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-よみもの-

第16回 一般の部(エッセー)優秀賞

雪国からの贈り物

 新潟県十日町市に住む親戚と時々電話の交換をしている。連日、積雪量がテレビで報道されて雪国の暮らしの厳しさを想う。時には交通が麻痺して延々と渋滞し、それが数日間続く。屋根をはるかに超えて雪下ろしにご苦労している様子もテレビのニュースで見る。そんな映像を申し訳ないと思いながら、私は案じつつ東京で暮らしている。

 いつものように電話をかけた。「今年の冬は特別雪が多く、まだまだ家の周りは雪に覆われているよ。春が来るのが待ち遠しい」と雪国に住む厳しい現実を訴えていた。

 春まだ浅い三月のある日、十日町からフキノトウが届いた。土がついていた。雪がとけたばかりの大地にわずかに芽を出したばかりのフキノトウを摘んで送ってくれたのだろう。お気持ちに感謝して、丁寧に洗ってほろ苦い春の香りを頂くことにした。先ずは天ぷらに、カラッと揚げて塩でいただく。次はフキ味噌をちょっと甘めに作り、里芋の衣被やコンニャクにつけて。油でいためてしょうゆ味のつくだ煮。

 それからしばらくして、コゴミやウド、タラの芽が段ボール箱に入ってやってきた。東京では手に入らない春の味覚。有り難い。これらも天ぷらは最高。そして、コゴミはゆでてマヨネーズやおひたしに。または豚肉やベーコンと炒めて、ウドはワカメと酢味噌あえにしていただいた。またある時はアスパラガスが届いた。緑濃い新鮮なアスパラもいろいろな食べ方を楽しめる。天ぷら、肉巻き、パスタに。一気に春の訪れが感じられる。沢山いただいたので近所の皆さんにお裾分けして、皆さんと雪国の山菜をご馳走になった。

 送ってくださったのは娘の結婚相手のお母さん。私たち母親は元気でお義母さんは時々息子の家族を訪ねて上京した。一緒に映画をみたり日帰りバス旅行を楽しんだ。

 それから間もなく、娘は癌を宣告され闘病生活になった。きびしい治療中、自宅で過ごせる大事な時間に送っていただいたコゴミやタラの芽を天ぷらに揚げ、新潟の妻有そばを茹でて娘と二人「美味しい。美味しい」と頂いた。寛解を信じて一生懸命闘っていたが、残念ながら数か月後に黄泉の国へ旅立った。娘といただいたあの時のあの味、あの時間は格別だった。

 あれから十年が過ぎた。そして私たち母親は共に八十をいくつか超えてお義母さんは施設にお世話になっている。私は高齢者特有の脊柱管狭窄症や変形性膝関節症で杖が手放せない状態だ。自分のことさえ思うに任せないで周りの人たちに支えられている。

 今まで様々な美味しいものと出あい堪能した。然しあの日、あの時の娘といただいた雪国の山菜の天ぷらと妻有そばは格別の味わいだった。その季節が来るたびにあの日を想いだし亡き娘を偲んでいる。

INFORMATION

第16回 一般の部(エッセー)優秀賞
「雪国からの贈り物」
井口 和子(いぐち かずこ)さん(東京都・82歳)
※年齢は応募時

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