研究機関誌「FOOD CULTURE No.24」アジアのソイソース 『韓国におけるカンジャンの利用』

フードコーディネーター・調理文化研究家 福留 奈美

アジアのソイソース 『韓国におけるカンジャンの利用』

韓国料理、唐辛子、市場の風景

2013年12月5日、ユネスコの無形文化遺産に韓国の「キムジャン:キムチの製造と分配」と日本の「和食;日本人の伝統的な食文化」が同時に登録された。2015年日韓修好50周年を迎える両国にとって、今後の文化交流は益々活発化していくだろう。日本での韓流ブームは久しく続き、若者から熟年層まで多くの人々が日常的に韓流ドラマ、K-popに親しんでいる。韓国料理を楽しむ機会も増え、韓国を訪問して本場の味を堪能することも容易である。

そうした中、韓国と日本では非常に多くの食材が共通して使われていることに気づく。市場で見かける生鮮食材はもとより、魚の干物や昆布、煮干しも、秋の味覚として店頭に並ぶ干し柿も非常に似ている、あるいは全く同じであることに驚いた。外国に出かけて懐かしくなる家庭の味はテンジャンスープ(味噌汁)だというし、韓国でもどじょう鍋には山椒をふる。日本ならではのものだと思っていたものが当たり前に韓国でも食べられ、韓国の人々はそれを自国の独自の食文化と認識していることに最初は戸惑った。日本の香りの代名詞ともいえる柚子Yuzuは、韓国ではYuza茶として親しまれ、非常に韓国らしい食品として認識されている。
もちろん同じ食材でも、組み合わせる香辛料や調理法、食べ方によって異なるものとなる。韓国料理と和食、それぞれの食文化は共通する部分も多いが、異なる部分もまた多い。はたして何が同じで何が違うのか?そんな素朴な疑問から、韓国の醤油、いや韓国のカンジャン探しの旅が始まった。
韓国料理では、伝統的な調味料として大豆を加工した穀醤を主に使う。韓国料理用語辞典(鄭銀淑著、日本経済新聞社)によると、「ジャン(醤)」は大豆を発酵させて作った調味料の総称で、調味料として使われるジャンにはカンジャン(醤油)、テンジャン(味噌)、コチュジャン(トウガラシ味噌)、チョングクジャン(清麹醤)などがあるという。赤唐辛子で真っ赤に風味づけされたコチュジャンは韓国ならではの調味料であり、チョングクジャンは納豆に似た風味を持つが調味料として使用される点で納豆とは異なる。テンジャンと味噌にも風味、製法に違いがあり、正確にはカンジャンと醤油は異なるものと考えられる。
日本では、醤油は日本の調味料であり、その英訳であるsoy sauceもまた日本のものだと考える人が多い。しかし、中国、台湾、韓国、インドネシア、フィリピン、ベトナムなどのアジア各国でsoy sauceは作られ、それぞれの風味と味わい、原料、製法には違いがある。本小論では、韓国のsoy sauceをカンジャンGanjangと表記し、一部日本語訳として醤油という言葉を用いることとする。

1.韓国のカンジャンの分類

韓国にどのようなカンジャンがあるのかを現地で問うと実に様々な名称が出てくる。最初は混乱したが丁寧に聞き取りをしていくと少しずつわかってきた。集約すると、使い方としては濃口タイプとスープ用のうす口タイプに分かれ、作り方としては伝統的な自家製のものか工業的に大量生産された市販製品かに分かれる。それぞれに複数のカンジャンが存在し、あるものは同義でありながら人によって呼び名がかわり、あるものは同じ呼び名であっても自家製か工業製品かで全く味わいが異なるものもある。以下に、その種類と定義を示す。

