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-よみもの-

第10回 一般の部(エッセー)優秀賞

ちょっとの味

「ねえ、ちょっと冷めちゃうから早く来て。」「まだちょっと残ってるわよ。」

母は「ちょっと」が多い。そして母の作る料理もちょっと多い。昔からそうだった。

「食べることは生きること。」「食べないと死んじゃうよ。」

これが母の口癖だった。おかげで私は病気にかかることなく学生時代は皆勤賞。それは母の自慢でもあった。

しかし、私にはちょっとした悩みがあった。それはちょっと太っていることだ。デブ。ブタ。そうやって男子によくからかわれた。

小学生のうちはそれでも良かった。しかし、高校生になるとそんな容姿が大きなコンプレックスとなった。

痩せたい。その思いから極端に食事を減らし始めた。米や揚げ物は太るから食べない。その代わり野菜だけを食べる。そんなことをしているうちに、私は食べること自体を拒否するようになった。

しかし、母にはそんな姿を見られたくない。だから、朝練だと嘘をついて母が起きる前に家を出た。もちろん何も食べずに。

「ねえ、ちょっと、ちゃんと食べてるの?」

ある時、私の腕をつかんで母が言った。すでにその時、五十五キロあった体重が四十三キロまで落ちていた。

「食べてるよ。」

しかし、母には通用しなかった。

「ちょっと待ちなさい。こんなガイコツみたいな体!本当に死んじゃうわよ!」

ガイコツ。その言葉は頭を突き刺すほどの衝撃だった。そして母は私の筋ばった足や骨の出た肩を触り、「なんなの、この体は。」と言った。もう泣いていた。はじめて見る母の涙。その時わかった。私のしていることは母をこんなにも傷つけているのだと。

それから病院を受診し、摂食障害との診断を受けた。これ以上痩せていたら生命の危機だと言われた。母の言う通り、食べることは生きること。食べなければ人は生きられないのだ。

母はその日、筑前煮と玉子焼きを作ってくれた。

「ほら、煮物好きじゃない?食べてみたら。」「でもやっぱり、ん・・・・・・。」「じゃあ、玉子焼き。ちょっと食べてみる?」「え、何いれたの?」「ちょっとだけ、お砂糖ね。」「えー、やだ・・・・・・。」「ちょっとだけでいいから。ねえちょっと。」

母の顔に負けて私はちょっと口に運んだ。うむ。ちょっと甘い。でも、おいしい。思わずまた箸をのばした。母もそれを見てホッとした様子だった。「これもちょっと。」「それもちょっとね。」

こうして私が回復するのに時間はかからなかった。どれも母のおかげである。

母の「ちょっと」を重ねる先に「もっと」食べたい自分がいた。そして昔みたいに明るく元気な自分がいた。

いま、天国にいる母に伝えたい。ねえ母さん、聞いてる?あの時の玉子焼き、ちょっと教えて欲しかったな。

INFORMATION

第10回 一般の部(エッセー)優秀賞
「ちょっとの味」
見澤 有美 みさわ ゆみ さん(埼玉県・34歳)
※年齢は応募時

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