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-よみもの-

第9回 一般の部(エッセー)優秀賞

明日への糧

夫の母は、明るく大らかで美しい人だった。料理も上手で、私達が帰省する折には沢 山のおかずを準備してくれていた。

今回も帰郷の前に、義母に電話をかけると「リクエストは何?」と聞かれた。

「ゆで卵と手羽先とほうれん草を一緒にぐつぐつ煮た、アレをお願いします」

私は、すかさず答えた。

「あんな、どんどん鍋に入れるだけの簡単な煮物でいいの?」「お義母さんの、あの絶品を、ゼヒ!」

私は少しおどけて甘えた。

以前に作り方をたずねたことがある。

「しょうゆとみりんと砂糖を合わせて、ニンニクとしょうがを、ちょっとだけ入れるの」「あとは水を加えて、煮立ったら手羽先を」

私は次々メモをした。

「アクをちゃんと取ると味が良くなるのよ」「ゆで卵は煮汁にころがして、ほうれん草は柔らかくなりすぎないように」

シンプルな中にもポイントを的確に教えてくれた。

心尽くしのごちそうに思いをはせると更に、帰省が待ち遠しくなる。

翌朝早く、夫の妹から電話がかかってきた。

「母が今朝、亡くなりました」

何を言っているのか、よく分からない……。

「本当に、急だったのです」

義妹は気丈に続ける。

義母と居間で、天気のことなどをごく普通に会話しているうち、突然、言葉がとぎれて、義母はそのまま、逝ってしまったというのだ。

すぐに夫と家を出た。

夢中で車を飛ばした。

連れ合いを早くに亡くし、養護教諭として勤めながら、二人の子供を育ててきた義母。私を単なる「嫁」というくくりでは無く、息子の人生のパートナーとして、重きを置いてくれた。

「いつも息子を助けて頂いて、御礼の言葉もありません」

誕生日に、プレゼントに添えられたメッセージ。

深く、心に染み入った。

とても尊敬し、日頃より慕っていた。

家に着くと、葬儀社がしつらえた布団に、義母が横たわっていた。ただ眠っているだけのように見える。

でも何度声をかけても、いつものように「あら、お帰り」と迎えてはくれない……。

台所から煮物のにおいがしてきた。食卓に私がねだったおかずがのっている。

お菜を口に運んだ。甘辛い煮汁がのどに流れこむ。涙があふれてくる。

悲しくて、美味しい。この味を忘れない。

これから生きてゆく心と身体の糧だ。

「おかあさん、ありがとうございました」

感謝の思いは義母に届いたと信じている。

INFORMATION

第9回 一般の部(エッセー)優秀賞
「明日への糧」
小梁川 道子 こやながわ みちこ さん(宮城県・57歳)
※年齢は応募時

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