〈製法の違いによる分類(5タイプ)※1)
カタカナ表記(アルファベット表記) 日本語訳例 主な定義
ヤンジョ・カンジャン(Yangjo Ganjang) 醸造醤油 大豆、脱脂大豆、小麦等を原料にした麹(こうじ)により醸造された醤油
ホナプ・カンジャン(Honhab Ganjang) 混合醤油 ①と③を適正な比率で混合して加工した醤油
サンブネ・カンジャン(Sanbunhae Ganjang) 酸分解醤油 タンパク質や炭水化物を含有した原料を酸で加水分解して加工する醤油
ヒョソブネ・カンジャン(Hyosobunhae Ganjang) 酵素分解醤油 タンパク質や炭水化物を含有した原料を酵素で加水分解して加工する醤油
ハンシク・カンジャン(Hansik Ganjang) 韓式醤油 主原料のメジュを塩水と混ぜて発酵、熟成した醤油
※ Korean Food Standards Codex(韓国食品規格)の分類では上記5種類、KIS(韓国産業規格)の分類では、①、②、③、④の4種類に分けられている。
〈一般に使用されるカンジャン名称の分類(17タイプ)※2) ・・・製法、熟成期間、色、味、用途、原料、通称等による〉
カタカナ表記(アルファベット表記) 日本語訳例 主な定義
家ごとに手作りされるカンジャン
チプ・カンジャン(Jib Ganjang) 家醤油 自家製の手作り醤油という意味。⑦朝鮮醤油、⑧在来式醤油と同義。
チョソン・カンジャン(Chosun Ganjang) 朝鮮醤油 メジュと塩水を甕に仕込む伝統的な在来式の作り方をした醤油
チェレシッ・カンジャン(Jaelaesig Ganjang) 在来式醤油 ⑥家醤油、⑦朝鮮醤油と同義
チョンジャン(Chung-jang) 清醤 在来式製法で熟成期間が短く1~2年の色の薄い醤油
チュン・カンジャン(Joong Ganjang) 中醤油 在来式製法で熟成期間が清醤と陣醤油の中間的(3~4年)な醤油
ジン・カンジャン(Jin Ganjang) 陣醤油(眞醤油) 在来式製法で熟成期間が長く5年以上の色の濃い醤油
工場で製造される醤油
ジン・カンジャン(Jin Ganjang) 陣醤油 ②混合醤油の一種で濃口タイプ。⑪と同じ名称のため混同されやすい。
ヤンジョ・カンジャン(Yangjo Ganjang) 醸造醤油 大豆、脱脂大豆、小麦等を原料にした麹(こうじ)により醸造された醤油
クッ・カンジャン(Guk Ganjang) 汁醤油 スープ用として調製されたうす口タイプ。②混合醤油タイプと⑦朝鮮醤油の改良式製法によるプレミアムタイプがある。
チョリム・カンジャン(Jorim Ganjang) 煮物用醤油 煮物に向くように調製された醤油
その他の呼び方
ウェ・カンジャン(Wae Ganjang) 倭醤油 倭(日本)の醤油という意味。①醸造醤油と同義、または⑥朝鮮醤油(在来式)以外の外来式の作り方をする醤油全般をさす。
イルボン・カンジャン(Ilbon Ganjang) 日本醤油 ⑮倭醤油と同義
ケリャン・カンジャン(Gaelyang Ganjang) 改良醤油 ⑥朝鮮醤油に対して、製法が日本から伝わった外来の改良式醤油をさす。⑮倭醤油、⑯日本醤油と同義。
ムルグン・カンジャン(Mulgeun Ganjang) 薄い醤油 ムルグン(薄い、弱い)と表現されるうす口タイプの醤油。⑨清醤、⑬汁醤油をさす。
ユギノン・カンジャン(Yuginong Ganjang) 有機農醤油 有機大豆を使用して作られる醤油
チョヨム・カンジャン(Jeoyeom Ganjang) 低塩醤油 塩分含有率の低い醤油
マッ・カンジャン(Mat Ganjang) 味醤油 うま味食材、香辛料、薬味等で風味とうま味を加えた調味醤油。家庭でも作られるタレの一種。
チョ・カンジャン(Cho Ganjang) 酢醤油 酢を加えた調味醤油。家庭でも作られるタレの一種。
※1)※2)…ハングル語の発音によっては複数のカタカナ表記、アルファベット表記が存在するものもある。便宜上、表中の表記で本文中は統一した。

韓国食品規格(KFSC)、韓国産業規格(KIS)による分類では、カンジャンは原料や加工方法によって最大5種類(醸造醤油、混合醤油、酸分解醤油、酵素分解醤油、韓式醤油)に分けられる。一般的な区別のされ方としては、色が濃くカンジャンとしての風味が強く塩味がマイルドな濃口タイプ(表中の①⑪⑫が典型的)と、色が薄く塩分の高いうす口タイプ(⑨⑬⑱)に分けられる。

在来式のチョソン・カンジャン(朝鮮醤油)はメジュ(説明後述)を発酵の素とする。チョソン・カンジャン(朝鮮醤油)というとき、韓国の人々は在来の伝統的な製法として、メジュを塩水に浸す甕仕込みのカンジャンを連想する。それらは自家製であるためチプ・カンジャン(家醤油)という呼び名が用いられ、昔からある在来のものという意味でチェレシッ・カンジャン(在来式醤油)とも呼ぶ。これらは熟成期間の長さにより、短期のチョンジャン(清醤)、中期のチュン・カンジャン(中醤油)、長期のジン・カンジャン(陣醤油)に区別される。一般的には熟成1~2年で色の薄いチョンジャン(清醤)がスープ用によく使われ、5年以上寝かしたジン・カンジャン(陣醤油)は、実際には10年、20年とより長く熟成させて希少品として特別な価値を持たせることもされる。甕で30年以上寝かしたジン・カンジャン(陣醤油)を味見させてもらった。時間をかけてアミノカルボニル反応が進み、色は濃く、トロリとした濃度がある。香りと味わいは複雑で、塩分がマイルドに感じられる。たんぱく質が分解されて多くのアミノ酸が生成され、うま味による塩味の抑制効果が生まれたものと考えられる。
実はこのジン・カンジャン(陣醤油)という名称は、コンビニやスーパーマーケットで売られる市販製品でもよく見かける。こちらは工場で短期間に効率よく作られたもので、色が濃く塩分が低い濃口タイプに調合された混合醤油であることが多い。甕仕込みで長期熟成されたジン・カンジャン(陣醤油)を工業製品と区別するために、同じ発音であるがあてる漢字を変えてジン・カンジャン(眞醤油)と呼び分ける人もいる。1970年代に漢字表記を廃止した韓国では、若い世代で漢字を理解する者が減り、このような呼び分けも一部の人に限られたものとなっている。

この他工場で大量生産されるカンジャンの代表的なものにヤンジョ・カンジャン(醸造醤油)、クッ・カンジャン(汁醤油)、チョリム・カンジャン(煮物用醤油)がある。クッ・カンジャン(汁醤油)はうす口タイプの代表的なもので、その名の通り、スープや鍋料理、ナムル等の塩味をつけるために使われる。うす口タイプであることを表現したムルグン・カンジャン(薄い醤油)ともいわれるようだが、聞き取りをする中ではあまりでてこなかった。
韓国に住む人にどのようなカンジャンを家庭で使っているか聞くと、ヤンジョ・カンジャン(醸造醤油)とクッ・カンジャン(汁醤油)と答える人が多い。ヤンジョ・カンジャン(醸造醤油)は加熱調理に使われるほか、つけダレやドレッシング、食材にそのままつけて食べることが多い。スープを作るときにも、ヤンジョ・カンジャンを少量と塩で味つけすればクッ・カンジャン(汁醤油)の代用となる。そのため、料理をしない若い世代ではヤンジョ・カンジャン(醸造醤油)のみを使っているという人もいる。食材にこだわりのある手作り品を好む層では、市販製品のクッ・カンジャン(汁醤油)ではなく評判のよいチプ・カンジャン(家醤油)を購入するという人もいる。
クッ・カンジャン(汁醤油)という名称はスープ用のカンジャンとして工場で作られたイメージが強く、廉価な混合醤油タイプもあるが、中には丸大豆を原料とし、Naturally Brewedであることやメジュを用いたチョソン(朝鮮)式であることをうたったプレミアムタイプもある。韓国食品規格(KFSC)ではメジュを使用したカンジャンをハンシク・カンジャン(韓式醤油)と定義している。ここで言うメジュには大きく2タイプあり、2~3か月かけて屋外で乾燥・発酵をさせる伝統的な製法のメジュに対し、工場で菌を接種し、湿度と温度を管理した環境で2週間程度で早く作るメジュを改良メジュと呼ぶ。

