しょうゆの変遷~しょうゆ博士が見つめた50年~
| 日程 | 2025年12月20日 |
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| 場所 | キッコーマン株式会社東京本社 KCCホール |
| 講師 | 東京農業大学名誉教授 舘 博先生 |
| 主催 | キッコーマン国際食文化研究センター |

しょうゆには5種類(こいくちしょうゆ、うすくちしょうゆ、再仕込しょうゆ、たまりしょうゆ、白しょうゆ)あるが、一般的には生産量の約85%を占める“こいくちしょうゆ”を指すことが多い。
しょうゆのルーツは食物と食塩を混ぜた保存食の醤(ひしお)だといわれている。味噌の桶にたまった液体が“たまりしょうゆ”になったといわれており、5種類のなかで‟たまりしょうゆ”が一番古い。
愛知、岐阜、三重の東海3県で主に生産されている“たまりしょうゆ”は、かつては大豆だけでつくられていたが、現在は小麦も使用して良いことになっている。室町時代からの長い歴史を持つ“たまりしょうゆ”ではあるが、“こいくちしょうゆ”寄りのしょうゆも販売されている。大豆だけでつくられている“たまりしょうゆ”には小麦アレルゲンを含まないことから、ヨーロッパでは“たまりしょうゆ”ではなく、“たまり”として流通している。
しょうゆの出荷量は1973年の129万キロリットルをピークに減少し続け、2024年には68万キロリットルになっている。1955年に6,000あったしょうゆ工場は、2024年には1,000まで減ってしまった。1963年に制定された中小企業近代化促進法により、しょうゆ工場の協業化が図られた。その結果、国内のしょうゆ品質のレベルは格段に向上したが、しょうゆ工場数は減少した。

2024年における本醸造しょうゆの生産量はしょうゆ全体の約90%であるが、混合しょうゆも約10%を占めている。戦時中、しょうゆ原料がひっ迫する中で、副原料としてアミノ酸液を使用する混合しょうゆがつくられるようになる。混合しょうゆの製造は、本醸造しょうゆに比べて簡便であることから、全国で製造されるようになった。戦後、原料難が解消し、大手しょうゆメーカーは本醸造しょうゆの生産に戻したが、中小しょうゆメーカーでは混合しょうゆの生産が残った。
大友1)らの研究によると、日本各地で販売されているしょうゆは、官能的特徴により8グループに分類され、それらの使い方により日本の地域は3つに分けられることが明らかになった。九州のしょうゆが甘いのは、江戸時代に長崎から砂糖が輸入されたこと、サトウキビ栽培地域に近く砂糖が入手しやすかったこと、混合しょうゆの多い地域で混合しょうゆと砂糖の相性が良いことなどが原因と考えられた。漁師町のしょうゆが甘いことに関しては、戦後、生地(黒部市)で開発された甘いしょうゆが、北洋漁業の船に積込まれ、根室や岩手、宮城に運ばれたとの話がある。
品評会での利き味は、無言、無表情で行い、公正な判定を心がけるしょうゆは食塩を多く含むことから高血圧の原因物質とされ、これを受けてしょうゆ業界では、30年をかけ“こいくちしょうゆ”の塩分を約2%低減した。1965年から発売されている減塩しょうゆ(食塩9%)も年々出荷量が増加している。“うすくちしょうゆ”は、近年、淡い色が好まれ、色が淡くなっている。
近年、しょうゆの節塩効果が明らかになり、しょうゆを使う事により味強度、満足度を維持したまま摂取食塩を減らせることが明らかになった。しょうゆ業界では、これまでのマイナスイメージの“減塩”から、しょうゆを使った“適塩”(適した食塩量で味付けをして美味しく食事をする事)を広めて行くことになった。
近年、しょうゆにだしを加えた“しょうゆ加工品”をしょうゆ代わりに使う家庭が増えている。さらに“めんつゆ”や“たれ”などをしょうゆ代わりに使う家庭も多い。1990年に北海道で発売開始された昆布しょうゆは、今や全国で販売されるまでに定着している。
しょうゆの容器にプラスチックボトルが最初に導入されたのは、1965年にキッコーマンがマンパック(塩化ビニル製)を発売したのが最初であるが、その後、PETボトルに変わった。現在では、逆止弁付きのデラミ容器が広く使われている。
しょうゆには多くの機能性成分も含まれているが、しょうゆは調味料であるのでその美味しさを評価して欲しいと思う。このしょうゆの美味しさが、人の脳に対する刺激となり健康効果を生み出しているのではないかと考えている。
1) 大友裕絵、今村美穂、佐々木努、木津邦知:FOOD CULTURE、26、3-8(2016)
■当日の質疑応答
Q:しょうゆ醸造の要点は?
A:1.麹、2.櫂(かい)、3.火入れ。これらは並列ではなく、一番大切なのが麹。よい麹をつくらないと、よいしょうゆはできない。櫂はかき混ぜる棒のことで、撹拌のこと。発酵管理を指す。火入れは製品調整のこと。
Q:好きな調味料は?
A:キッコーマンのデルモンテトマトケチャップ。
Q:気候変動のしょうゆ醸造への影響はある?
A:ある。天然醸造の場合、気温が高すぎたりすると出来栄えが変わってくる。キッコーマンなどは人工的に温度管理しているので、そういう場合は影響はない。
Q:しょうゆの賞味期限は?
