キッコーマン食文化講座

レシピ集に見る日系人と食 ~食の変遷と日系文化の伝承~

日程 2022年4月24日
場所 東京本社
講師 小嶋茂先生
主催 キッコーマン国際食文化研究センター

海外の日系コミュニティでは、いわゆる「婦人会」を中心として戦前から様々なレシピ集が発行されている。婦人会は、日系団体の様々な組織に存在するが、北米では仏教会を始めとした宗教団体に多く、南米では農業協同組合を基盤とした団体が多い。これはそれぞれの国における日系コミュニティの成り立ちと関係している。このほか、日系コミュニティを統括する団体などもレシピ集を発行している。

食に関して何が日系人の間で受け継がれているかを考えると、日系人が普段の会話の中で使っている語彙が参考になる。具体的には、「Gohan」(ゴハン)」「Misoshiru(ミソシル)」「Tsukemono(ツケモノ)」という三つの日本語語彙である。これらの言葉は、日系二世や三世の間でも非常によく使われている。よく食べているか、食べたことがあり、それが何かをよく知っている。これは日本語の能力とは関係がなく、日系人の間で受け継がれている食といえる。

海外へ渡る前、日本で何を食べていたか。日本における典型的な食事は何か。それを考える上で参考となる資料、高知県立歴史民俗資料館所蔵「移民賄献立表」がある。これは移民船での食事、献立の記録である。厳密には、渡航前ではなく渡航中ということになるが、典型的な食事に近いものとして捉えられよう。そこには、50日間の一日三食、つまり150回分の食事メニューが記録されている。そして、一食3品が基本となっており、総数で446品の献立記載がある。

この「移民賄献立表」から見い出せる特徴は、第一に漬物を毎食食べていること。その中でも、大根漬をほぼ毎日朝昼晩と食べていることが分かる。第二に朝食には必ず味噌汁が出ていること。また品目の36.5%は大根であることや、全食事の93%にわたり大根が使われていることが分かる。品目の約半分48.8%は漬物である。タンパク源は3食に1回、つまり一日1回の割合で出されており、魚類・豆類・肉類の順番である。肉類の中では、鯨料理そして牛肉料理の順に多く、豚や鶏の料理はない。

最初に紹介するレシピ集は、ブラジルで発行された『実用的なブラジル式日伯料理と製菓の友』である。この本は、1924年にブラジルに渡った著者、佐藤初江が10年後の1934年に出版している。初版のあと、版を重ねて1997年の14版まで半世紀以上に渡って発行されており、ロングセラーがその特徴である。現在でも多くの人が使っており、そのレシピを参考にした料理が作られている。第二の特徴は、扱っている内容が広範囲で、食事の際の心得やマナー、ブラジル料理編までもあり、800を超えるメニューが掲載されていることだ。そのほか、コロニア語(日伯混合語)で表記されていることや、食材・調味料についての情報も記載されていること、時代による変化(漬物類のレシピの種類など)が読み取れることが挙げられる。

このほかにも、一世と二世ではスキヤキレシピに違いがあることが分かる『Oriental Recipes 東洋料理』(オレゴン州ポートランド、1969年発行)や、数年おきに版を重ねている『Favorite Island Cookery(お気に入り料理法)』(本派本願寺ハワイ別院、1973年-1995年発行)や『Delícias da Mamãe(おふくろの味)』(ブラジル農協婦人部連合会、1994年-2010年発行)がある。これらのレシピ集には、レシピの起源についての記載があり、各地の移民が残した家庭の食文化が記録されている。またレシピの提供者が日系人以外の非日系人へと広がっている様子も伺える。

先進的な取り組みとして関心をひくのは『Nikkei potluck(日系持ち寄り料理)』(北カリフォルニア日本文化コミュニティセンター、2009年発行)で、副題にあるように、「日系アメリカ文化のレシピとストーリーのコレクション」となっていることだ。そのコンセプトは「食事の思い出は、家族の集いとかけがえのない懐かしさ」であり、レシピとともに食にまつわる体験談を寄せて、より広い意味での文化遺産を記録する取り組みとなっている。食べるという行為は、その食材の確保や準備から、食卓を共にする家族や友人との関係性をも含んだ、コミュニティの伝統や歴史を刻む行為で、レシピを残すことは家族やコミュニティの歴史保存の行為と重なるのである。