一方、多くの人が使うヤンジョ・カンジャン(醸造醤油)はウェ・カンジャン(倭醤油)とも呼ばれる。「ウェ・カンジャン」という名称は口語で使われることが多く、年齢が上になるほど馴染みのある呼び名となる。倭は日本を意味し、イルボン・カンジャン(日本醤油)という呼び方もできるが、ウェ・カンジャン(倭醤油)の方がより一般的である。ヤンジョ・カンジャン(醸造醤油)は丸大豆または脱脂大豆、小麦等を原料に麹を用いて作られる。その製法は日本から伝わったものと考えられ、在来式のチョソン・カンジャン(朝鮮醤油)に対し、外来の日本式としてウェ(倭)という言葉で呼び分けられたのであろう。ヤンジョ・カンジャン(醸造醤油)は工場で効率的に作られるが、より安価に製造できる混合醤油ではないNaturally Brewedであることを強調する意味でヤンジョ(醸造)と名付けられている。いわゆる日本の本醸造醤油にあたる。

ちなみに、英語圏の通販サイトでカンジャンがどう区分されて売られているかというと、ノーマルタイプのsoy sauceとスープ用のsoy sauceに大別される。ノーマルタイプは、ヤンジョ・カンジャン(醸造醤油)とジン・カンジャン(陣醤油)であり、スープ用はクッ・カンジャン(汁醤油)である。ヤンジョ・カンジャンとクッ・カンジャンには、丸大豆を使用しNaturally Brewedであるプレミアムタイプと、脱脂大豆を使用する一般的なタイプの2つがそれぞれある。
カンジャン売場には以上のほか、丸大豆の写真やイラストをラベルに配置し脱脂大豆ではなく丸大豆を使用していることを強調したもの、有機大豆を使用するユギノン・カンジャン(有機農醤油)やチョヨム・カンジャン(低塩醤油)の表示をしたカンジャンが売られる。また、照りツヤが出やすく煮込み料理に向くチョリム・カンジャン(煮物用醤油)、うま味食材や砂糖、果物などを加えて煮詰めて作られるマッ・カンジャン(直訳は味醤油。うま味醤油とも訳される)が並ぶ。これらは日本でいうところのだし醤油、めんつゆ、かば焼きや照り焼きのタレ、ぽん酢醤油に該当するものである。

カンジャン製造が1950年代を境に工業化されるまでは、カンジャンは家で作るものであった。「醤の味が変わると家門が滅ぶ」ということわざがあるように、家ごとに甕で仕込む発酵調味料の出来栄えは非常に重要なものであった。冬に行うカンジャンとテンジャンの仕込み作業は、キムチを漬けるキムジャンと同様に大切な食の年中行事なのである。
実際に、今でもカンジャンを手作りすることが盛んな地域がある。3682世帯を対象とした調査(2009年)では、市販製品ではなくチプ・カンジャン(家醤油)などを自分で調達する家庭が5世帯に1つはある。テンジャン、コチュジャンに比べればその率は低いが、日本に比べて、手作りの伝統調味料が食卓にのぼる率はかなり高いと考えられる。

百貨店の調味料売場。韓国のカンジャンの他、日本の
醤油やぽん酢、タレ類も売られている。

市販製品の小売店業態別売上高の統計資料によると、ホナプ・カンジャン(混合醤油)が半分以上を占め、ヤンジョ・カンジャン(醸造醤油)、クッ・カンジャン(汁醤油)が続く。ヤンジョ・カンジャン(醸造醤油)に比べホナプ・カンジャン(混合醤油)は廉価であるため、購入量としてはホナプ・カンジャン(混合醤油)の比率はより高くなる。また大衆的な飲食店などの業務店で使用されるカンジャンのほとんどは廉価なホナプ・カンジャン(混合醤油)だと聞くので、実際の生産量の多くはホナプ・カンジャン(混合醤油)だと推測される。そして、家庭で使うために少し高い価格帯のヤンジョ・カンジャン(醸造醤油)を選ぶ人がおり、その比率は割引店と百貨店で多いことがわかる。

醤類調達比率
タイプ別業態別売上高
ブランド別業態別売上高

※割引店
韓国ではGMS(General Merchandise Store)やハイパーマーケット、スーパーセンターというような総合大型セルフサービス業態を「割引店」と呼ぶ。韓国ではEマート(新世界百貨店グループ)、ロッテマート(ロッテグループ)などが代表的。

