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-よみもの-

第9回 一般の部(エッセー)優秀賞

息子に負けた日

古い携帯で撮った動画。息子がまだ2歳の時のものが残っている。

キッチンに椅子を持ってきて、その上に立ってフライパンで何かを焼いている動画。

自信満々に火を使う息子を、ハラハラしながら見守っていたのを今でも覚えている。

幼い頃から料理が好きだった息子は、中学生となった今でもやっぱり料理が好きだ。私が教えてあげずとも、私のレシピブックを勝手に見たり、テレビで料理番組を見たり、インターネットで検索したり。自分でレシピを調べ、時にアレンジしながら様々な料理を作れるようになった。

とは言え、やはり経験がモノをいう。私だってまだまだ負けてはいない。

私だって息子に負けず劣らず小さな頃から料理好きで、4歳の頃からキッチンに立っている。そう簡単に負けるわけがない。

息子の料理の手直しをしては息子をうならせるのが快感であり、自信でもあった。

「行きたい所があるんだけど。」

中学の春休み、息子が行きたいと言ったのは、プロの食材店だった。

「プロ用のパンの粉を使ってみたいんだ。」

そうお願いされ、一緒に買い物に出かけた。

店に着くと、小麦粉だけで何十と言う種類が揃っている。一つ一つ手に取って見るが、目移りしてどれがどれだかわからない。

圧倒される私に対し、息子は冷静に一つ一つゆっくり見ながら、一つの粉を手に取った。

「これこれ。これが欲しかったんだよね。」

どうやらネットで調べ、お目当ての粉を決めていたらしい。

こだわりの強い息子が言うままに、他にもいくつかの食材を購入。帰宅するとすぐにパンをこねだした。

できたのは、チーズ入りのフランスパン。

焼きたてを食べる。パン屋さんで買うものより美味しい!捏ね具合も、見極めが難しい発酵もばっちりだ。

あまりにも美味しくて、みんなで即完食。

材料が違うだけで、こんなにも味が変わるなんて。

後日息子に内緒で、同じ材料で同じレシピで、同じパンを作ってみた。

息子が作ったのがあまりに美味しかったのと、息子に、やっぱり私にはまだ敵わないと言って欲しかった気持ちもある。

私もパン作りは得意だ。

粉とイーストは息子が選んだプロ用の物。レシピ通りの分量。発酵も良い具合。チーズも綺麗に包み、焼き色もばっちり。完璧だ!絶対美味しい!

よし!試食!

焼きたてのパンを頬張ると・・・

あれ?それほど美味しくない?

もう一口食べる。やっぱり前の方が美味しい。

私は苦笑した。材料のせいじゃあない。息子の料理の腕が上がったんだ。料理の腕は、とっくに息子に抜かされていたんだ。

悔しい?いや。嬉しい。

笑いが込み上げてきた。喜びのあまり楽しくなってきた。

息子の成長が嬉しかった。追い抜かされることが、こんなにも嬉しいなんて。

学校から帰ってきた息子が、私のパンを食べた。

「俺のほうが美味しい。」

そう言った息子がとても逞しくて、笑顔が止まらなかった。

INFORMATION

第9回 一般の部(エッセー)優秀賞
「息子に負けた日」
仲西 望 なかにし のぞみ さん(大阪府・43歳)
※年齢は応募時

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