日本の食生活としょうゆの地域性

日本は、温暖で夏高温多湿な気候であるが、南北に長く、年間の気温、降雨量なども地域により大きく異なる。また、海岸線と山間部でも異なり、各地域の食文化成立には自然環境の影響が大きい。
しかし、昆布のように生産地の北海道より、富山、福井、京都、さらに生産地からはるかに離れた沖縄で多く消費されるなど、歴史的理由などから定着した地域の食もある。このように食物が一定の地域に定着した要因は、単純ではなく容易に説明できない場合もある。今回、しょうゆを視点とした地域の食物について、ヒアリングを中心にその特徴を追う研究が行われた。その具体的な内容は、『しょうゆと郷土料理 郷土料理からみた醤油の地域特性』の報告をご参照いただきたいが、今回の調査結果によると、しょうゆの嗜好には、かなり特徴的な地域差が見られる。

郷土料理は、県ごとにその特徴が語られることが多いが、九州の甘口しょうゆと同様の甘口への嗜好が四国西部でも見られたと報告されている。同じ県でも嗜好は異なり、使用しょうゆの味も異なっているなど、食文化のエリアは県で区切ることは難しく、県単位だけではない別の区分が必要であろう。
また、群馬県のおっきりこみには、味噌味、しょうゆ味、両者の混合した味などが報告されている。昭和初期頃の聞き書『聞き書 群馬の食事』のおっきりこみは、3地域のうち、2地域は味噌味、1地域はしょうゆ味である。その地域では、共同でしょうゆを製造しており、「つくるのに手間がかかり、大切に使い、うどんや煮つけに使うが、もの日や来客のときに使う」とある。日常食かハレ食かを分けてみること、同じ料理でも味噌からしょうゆに変化する時期があれば探ってみることで嗜好の変化を推察できるであろう。

江戸時代の料理書では、菓子には砂糖を使用するが、煮物には砂糖が使われないことが多い。酒は多用されるが、西洋料理のように甘味料はほとんど加えない。江戸後期になると、みりんを使う料理が増加するが、明治期になると料理書の煮物の多くに砂糖が使用される。『東京風俗志』(1899~1902)には、「上方者の辛好きに、江戸ツ児の甘好き」とし、煮物など各種料理のほとんどに砂糖を加えることが流行している様子を伝えている。

昭和初期の聞き書で大分県の家庭や地域共同で製造するしょうゆをみると、6地域のうち、1地域でのみ火入れ後、かんねかずらの根または黒砂糖を入れているが、他の5地域には甘味料添加の記述はなく鹿児島県にも見られない。しかし、神奈川県や群馬県にも黒砂糖や糖蜜を加える地域もあり、歴史的には九州だけが甘味嗜好ともいえないかもしれない。
さらに、調味は煮物など、しょうゆのほかにみりん、さとう、酒など複数を混合する場合が多く、組み合わせのなかでのしょうゆの位置づけについて考慮することも必要となる。また、甘味の感覚は、食経験にも左右されるために、客観的な甘さとは異なる場合がある。東京などの外食店で魚の煮物を食べると、島根県出身の私には菓子かと思えるほど甘く感じる。しかし、今回の調査で見ると、出身地のしょうゆのほうが関東の濃口より甘めだという。今でも我が家の煮魚には、しょうゆと酒か少しのみりんは入れても砂糖はほとんど入れないが、しょうゆは関東の濃口で甘口しょうゆを使用していた記憶もない。

このように食生活は、単純ではないが、しょうゆは日本の食生活にとって重要な調味料であり、しょうゆを中心とした調味料から日本各地の食生活を眺めることで新たな視点が開けることも期待される。