韓国の最大手カンジャンメーカーといえばセンピョである。続いて、テサン(チョンジョンウォン)、モンゴ食品、オボク食品が続く。韓国の中でも地域性があり、モンゴ食品とオボク食品は韓国南部のキョンサン南道にあるため、近くの大きな商圏である釜山ではメジャーなブランドである。オボク食品については売上の約80%は釜山地域で、残り20%が全国的な販売だという。この他、ロッテマートなどの割引店ではPB商品が売られている。
都市部では工場で作られた大手メーカーの市販製品を使用する人がほとんどであるが、地方では自家製のカンジャンを今でも作り続ける人が残っている。家内消費用に手作りしたものが味がよいと口コミで評判になり、ご近所が買いに来たり人づてに注文が入ることもあるという。カンジャン作りの名人と呼ばれる名工の逸品が、塩や酢などその他の調味料とともにデザインされて販売されるケースもある(ソン・ミョンヒ名人の例。写真参照)。
韓国南部のチョルラナムド・タミャン郡、チョンピョンミョンで40年以上醤油作りに携わるキ・スンド名人(韓国農林水産食品部が指定する食品名人35号)のカンジャンは、サムスンファミリーが愛用しているということでも知られブランド化している。ちなみにチョンピョンミョンは2007年アジア初のスローシティに認定され注目を集めた町である。
生物多様性を保護し、消滅の危機に瀕した小規模生産の質のよい食品と小さな生産者を守る運動を行っているスローフード(NPO)では、2013年10月にアジア圏で初めての大規模な食の見本市「アジオグストAsioGusto」を開催した。韓国のコンヴィヴィウム(支部)による展示コーナーでは、こだわりのチョソン・カンジャン(朝鮮醤油)を韓国の伝統として、また守るべき調味料として紹介するブースが見られた。

※スローシティ
スローフード(NPO)が推進する市町村レベルの運動で、 普段食べなれている物の質を見直し改善し、住みやすい町となるようにガイドラインを守る。

センピョ社の商品例(左からジン・カジャン、ヤンジョ・カンジャン、クッ・カンジャン、マッ・カンジャン)
テサン社(ブランド名:チョンジョンウォン)の商品例(左からジン・カンジャン、チョリム・カンジャン、ヤンジョ・カンジャン、クッ・カンジャン)
モンゴ食品社の商品例
ロッテマートのPB商品(左からジン・カンジャン、ヤンジョ・カンジャン)
現代百貨店で売られるソン・ミョンヒ名人のカンジャンとその他塩、酢のセット

2.韓国特有の発酵の素「メジュ」

日本では「麹(こうじ)」を使用する発酵食品が多くある。味噌は米麹・麦麹・豆麹をそれぞれ蒸した大豆に加えて米味噌・麦味噌・豆味噌にする。醤油は大豆と小麦で麹を作り、それを塩水とともに発酵させて作る。その他、日本酒、焼酎、みりん、酢なども麹によって作られる。日本の麹は、コウジカビのアスペルギルス・オリゼAspergillus Oryzaeを増殖させて作る。醤油の場合はAspergillus Sojaeも含まれる。
韓国の場合は、伝統的な調味料のカンジャン、テンジャン、コチュジャン作りに欠かせない発酵の素としてメジュMejuがある。メジュとは、大豆を煮てからつぶし、四角い型に入れて成形し、藁で結んで軒下につるして乾燥・発酵させたものである。メジュに繁殖する微生物としては、各種のRhizopus, Mucor, Aspergillus, Penicilliumなどのカビ類、Saccharomyces, Torulopsisなどの真菌類、Bacillus, Staphylococcusなどの細菌があると言われており、主には中心部に枯草菌Vacillus Subtilisなどの細菌が、表面付近ではAspergillus oryzaeなどのコウジカビが自然に繁殖する。日本の麹はできるだけ枯草菌を増殖させずAspergillus oryzaeを増殖させるように作るのに対し、メジュは枯草菌を積極的に増殖させる点が異なる。枯草菌は藁の中にいる菌で納豆菌の近縁であるため、韓国のテンジャンやカンジャンには納豆様の匂いがするとされる。藁で包んだ蒸し大豆が納豆になるように、藁で結んだメジュにもゆっくり時間をかけて枯草菌が増殖する。この枯草菌は大豆のpHを上げてアルカリ加水分解を進めるため、韓国のメジュは日本の麹と違いアンモニア臭がするとされる。市場で購入したメジュをハーバード大で分析してもらったというBenReade氏(Nordic Food Lab.の料理開発研究員)によると、そのサンプルでは枯草菌とAsperguillus株は検出できたが株の特定まではできなかったとのことである。
メジュは、市場でも売られており、2月にテンジャンを手作りする時期になると大きなスーパーマーケットでも箱入りで売られる。5.5kgのメジュは定価110,000won(約11,000円)で、この量で7~8リットルのカンジャンと15~20kgのテンジャンができると考えられる。

ソウルのキョンドン(Gyendong)市場で売られているメジュ
大型スーパーマーケットで箱入りで売られるメジュ

3.韓国伝統のカンジャン作り

在来式醤油を作る方法

日本でも、かつては味噌からしみ出る液体をすくいとって味噌溜りとして使っていたが、醤油と呼ばれるものは味噌作りとは別の工程で作られるようになった。一方韓国では、晩秋に収穫した大豆で11月末から12月はじめにメジュを作り、乾燥させて保管しておいたメジュを2月に塩水に漬けこんで発酵させる。暦にこだわる家では陰暦11月の冬至の日に新大豆でメジュを作り、塩水に漬け込む作業は陰暦1月の午の日に行う。塩水に浸した後、数か月したら濾し器で濾して固形物と液体を分離する。固形物に塩を加えて甕で熟成させたものがテンジャンとなり、液体を甕にもどして熟成させたものがカンジャンとなる。
ソウルから東に電車で1時間半ほど行ったナムヤンジュ市チョアンミョンは、チプ・カンジャン(家醤油)作りが今でも盛んに行われる場所である。名人として知られるチャン・ミョンヒさんを訪問し、カンジャンの作り方を見せていただいた。

1)メジュ作り

メジュは、11月の最終週から12月初めに仕込まれる。成形した後、一般的には屋外の軒下につるして乾燥させるが、チョン・ミョンヒさんは独自の製法として屋内のオンドル(床暖房)を入れた温かい環境の中におき、枯草菌を積極的に増殖させることをする。保管した部屋には納豆臭があり、完成したメジュは水洗いしたあとに粘り気が出て納豆臭がする。チョン・ミョンヒさんは、こうしてメジュを作るため、できあがるカンジャンが他と違っておいしくなるのだと思うという。チプ・カンジャン(家醤油)にはそれぞれの秘伝の作り方があることがわかる。

