしまうほどです。
[酸味]
うどんの汁や「ショル」とよばれるスープに酸味を出す時は、「アロール」(酸っぱいチーズ)を細かく砕いて加えます。
[甘味]
遊牧生活では甘い物の入手が難しく、以前から子どもへの新年を祝う贈り物として飴が喜ばれてきました。現在ではロシア製の砂糖の入手が、より容易になりました。「ボールツオグ」(揚げドーナツ)をつくる時も、使われるようになりました。「ウルム」(乳脂肪を集めた乳製品)、「タラグ」(ヨーグルト)などで来客をもてなす時には砂糖を入れてすすめます。

また、家庭によっては、野生のネギが生える夏季に、このネギを「ゴリルティショル」(肉うどん)の薬味に利用するほか、野生のネギの一種「マンギル」を細かく刻み、塩を加えて保存し「ゴリルティショル」や、茹でたヒツジ肉を食べる時の薬味としている家庭もあります。

まとめ

遊牧民から自然と共存する大切さを学ぶ

モンゴル風景

モンゴルの伝統的な食文化は、草原が家畜を育み、家畜が人を養うといった、自然との共存によって成り立ってきました。そのような遊牧生活も、近年変化をみせはじめています。1992年、モンゴルは社会主義国から民主主義国へと変わり、その後遊牧民の数は年々増加しました。そして生産した乳製品を販売する目的で都市郊外などに遊牧民が集中し、その付近の草原は家畜で過密状態となりました。このため草原は自然の回復力が追いつかずに荒れて、社会問題となっています。また夏は遊牧を行い、冬は集落に住む生活形態をとる遊牧民も増えてきました。
このように、モンゴルでは遊牧民の伝統的な生活を継続していくことが難しくなってきているのが現状です。しかし私たちが、人間本来の「豊かさ」や「尊さ」とは何か、ということを問いかけたとき、自然と共存しているモンゴルの伝統的な遊牧生活の中から、その答えを見つけ出すヒントが数多くあるように思えるのです。


石井智美
監修

石井智美(いしいさとみ)

光塩学園女子短期大学
食物栄養学科

助教授

※肩書きは当時のものです。

参考文献

『内陸アジアの遊牧民の食生活―モンゴル遊牧民の食の現在について―』
石井智美、光塩学園女子短期大学紀要
『モンゴルを知るための60章』(明石書店) 金岡秀郎
『乳酒の研究』(八坂書房) 越智猛夫
『モンゴル人』(モンソダル出版) バーバル、ローゾン・エンフバト共著
『獣医さんのモンゴル騎行』(山と渓谷社) 野沢延行
『モンゴルの馬と遊牧民』(原書房) 野沢延行
『モンゴル草原の生活文化』(朝日選書朝日新聞社) 小長谷有紀
『モンゴル万華鏡』(角川選書角川書店) 小長谷有紀
『発酵食品礼賛』(文春新書) 小泉武夫
『モンゴルの白いご馳走』(チクマ秀版社) 石毛直道他

写真提供

大東正巳(写真家)
(株)モンゴルジュルチンツアーズ
石井智美