しょうゆ
しょうゆの旨味をつくる酵素の研究
しょうゆは、アミノ酸を多く含んだ調味液で、各種アミノ酸は様々な味に関わっており、その中でもしょうゆの旨味の中心的な役割を果たすのがグルタミン酸です。しょうゆの原料タンパク質は、麹菌がつくる酵素によって、各種アミノ酸に分解されます。グルタミン酸は、この分解により、直接的に生じるもの(経路a)と、同じく原料タンパク質の分解経路で生じたグルタミンが酵素によって変換されグルタミン酸となるもの(経路b)の二通りの経路により作られることが知られています。グルタミンをグルタミン酸に変換する酵素を「グルタミナーゼ」といいます。原料タンパク質中のグルタミンとグルタミン酸の割合は約半々であり、グルタミンは比較的速やかに非酵素的な反応によって、旨味成分ではないピログルタミン酸へと変換されてしまいます。そのため、グルタミン酸含量の高く旨味の強いしょうゆをつくるには、経路bが重要であると考えられています。
麹菌のグルタミナーゼ活性としょうゆ諸味中のグルタミン酸量との間に正の相関が見られることから、しょうゆ醸造では、麹菌のグルタミナーゼが重要であると古くから考えられていました。しかしながら、麹菌のグルタミナーゼはとても不安定で、タンパク質側からのアプローチではしょうゆ醸造で機能する真のグルタミナーゼの特定にまで至っていませんでした。
また、麹菌のグルタミナーゼは耐塩性が低いことが知られており、しょうゆ醸造に適した耐塩性グルタミナーゼの開発も求められていました。キッコーマンではCryptococcus属酵母の耐塩性グルタミナーゼに着目し、遺伝子の同定を行いました。その結果、既知のグルタミナーゼとは異なる新しいタイプのグルタミナーゼ(Gah)であることが分かりました1)。
キッコーマンでは2011年にしょうゆ麹菌Aspergillus sojae NBRC4239のゲノム情報を明らかにし、このゲノム情報を利用し、既知のグルタミナーゼ遺伝子と類似した遺伝子を探しました。その結果、A. sojaeのゲノム上には、上記の新しいタイプのグルタミナーゼ(Gah)を含め10個のグルタミナーゼ遺伝子が存在しておりました2)。そこで、これらの遺伝子の中からしょうゆ醸造で働いている真のグルタミナーゼを明らかにすることを目的に、A. sojaeを用いた単独・多重遺伝子破壊、及びその破壊株を用いたしょうゆの試験醸造、さらに精製酵素による酵素化学的検討により下記の結果を得ました。
- 1しょうゆ醸造でグルタミン酸生成に機能する真のグルタミナーゼは、タイプの異なる4つのグルタミナーゼ(GahA3)、GahB2)、GgtA4)、Gls5))であり、その内3つ(GahA、GahB、Gls)は、麹菌のゲノム解析から見出されたグルタミナーゼでした。
- 2しょうゆ醸造におけるグルタミン酸生成には、新規に発見したグルタミナーゼGahAおよびGahBが極めて重要でした。
- 3酵素の性質を調べた結果、GahAまたはGahBは経路bに由来する遊離のグルタミンだけでなく、ペプチドのC末端に位置するグルタミンにも作用するペプチドグルタミナーゼ活性を有する特徴的なグルタミナーゼでした。高いグルタミン酸含有のしょうゆを得るためには、このペプチドに作用する第3の(経路c)が重要であると考えています6)。
これまで推定されながらも、なかなか明らかにできなかったしょうゆ醸造で機能する真のグルタミナーゼを、酵母由来の耐塩性グルタミナーゼ遺伝子の同定を端緒にして、遺伝子情報を読み取り、活用する「ポストゲノム(ゲノムインフォマティックス)」の手法で明らかにすることができました。しょうゆ醸造で働く麹菌の酵素を特定する技術を発展させることで、しょうゆ醸造で重要な酵素をたくさん作る麹菌の育種を可能にし、よりおいしいしょうゆの開発に取り組んでいきます。
- 1Ito K et al. Biosci. Biotechnol. Biochem., 75, 1317-1324 (2011)
- 2Ito K et al. Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 8581-8590 (2013)
- 3Ito K et al. Appl. Environ. Microbiol. 78: 5182-5188 (2012)
- 4北本 則行ら 特許第4651203号
- 5Masuo N et al. J Biosci Bioeng. 100, 576-8 (2005)
- 6Ito K et al. Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 1832-1840 (2013)