2)仕込み、発酵・熟成

陰暦の1月になると甕にジャン(醤)を仕込み始め、2014年の場合は2月28日までに仕込み終えるという。カレンダーにはその期間が大きく記され、暦とともにジャン作りがされていることがうかがえる。冬の間に仕込みを終えるのは腐りにくく作りやすいためで、温かい季節なら塩分濃度をより高くしなくてはならなくなる。
前のカンジャンを取り出した後の甕は洗わずに続けて使う。60リットル弱の水に塩約10㎏を溶かし塩分18%の塩水を作る。塩分18%になっていることを確かめるため、生卵を浮かべて確認する。メジュは、表面に極端に多くカビがはえていれば流水で洗いながらブラシでさっとぬぐい、乾かしてから使う。約15㎏のメジュを塩水に加え、炭、皮付きの栗、乾燥なつめ、唐辛子、ゴマを加える。ゴマは指先でひねりながら入れることで液面に薄く油が膜を張り、カビが出るのを防ぐという。
仕込みは以上で、塩水の用意さえしておけばあっという間に終わる。陶器の蓋をして4日置き、その後はガラス蓋に換える。日光が入ることで、カビの増殖が抑えられる。塩水にメジュを浸けこんでから50日目頃に搾る作業を行う。木製の濾し器で固形物のテンジャンと液体のカンジャンに分け、それぞれ別の甕に入れ直して熟成期間に入っていく。カンジャンは最低でも6カ月間は熟成をさせる。その間に好塩菌が作用して、たんぱく質は徐々に分解されアミノ酸をはじめとするうま味成分に変わる。甕は屋外に放置されたままで、日夜の温度変化、日照にさらされる。自然環境の中でゆっくり置くことで、その家ならではの熟成のプロセスを踏む。これまでに失敗したことはないそうだ。暦に従い、代々伝わる仕込みの方法を守り、あとは自然にまかせることで家ごとの味ができあがる。ジャン(醤)作りはシンプルだからこそ今でも続いているのだろう。
熟成を1~2年させたチョンジャン(清醤)のうち、1年物よりもバランスがよくおいしい2年物を主に出荷しているとチャン・ミョンヒさんはいう。テンジャン作りに力を入れているため、カンジャンの多くはチョンジャン(清醤)の段階で売り次々新しい甕を仕込んでいる様子だが、特別によい出来のものや長く熟成させてきたものは、小さな甕に入れて大切に保管している。味見をさせていただいた30年物は姑が作ったものとなる。
チョン・ミョンヒさんの10年熟成のカンジャンは、スローシティ※であるチョアンミョンの高品質食品コンテスト2013で大賞を受賞した。その甕は売らずに長く熟成させるという。香りと風味のバランスがとてもよく、今後10年、20年と熟成させたらどうなるだろうと楽しみに思った。熟成6年目に入る2008年仕込みのジン・カンジャン(陣醤油)を購入させていただいた。1,000㎖で15,000ウォン(約1,500円)。テンジャンは1㎏で25,000ウォン(2,500円)。スーパーで売られる混合タイプのジン・カンジャン(陣醤油)が930㎖入りで3,700ウォン(約370円)前後であるのに比べてかなり高価ではあるが、多くの人が買いに来るという。
チョン・ミョンヒさんは農業も行っており、有機栽培の大豆を自ら育て、こだわりの海の焼き塩を取り寄せ、薬水と呼ばれる山から湧き出る水を車で汲みに行って使っている。カンジャン作りで最も大切なことはと聞くと、「いい豆、いい水、いい塩を使うこと」だと即答した。メジュを結ぶ藁は、近所の農家から有機栽培のものをまとめて購入しているそうだ。
テンジャン、カンジャン作りは姑に教えてもらい、嫁入りしてから初めて作りだした。姑もまたその母から教えられた。韓国では、代々続く手作りの技と味が残っている。「醤の味がよければ子孫が繁栄する」という言い回しもあるほど、カンジャン、テンジャンをはじめとするジャン(醤)作りは非常に大切なものなのである。

大豆を蒸し煮にする釡
藁で結んでつるして発酵・乾燥させる
生卵を浮かべて塩分濃度を確認
唐辛子などの副材料を浸して仕込み完了
ブロック状のメジュをそのまま塩水に浸す
自宅の庭にあるチャントッテ(甕置き場)で仕込み作業をするチャン・ミョンヒさん
ガラス蓋をした甕
使い込んだ濾し器
小さな甕に移した長期熟成用のカンジャン
甕の上澄みをすくう様子
カンジャンは甕の上澄みをすくって容器に詰める
瓶詰めの様子
テンジャンを熟成させている甕から手作業で瓶詰する

4.カンジャンを用いる代表的な韓国料理

カンジャンは汁物、炒め物、和え物、煮物、タレ、ドレッシング、漬け物など様々な調理に用いられる。カンジャンなしには成り立たない料理の代表的なものをあげる。

◆カンジャンケジャン(ワタリガニの醤油漬け)

