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-よみもの-

第4回 入賞作品

スパイシーカレー

カレーにさ、ソース入れて食ってみな。ウメーよ。カレーがスパイシーカレーになるぜ。

社員食堂で一番安いカレーを食べていた私に先輩であるトミさんが声をかけてきた。

ホントですか?いやあ俺は良いですよ。

先輩ではあるが、中途入社の私と新卒で入社したトミさんの歳は同じだ。

いいからだまされたと思ってやってみろよまずかったら明日の昼は俺が払うから。

結構強引な言い方に押されて、恐る恐るタラタラとかけまわしてみる。少ねえなあ、もっと男らしくガツッとかけろよ。とぶつぶつ言っているのを聞こえないふりをしてカレーを口に運ぶ。

うまいっ。

これ旨いですね。ピリッと辛みが増してこりゃあいいや。確かにスパイシーカレーだ。

がぜん食欲を増してモリモリ食べているとニコニコしているトミさんと目が合った。

お前とこんなに話したのは初めてだよな。あれか?お前は人嫌いか?

にこやかな表情で聞きづらいことを聞いてくる。それに私はこう答える。

人見知りは多少しますけど、人嫌いではありませんよ。現に今美味しいし楽しいし。

トミさんはさらに表情を崩し、細い目は糸のようになった。トミさんが言うには入社して一週間というもの、業務以外でほとんど他の人としゃべらない私が気になっていたらしい。

次の日からはトミさんやその仲間と一緒に昼をとるのが日課になった。

冗談とも軽口ともいえない掛け合いを仲間としつつ、変わった食べ合わせを教えあい、こりゃあいけるだの、最悪だだの言い合いつつ食べるご飯は美味しかった。

しばらくそんな時間をすごしていて気が付いたのが、トミさんはとても人に気を使う。

元気が無かったり、私のように新人が仲間となじんでいなかったりするとアルミのお盆を持ちながらその人のテーブルに行って、話しかける。

すごいですね、なかなか出来ることではないですよ。というと彼は、持ち上げても何も出ないし、あれだよほらメシは笑って食った方がウマいだろ?との事。

豪快に見えて繊細なトミさんに私はしびれて憧れた。

あれから二十年以上たち、今、私は会社を変わり、トミさんとも年賀状のやり取りくらいしかしない。

部下や後輩がしょんぼりしていたり、いつもと様子が違うと下らない冗談を持ちかけている。苦笑されたり喜ばれたり煙たがられたりいろいろな対応をされるが、そんな時私は、カレー元々の丸い辛みとソースの鋭い辛みやいろいろな味わいが一体になったあのスパイシーカレーとトミさんの細い目を思い出している。

INFORMATION

第4回 入賞作品
「スパイシーカレー」
菊池 啓さん(東京都・45歳)
※年齢は応募時

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