ユネスコ無形文化遺産に登録された 日本の“伝統的酒造り”~麹菌の働きとその重要性~
| 日程 | 2025年10月25日 |
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| 場所 | キッコーマン株式会社東京本社 KCCホール |
| 講師 | 日本醸造学会会長・東京大学 名誉教授・日本薬科大学 特任教授 北本勝ひこ先生 |
| 主催 | キッコーマン国際食文化研究センター |

■ユネスコ無形文化遺産に「伝統的酒造り 日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術」が登録された(2024年12月)
英語の登録名では、麹菌を使うことが明記されている
Traditional knowledge and skills of sake-making with koji mold in Japan
・酒類関係で登録されているユネスコ無形文化遺産
ジョージアのワイン(2013)
ベルギーのビール文化(2016)
モンゴルの馬乳酒(2019)
キューバのライト・ラム(2022)
セルビアの伝統的なプラム蒸留酒の製造と使用をめぐる社会的慣行と知識(2022)
スペイン(アウトゥリアス州)のシードル製造プロセスおよび消費を軸とする「シードル文化」(2024)
■麹と糀と、こうじ / 散麹(ばらこうじ)と餅麹
麹:中国から伝わった漢字。訓読み「こうじ」、音読み「きく」
糀:江戸時代に日本でつくられた国字
散麹:蒸した米などの穀物に麹菌が繁殖した粒状のもの
餅麹:麦類や高粱などの穀物に、クモノスカビやケカビというカビが繁殖したお餅のような塊状のもの
■麹の役割 / 我々の生活における麹菌の貢献
麹の役割:米に含まれるでんぷんを分解してグルコースにする(糖化)
和食のうま味はすべて麹を用いて作られる(しょうゆ、みそ、みりん、日本酒など)
和食のうま味、健康性などは麹菌がもたらしている!食品以外でも、さまざまな酵素剤の生産や有用たんぱく質の生産に活用されている
■甘酒
麹甘酒:アルコールを含まない
酒粕甘酒:微量のアルコールを含む(1%未満)
麹甘酒は江戸時代に飲まれていた。酒粕甘酒は比較的最近。10年ほど前、甘酒がブームになった。当時の市場規模は200億円ほど。酒粕や米麹には、健康や美容によい成分がたくさん含まれていることが、最近の研究でわかってきている。
塩麹の作り方
麹 300g(乾燥麹の場合 250g)
塩 100g(乾燥麹の場合 100g)
水 400ml(乾燥麹の場合 450ml) (手づくり塩糀の黄金比は3:1:4 by 麹屋本店)
保存容器に材料を入れて混ぜ、常温で2~3週間おいて置く。
麹甘酒の作り方
米麹 300 g
お湯(60度) 300 ml
米麹に55~60度のお湯を入れて混ぜ、5~10時間保温する。出来上がった甘酒は一度加熱して保存すると冷蔵庫で1週間程度の保存が可能。ただし、酵素が失活する。市販甘酒のほとんどは加熱殺菌されている。手作りすると、酵素が生きているものを摂取できる。
試食した甘酒。2時間と4時間を比較。時間を経るほどに甘味が強くなる
■甘酒の健康機能性に関する研究
①抗酸化作用:アンチエイジング作用。抗酸化活性、抗酸化物質であるエルゴチオネインの発見
②整腸作用:腸内フローラの改善
ビフィズス菌増殖促進、米麹菌の酸性プロテアーゼによる腸内善玉菌の増加、麹菌に含まれるグリコシルセラミドの腸内細菌改善作用
③免疫力アップ:食生活やライフスタイルの変化により、日本人の腸内環境が悪化しているといわれている。アレルギー性疾患や自己免疫疾患が増えたのは、腸内環境の変化が原因のひとつという指摘もある(※腸管免疫、衛生仮説)
④保湿作用:グリコシルセラミド、α―エチルグルコシド
※腸管免疫:免疫系全体の70%を占める主要な系であり、病原細菌を識別し排除する。最近は過度に衛生状態がクリーンになり、時として免疫応答が過敏となり、アトピーや花粉症が問題となっている。
※衛生仮説:1989年にStrachanが英国人(17,414名)を対象とした23年間の追跡調査を実施。花粉症の割合が幼少時の成育環境における細菌やウイルス感染暴露が少ない、つまり衛生的であることがアレルギーの発症原因になるという衛生仮説を提唱。その後も同様の調査が多くされている。
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環境中には、見えないが多数の微生物が存在する。ヨーグルトなどにより乳酸菌を摂取するのは、疑似細菌感染という意味で効果的と考えられる。乳酸菌は細菌の仲間で安全な微生物。カビの仲間で安全な微生物は、麹菌である。甘酒は麹菌をそのまま摂取する食品なので、効果的と考える。
飲む点滴:甘酒は麹菌の酵素によりさまざまなものを分解する。ブドウ糖、必須アミノ酸、ビタミンB群などをつくりだし、疲労回復に役立つ。2024年には麹菌由来で初の機能性表示食品が発売された(八海山あまさけ)。

■甘酒プロジェクト 日本薬科大学・東京大学
麹菌の持つさまざまな機能(健康、美容など)を、広く国民に知ってもらうことを目的として活動した。
■甘酒の歴史
奈良時代に成立した「日本書紀(720年完成)」には、天甜酒(あまのたむさけ)が醸造されていたことが記されている。現在の甘酒に近いものと考えられる。奈良時代の「養老律令養老令」には、造酒司(みきのつかさ)が定められ、甘酒に近い造り方の醴(訓読み:こさけ あまざけ 音読み:レイ ライ)を醸造していたことが記されている。さらに、平安時代の「延喜式」には、6月から7月にかけて醴を作っていたと記録されている。中世になると酒屋が現れ、麹を専門に製造する業者もいた。イエズス会宣教師によって1603年に編さんされた「日葡辞書」には、「甘酒(amazaqe):まだ泡立っていて完全な酒になりきっていない発酵汁、あるいは甘い酒」の記述がある。読み方がローマ字で書かれ、この時代から「あまざけ」と呼ばれていたものがあることがわかる。
■和食のおいしさのキープレーヤー、麹菌(Aspergillus oryzae)
2005年に麹菌ゲノムの解析が完了した。ゲノムサイズが37メガベース(酵母の約3倍)、約12,000遺伝子(酵母の約2倍)を持つ麹菌は、酵母よりかなり複雑な構造を持つ高等な微生物であることが確認できた。2006年には日本醸造学会大会で、麹菌が日本を代表する菌である「国菌」に認定された。
■国菌、麹菌 Aspergillus oryzae のルーツは?
中国大陸のお酒に使用されている麹は、レンガ状の餅麹であり、形状とともに使用されるカビが異なる。麹菌のゲノム解析の結果、麹菌は日本で家畜化された微生物であることがわかった。家畜化された微生物の代表的なものとしてビール酵母がある。
■ユネスコ無形文化遺産登録の経済効果
①日本酒の輸出増加:2022年度の輸出総額は474億円に達し、13年連続で前年を上回っている。また、海外での清酒の生産も増えている。海外で酒コンテストが増えている。「日本酒」と呼べるのは日本の米を使って日本でつくるものだけ。海外で作ったものは「日本酒」とは呼べない。
②インバウンド効果、酒蔵ツーリズム
③麹菌のもつ可能性、マイコプロテイン(代替肉):麹菌の代替肉・代替たんぱく質開発が進んでいる。