カンジャンを使った料理でまずあげられるのがワタリガニの醤油漬けである。家庭ではヤンジョ・カンジャン(醸造醤油)を使う人もいるが、もともとはチョソン・カンジャン(朝鮮醤油)を用い、専門店の中には7年熟成のジン・カンジャン(陣醤油)を使うことを売りにしている店もある。生姜や大根、唐辛子を漬けこんだタレを一旦加熱し冷ましたものに、新鮮な生きたワタリガニをそのまま漬け込む。薄味なら3日目から食べ始められる。しっかりと味をしみこませるには、漬けダレだけを1日おきに加熱しては冷ましカニを戻して漬けることを繰り返し、計7~8日間漬ける。蟹味噌の濃厚な味わいとトロリと熟成した生の身は、カンジャンの色がうっすら着く程度で、漬けダレの色から想像するほどしょっぱくはない。漬け込んであるタレを味わってみると甘味のあるマイルドな味わいで何か料理に使えそうに思ったが、通常はカニを食べておしまいとなる。ほんのりカンジャン味がしみ込んだカニの身と濃厚なカニみその味わいは、ごはんのおかずとしても、また韓国の焼酎(ソジュ)の肴としても非常に美味である。魚介類の醤油漬は、ワタリガニの他にアワビが有名で、最近は有頭のエビを醤油漬けにして名物にしているレストランもある。

薬味には青唐辛子が定番(カンジャンケジャンの専門店「眞味」で撮影)
甲羅にごはんを入れてカニみそをからめて食べる(カンジャンケジャンの専門店「眞味」で撮影)

◆カンジャン漬け

韓国の漬け物売場にはキムチとともに様々な種類のチャンアチが並ぶ。チャンアチとは、カンジャン、テンジャン、コチュジャンといったジャン(醤)に酢や砂糖などの調味料を加えて野菜などを漬け込んだ漬け物のことをいい、キムチや塩辛と同様に韓国の大切な保存食のひとつとなっている。それぞれの味の特徴を考えてみると、キムチは乳酸発酵による自然の酸味、塩辛はその名の通り塩味、そしてチャンアチはカンジャンをベースとするうま味と塩味の組合せということになろうか。長期保存するチャンアチは塩分が高いため、少量をごはんのおかずにしたり、肉料理と合わせたりして食べる。
チャンアチは大別すると、カンジャン味のものと、唐辛子粉やコチュジャンにカンジャン他の調味料を合わせたスパイシーなタレに漬け込むピリ辛タイプの2つに分かれる。そういえば先に紹介したカンジャンケジャン(ワタリガニの醤油漬け)には、別の味のタイプとして、カンジャンに唐辛子粉とコチュジャンを加えたヤンニョム(薬味ダレ)にカニを漬け込んだヤンニョムケジャンがある。韓国の人にとって「カンジャン味」と「スパイシーな薬味ダレの味」はどちらも欠かせない味のタイプとしてあり、いずれにもカンジャンが欠かせない調味料となっている。
カンジャン味のチャンアチの代表的なものに皮ごとのニンニク、青唐辛子、エゴマの葉などを漬けたものがある。野菜以外でも海苔やうずら卵のカンジャン漬けを見かける。家庭でもタマネギ、キュウリ、ブロッコリーの芯などをよくカンジャン漬けにするそうで、長期間保存するチャンアチと短期間で漬ける即席タイプがある。
豚ばら肉の焼肉サムギョプサルでは、サンチュとともにエゴマのカンジャン漬けを出す店がある。カリッと焼き上げた豚ばら肉をエゴマのカンジャン漬けでくるりと巻いていただく。適度な塩味とカンジャンの風味が肉によく合う。

大型スーパーマーケットの漬け物売り場で量り売りされるチャンアチ
カンジャン味のチャンアチ (時計まわりに青唐辛子、行者ニンニク、岩海苔、えごまの葉、ニンニク)

◆味つけがカンジャンベースの料理例

チョンジャン(清醤)またはクッ・カンジャン(汁醤油)を使う代表的な料理にクク、タン、チゲなどの汁物・鍋料理がある。ワカメスープ(ミヨククク)が代表的で、韓国のお祝いごとによく出され、女性が妊娠したときにも勧められる滋養のあるスープである。コムタン、ソルロンタンなど色をつけない透明あるいは白濁したスープでは塩だけで味をつけるが、その他のスープでは塩味とうま味をつけるためにチョンジャンまたはクッ・カンジャンが使われる。日本の濃口醤油を使ったそばつゆのように、濃口タイプのカンジャンが色も風味も味わいも主役となるような汁物は韓国料理では見かけない。ナムルの味つけに年配者はチョンジャン(清醤)を使い、若い世代ではヤンジョ・カンジャン(醸造醤油)を使う人もいるという。汁物であってもナムルであっても、チョンジャンの代わりにヤンジョ・カンジャンを使うことができ、カンジャンの風味と色をつけないようにヤンジョ・カンジャンを少量にして、あとは塩でバランスをとる。丁度、日本の濃口醤油と淡口醤油の使い分けに似ている。
ヤンジョ・カンジャン(醸造醤油)、ジン・カンジャン(陣醤油)はプルコギなどの炒め物、牛カルビや鶏肉など肉の煮込み料理に使われる。ヤンジョ・カンジャンは塩味がマイルドで照りよく仕上がるため、炒め物、煮物に万能に使え、風味がよいためそのまま使うタレ、ドレッシング類への利用が多い。
三代続く老舗の料理学校として知られる Soodo Culinary and Baking Occupational Training Collegeで典型的なレシピのいくつかと料理写真の提供をいただいた。

<プルコギの味つけ>

タマネギ、ネギ、ニンニク、梨をブレンダーにかけてつぶした汁大さじ4に、カンジャン大さじ3、砂糖大さじ1、清酒大さじ1、ゴマ油大さじ1、いりゴマ小さじ1、コショウ少々を加えて混ぜ、ヤンニョムジャン(薬念醤。薬味ダレ)を作る。このタレに牛肉、タマネギ、キノコなどの材料を漬けこんでから炒める。

<チヂミのタレ>

タレのチョ・カンジャン(酢醤油)は、カンジャン大さじ 2、酢大さじ 2、水大さじ 2 と薬味の青ネギを合わせる。

<椎茸のナムルの味つけ>
カンジャン、砂糖、長ネギのみじん切りとニンニクのみじん切り、ゴマ油、以上を各大さじ1/2といりゴマ小さじ1を合わせたタレを作る。水でもどした椎茸を薄切りにしてタレと合わせ、カンジャンで味を調えた後、油で炒める。

