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-よみもの-

第8回 一般の部(エッセー)読売新聞社賞

塩むすび

「はい、じゃあいる人はそろそろ並んでもいいよ。」

この一言を待ちかねていた子どもたちが、わっと一列に並ぶ。

「今日、おかわりした?おかず減らしてないの?」

並びながら、子どもたちが交わす会話。暗黙のルールで、おかずを減らさず食べ、おかわりをした人が優先の列がずらっとできる。

男の子も女の子も関係なく、みんな大好きな塩むすび。この塩むすびを目指して、毎日列ができるのだ。

そう、これは我がクラスの給食の日常風景。給食の食缶にご飯が残ると、ほんの少しだけ塩をふり、ラップを手のひらの上に広げ、塩むすびを握る。味は塩なので、いたってシンプル。それなのに子どもたちは、「おいしい。」と、口々に言い、ぱくつくのだ。

家庭訪問に行ったときも、おうちの方が、

「最近、塩むすびを作って。と、子どもにたのまれる」

という話を、何件も耳にした。私としては、せっかく作っていただいた給食を残したくないという気持ちで、以前からもしていた。しかしなぜか、このクラスでは大ヒットだ。

何度か回数を重ねると、子どもらからのリクエスト。「大」「中」「小」「超ミニ」と大きさを伝える。「ボールみたいな丸」「三角」と、形のリクエストも。

私がおむすびを握っている間、子どもはじっと手元を見つめる。

あるとき、男の子がこんな一言をぽつり。

「先生のおむすび、おいしいんよ。何かね、手から味が出とる。」

いやいや、ちゃんとラップの上で握っているからそんなはずはない。まあ、たしかに、ビタミン愛はたっぷりこめてにぎってはいるが、それが伝わっているのかな。

いつも食缶が空っぽの自慢のクラス。でも、新しい春が近づいてくれば、このクラスも終わりに近づく。しかも、勤務年数の長い私は転勤が決まってしまった。

そして、迎えた最後の給食の日。手間はかかるが、三十三人分、一人一人におにぎりを作った。こうして、元気に笑顔でおにぎりをほおばる姿は、二度と見ることはできない。忙しくてあっという間だったが、思い出となったひとときだった。

そして、いよいよ私が学校を去るお別れの式の日。私に笑顔とパワーをくれていた子どもたちに感謝の気もちをこめて、最後のおくりものを用意した。それは、「おにぎり券」。有効期限は、私がおにぎりを作れる限り有効。いつか、私のおにぎりのことを思い出して、食べたいなと思ったとき、この券を持ってきてくれたら、いつでも作るよと約束した。

シンプルだが、なぜかおいしい塩むすび。そんなおむすびを作っていた先生を思い出してくれたら、それこそ教師冥利に尽きる。

INFORMATION

第8回 一般の部(エッセー)読売新聞社賞
「塩むすび」
森野 直美 もりの なおみ さん(広島県・51歳)
※年齢は応募時

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