A:未開栓でペットボトルは1年半、ガラスびんは2年が一般的。ただし、開栓するとすぐに空気が入り、劣化する。現在は、空気が入らず鮮度を保つデラミボトルが便利。
Q:最近のしょうゆは雑味がなく、まろやかになったように感じます。
A:科学のメスが入り、理論的に正しいことを行うことできれいなすっきりしたしょうゆになっていると感じる。現在のしょうゆはきれいすぎる、昔の味に戻そうと木桶でしょうゆ醸造をしているメーカーもある。 キッコーマンの「御用蔵しょうゆ」は、木桶で自然の温度環境の中で1年かけてつくっている。それは力強い味わいに感じられる。
Q:木の樽だと力強い味になるというのは、木材の成分が影響しているのか。
A:木材の表面に住む微生物が活躍していると考える。また、空気中には乳酸菌酵母などが浮遊している。天然醸造では、そうした微生物も取り入れながら醸造することで、味の複雑さや力強さにつながっていると思われる。しょうゆは塩が入っているので、その中で生きることができる微生物のみでつくられる。雑菌はいない。しょうゆにとって塩は大切な要素あり、塩分12%以下ではしょうゆにならない。
Q:しょうゆにカビが浮くことがありますが、使えますか?
A:しょうゆに浮いてくるのはカビではなく産膜酵母。表面にあるとくさいが、もろみの中に入れると普通の酵母と同じ。そのためにしょうゆ醸造では、もろみをかき混ぜている。家庭でしょうゆの表面に産膜酵母がでたときは、それを取り除けば問題なく使える。
Q:「しょうゆ麹」の秘訣を教えてください。
A:塩麹ブーム以降、しょうゆと米麹を合わせたものを「しょうゆ麹」と呼ぶ場合があるが、しょうゆ麹とは本来、大豆と小麦を原料処理して混ぜ合わせ、麹菌を植菌して増やした状態のものをいう。それとは分けて考えてほしい。
Q:協業組合でしょうゆをつくり、各メーカーは火入れだけをすると話があったが、火入れで味が違ってくるのか?
A:火入れのやり方で味が変わる。協業組合から生しょうゆを購入するメーカーは、火入れで自分たちの味をつくりだしている。
Q:しょうゆ加工品が伸びているが、しょうゆがもっと伸びてほしいという話があった。便利だから加工品が使われている側面もあるが、そのなかでしょうゆの利点はどのようなことか。
A:合わせ調味料はとても便利で、専門性の高いものもたくさんあるが、味が画一的になってしまうということもある。それぞれの家庭の味をつくる際は、合わせ調味料ではなく、しょうゆ、みりん、砂糖などの基礎調味料を使った方が、家庭の味をつくりやすい。
Q:食塩もいろいろな種類がある。しょうゆに使う食塩は同じものなのか。しょうゆの種類によって変えているのか。
A:しょうゆにおける食塩の役割は、醸造を安定して行うために雑菌の繁殖などを防ぐことがメイン。いろいろな食塩を使って試しても、大豆や小麦からくるミネラルの方が多いので、食塩による変化はあまり起こらない。食塩の品質、性質がしょうゆに及ぼす影響は、非常に少ないといえる。
Q:しょうゆに漬けた梅がおいしかった、梅を漬けたしょうゆも風味があった。漬物と相性のよいしょうゆはあるのか。
A:以前、日本醤油協会が「しょうゆ職人」の表彰を行っていた。その際、中華料理のシェフが野菜をスティック状に切ってびんに入れ、うすくちしょうゆを入れておくと、乳酸発酵が起こり野菜も刻んで調味料として使えるようになると話していた。しょうゆ自体に漬け込む力があるので、いろいろ試してみてほしい。
Q:戦時中に大豆の絞り粕でつくったしょうゆがおいしいという話があったが、今もそういうしょうゆがあるのか。丸大豆しょうゆしかイメージがない。
A:現在も脱脂加工大豆を使用したしょうゆが主流で、丸大豆の方が少ない。脱脂大豆を使う歴史は古く、大正時代ころから脱脂大豆を使う研究がされていた。戦時中に大豆が配給になると、キッコーマンも全面的に脱脂大豆を使うようになり、その後、しょうゆ醸造用に加工された脱脂加工大豆を使用するようになった。1990年にはキッコーマンが「特選 丸大豆しょうゆ」を発売した。
キッコーマン「こいくちしょうゆ」のラベル裏面にある原材料表記をご覧いただくと、脱脂加工大豆とある。「しぼりたて生しょうゆ」も脱脂加工大豆を使用している。世の中に流通している多くのしょうゆは、丸大豆と明記していない場合、ほぼ脱脂加工大豆でつくられている。 丸大豆しょうゆの場合、油をしぼっていないので、しょうゆができたときに油が浮く。それを取り除いて製品にしている。しょうゆができてから油を取るのか、前もって取り除くのかということ。ただし、丸大豆しょうゆは微妙に油が溶け込んでいるので、それがまろやかさにもつながっている。
Q:日本酒は年によって出来不出来があるのかもしれないが、しょうゆは通年で同じ味を目指していると思う。その中で品評会を毎年実施し、賞を授与している。そのポイントは?
A:品評会を行うことで、業界のレベルは全体的に向上した。1次審査を通過したものは、レベルが非常に高い。そのなかで、本当に微妙な違いで優劣をつけている。なお、現在1000工場ある中で、品評会の参加は300点ほど。もっとたくさん出品してほしいと考える。その年の気候や原料の品質など、一般的には気付くことのないレベルで味の変動はあるが、メーカーとしては品質を安定させる努力をしている。ワインや日本酒のように振れ幅を楽しむのと違い、しょうゆは安定した品質を目指している。
Q:“減塩”から“適塩”というお話がありましたが、うすくちしょうゆには減塩された商品はあるのでしょうか?
A:減塩しょうゆの規定は、食塩分9g以下と規定されているだけで品種の規定はない。ごく少数だが、減塩のうすくちしょうゆも販売されている。