※以上、使用するカンジャンはヤンジョ・カンジャン(醸造醤油)またはジン・カンジャン(陣醤油)を想定。

大韓食文化研究院を併設する料理学校
Soodo Culinary and Baking Occupational Training college
院長のジャンイム・リー氏(右)と娘でシニア研究員のボークェング・パク氏(左)

5.韓国に伝わった醸造醤油

モンゴ醤油社の前身は1905年、日本人設立者 山田信訪が山田醤油醸造所として設立した。その後、1945年に韓国のKim Hong Gu氏がオーナーとなり1946年Monggoカンジャン工業社と名前を変えた。業界最大手のセンピョ社は1946年、第四位のオボク食品社は1952年にカンジャン会社として設立。第二位のテサン社は大豆製品事業をチュンジャンウォンというブランドで1996年に始めた。
1950年前後に大手カンジャンメーカーが次々設立され、工場で大規模に製造された製品が市場に出回り始めた。それ以前はカンジャンといえばチョソン・カンジャン(朝鮮醤油)またはチプ・カンジャン(家醤油)と呼ばれる手作りのものであった。各家庭で熟成期間の短いチョンジャン(清醤)が主に使われていたところに、濃口タイプのカンジャンが簡単に入手できるようになった。濃口タイプとは、ヤンジョ・カンジャン(醸造醤油)とジン・カンジャン(陣醤油。醸造醤油と酸分解醤油の混合タイプ)である。この混合タイプのジン・カンジャンは、もうひとつのジン・カンジャン(家醤油の長期熟成タイプ)の廉価な代用品として浸透し、同時に新しいタイプとして登場したヤンジョ・カンジャンも韓国全土に瞬く間に広がり一般化した。ヤンジョ・カンジャンが急速に広まった理由として、ジャンイム・リー氏(大韓食文化研究院 院長)は、ヤンジョ・カンジャンは塩味がマイルドでたくさん使ってもしょっぱくならず、風味がよく色とツヤがよくでるため、煮物料理や炒め物が簡単においしく仕上がるので家庭の主婦たちが使うようになったのではと考察する。
今はヤンジョ・カンジャンという言葉がよく使われるが、発売当時はこれまでになかった日本からの外来タイプの醤油ということでウェ・カンジャン(倭醤油)と呼ばれることが多かった。今でも年配者にとってウェ・カンジャンは馴染みのある呼び名である。

6.日韓両国でのカンジャン、醤油の利用

東京では、新大久保、上野に韓国食材店が集まっている。K-pop、韓流ドラマの隆盛により、韓国のコスメ、ファッションなどのブランドが日本に上陸し、日常生活の中での文化交流が急速に進んでいる。新大久保にある韓国食材店「韓国広場」「ソウル市場」などでは、数多くの選択肢ある商品が並び、ヤンジョ・カンジャン(醸造醤油)、ジン・カンジャン(陣醤油)、クッ・カンジャン(汁醤油)も入手できる。輸入品であるが、日本の醤油と同等かやや低い価格であるため買いやすい。飲食店などで使うのだろうか、930㎖の大きなペットボトルの棚はよく売れていた。
海外に移り住む日本人の中には、食べ慣れた醤油の味への執着が強く、少々高くても日本の醤油を使うという人が多い。韓国の人の場合、どうであろうか。今回残念ながら、韓国でカンジャンを食べ慣れた後日本に移り住んだという方にお話しをうかがう機会がなかった。在日三世で、祖母の代から飲食業を営んでいた松嶋(孫)あすか氏に聞くところでは、日本の醤油で困ることはなかったのではないかと言う。一世、二世の時代には輸入カンジャンは一般的でなく、日本の醤油を使って問題なく韓国料理を作っていたとのことである。もちろん、顧客の多くが日本人であれば、食べ慣れた日本の醤油で味付けされたもので問題はないはずであるが、カンジャンの料理への使い方によるところも大きいのではなかろうか。韓国料理の中でカンジャンは、うま味を伴う塩味をつける調味料として用いられ、時には隠し味的に、時にはコチュジャンと組み合わせて唐辛子味の強い料理に使われる。カンジャンケジャンのようにカンジャンがなければできない料理もあるが、カンジャンそのものの風味を楽しむ汁物やつけ醤油にあたるものは少ない。そのため、カンジャンと醤油の微妙な差を意識しなくてもよかったのではないかと考えられる。韓国から持ち帰ったチョン・ミョンヒさんの6年物のジン・カンジャン(陣醤油)とセンピョ社のプレミアム・クッ・カンジャン(特選汁醤油)をテイスティングする機会があった。参加した日本人たちは、初めて味わう韓国カンジャンに興味津々であった。6年物のジン・カンジャンは少し濃度があり、確かに風味は違うけれどとてもおいしい、そして汁醤油は、日本の淡口醤油に似ていてしょっぱさはあるけれど味わい深くてこれもおいしい、という評価が寄せられた。韓国に旅行して現地の韓国料理を食べ慣れると、日本で食べるキムチは甘味が強く、チゲは塩味が強いというように、味付けのバランスが異なることに気付く。今後は、本場の料理を食べ慣れて、より本格的な味を家族でも再現しようとする人が増えると思われる。調味料のカンジャンについても、日本の醤油ではなく韓国のチプ・カンジャン(家醤油)をわざわざ取り寄せるという人が出てくるのではないだろうか。
ワインについては、赤玉ポートワインからフランスなど諸外国からの輸入ワインへ嗜好が移り、さらに日本ワインのよさを認識しようという流れがある。イタリア料理については、スパゲッティナポリタンからパスタ・ポモドーロやジェノベーゼといったより本格的な現地の味を求め家庭で再現するという流れとともに、日本人イタリア料理シェフによる、日本人ならではの感性でイタリア料理を昇華させた魅力も語られる。韓国料理についても今後、韓国の本格的な味の再現を求める流れとともに、日本の食材・調味料を使って韓国の人々の舌も満足させるようなテイストに仕上げるという流れの両方が出てくるのではないかと予想する。松嶋氏が主宰する韓国料理教室では、日本で入手可能な食材・調味料を使って韓国の家庭料理の味を楽しめるレシピを提供し人気を集めている。「ハンメの食卓 日本でつくるコリアン家庭料理」(NPO法人コリアンネットあいち編、ゆいぽおと、2013)も同じコンセプトである。モランボンの料理教室も大変な人気であるし、料理研究家コウケンテツ氏の料理本も数々出版されている。日経新聞のランキング調査では、キムチチゲは好きな鍋料理の上位にランキングされ、コチュジャンが冷蔵庫に入っているという家庭も段々と増えているのではないだろうか。小学校の給食にもキムチチャーハンが登場する今日、日本において現時点では韓国料理は外に食べに行くものであるかもしれないが、家庭料理のレパートリーに韓国料理が加わる日はそう遠くないと思う。
一方、韓国での日本の醤油の消費傾向はどうであろうか。日本の醤油は日本食材店のほか、割引店やチェーンスーパーマーケットでは輸入食材売り場の棚に並べて売られている。日本人客の多いデパートの食材売り場では、韓国のカンジャンの棚に続いて様々なタイプの醤油、ポン酢・タレなどの醤油ベースの調味料が売られている。多くは、韓国に暮らす日本人や日本料理に親しむ韓国の人々が買い求めるのであろう。
日本の醤油を食べる機会を韓国で聞くと、寿司、刺身に合わせて、と答える人が多い。日本の醤油と韓国のカンジャンの違いについて聞くと、若い世代では寿司や刺身はよく食べるがカンジャンと日本の醤油の違いを意識したことはない、という意見が多かった。意識して食べ比べたことがあるという人の中からは、醤油は少し色が明るくて、塩分が少なくて味がマイルドな気がする、という意見が出た。
日本人が経営する日本料理店、寿司屋では日本の醤油を一般的に使用するが、韓国人が経営する日本料理屋ではカンジャンを使用することもあるという。関税が高く日本の醤油は相当割高になってしまうため、大きな差がないのであれば日本の醤油にこだわる必要はない。また韓国にもフェという刺身料理があり、スパイシーなタレと並んでわさび醤油につけて生魚を刺身で食べる習慣がある。フェッチッと呼ばれる刺身料理を食べさせる店では、つけダレに向くヤンジョ・カンジャン(醸造醤油)が一般的に使用される。たとえば九州の甘口醤油とセンピョのヤンジョ・カンジャンを比べると、筆者が味わった感想としては、食べ慣れない九州の甘口醤油よりは醸造醤油としての共通性を有するヤンジョ・カンジャンを合わせる方が馴染みやすい気がした。

東京(新大久保)にある韓国食材店では、930mlのクッ・カンジャン(汁醤油。写真左上)とジン・カンジャン(陣醤油。写真右上)が300円前後で売られている
百貨店の食品売り場に並ぶ日本の調味料。照り焼き、すき焼き、しゃぶしゃぶのタレやめんつゆ、ぽん酢など。

7.おわりに

以上、韓国のカンジャンについて、その種類と分類、伝統的な製法、用途、消費者の嗜好などについて述べた。筆者自身は韓国在住経験がなく、地域に長年溶け込んで生活した上での調査ではないことをお断りせねばならない。調査は英語を共通語とし、複数回の韓国調査訪問を行い、韓国で食文化研究を行う韓国人の大学院生とその指導教官、韓国の大学に留学する日本人留学生の協力を得て行った。とくにカンジャンの分類と定義づけには苦労を重ねたところであるが、誤りや解釈の齟齬については忌憚のないご意見・ご指摘を賜り、今後修正を加えていきたいと考えている。ハングル語の発音をカタカナ表現することの限界とアルファベット表記の統一についても今後検討を重ねたい。
日本の醤油と韓国のカンジャンの類似性と相違性に着目し、韓国におけるカンジャンについて詳しく調べたことは、韓国の食文化理解をする第一歩として意味あることだと考えている。「近くて遠い国、また、遠くて近い国」と言われる隣国の韓国には、非常に多くの共通した食材がある。同じ食材であるのに、どうして料理や食べ方がこれほどまでに違うのか、そこにある共通する要素と固有の要素を明確に知ることは、双方の文化理解のためにも、また同じアジアの一員としてアジアの食文化を世界に発信していく上で必要なことだと考える。カンジャンと醤油は英文翻訳では同義のsoy sauceとなってしまう。その違いを英語で表現しようとすると、発音表記、固有名詞の説明、各国の製品規格の問題など、ハングル語と日本語という独自の言語を有する日韓共通の難しい問題に直面する。本文は英語版もWeb 掲載される予定であり、英訳についてのご指摘も遠慮なく頂戴できればと期待している。
アジアには多くのsoy sauceが存在する。フィリピンの濃厚でストレートな塩分を感じるタイプやタイの甘口タイプのsoy sauceに比べると、韓国のヤンジョ・カンジャン(醸造醤油)、クッ・カンジャン(汁醤油)は日本の濃口醤油、淡口醤油に類似していると考えられる。アジアのsoy sauceの分類詳細については今後細かな調査と検討が必要であるが、アジアのSoy Sauce Map的なものが構築できたら面白いと考えている。
最後に、本調査にあたり多大なご協力をいただいた梨花女子大学 栄養学・フードマネジメント学科 食文化研究室Mi Sook Cho教授と研究室のメンバー、大韓食文化研究院のジャンイム・リー院長ほか、取材に協力くださった方々に深くお礼を申し上げる。

梨花女子大学
Mi Sook Cho教授