
Readings
-よみもの-
第16回 一般の部(エッセー)優秀賞
どか盛りクッキー
これでもかと隙間なく入れられたクッキー、はち切れそうな入れもの。母が作るお菓子は、昔からずーっとどか盛り。特に私の大好きなクッキーは、可愛い見た目で、量はぜんぜん可愛くない。こんなに食べれんよ、と言うと、母は決まって「やせ細って死んでしまうで!」と怒る。
私は高校三年生の夏、部活中に膝の靭帯を切ってしまい、手術と一か月の入院が決まった。最後の大会に出場できず、ちょうど受験期と重なった。へっちゃらだと思っていたし、あまり何も考えていなかった。
しかし、手術後は膝がズキズキと痛んで眠れず、病院食もあまり喉を通らなかった。さらに、数日経つとコロナにより面会は禁止に。一日中ぼーっとして、毎晩泣いていた。
手術後、会うことは出来なかったが、母は仕事終わりにいつも来てくれた。日用品にプラスで届いたのは、見慣れた私の大好物。文庫本ぐらいの高さの瓶だったと思う。中にはフロランタンが縦に詰められ、ちょっとあまった上のほうにディアマンクッキーが並べられていた。ずっしり重くて、「相変わらずじゃん」と最初は笑った。でも瓶を開けて、一口食べると涙があふれた。ディアマンクッキーは厚くて、口に入れるとホロホロとこぼれる。フロランタンはザクザク。アーモンドの香ばしい風味が下のクッキー生地とよく合った。いつもと同じ味のはずなのに、やけに甘くておいしい。食べる手も、涙も止まらなかった。ベッドにかけらがたくさん落ちていった。どれだけ食べても底が見えないことが心強かった。何も本音を話さなくても、母は私の不安もやるせなさもすべてを読み取っているのかもしれない、と思った。
瓶を見ながら、私は小さいころの記憶をたどった。
私は、小さい頃は体が弱く、やっと歩けるようになったと思えば高熱ではいはいに戻ったらしい。あの時は泣き崩れたと、母はよく言う。そういえば手術後は、「手術室から出てきたあんたの顔が忘れられん」とよく言っていた。大袈裟じゃなーと返すと、「あんたも子どもができたら分かるわ」と笑っていた。母から見た私は、いまだか弱い子どものままなのかも。「やせ細って死ぬ」は、半分冗談、半分は本気。そんな母の心配性が生み出したのが、「どか盛り」なのかもしれない。
いつまでも下を向いていたら今度はダンボールで届くんじゃないかと思って、泣くのをやめ、それまで病室の端に投げていた参考書を手に取った。それからの病室に響いたのは、「ぼりぼり」と「ガリガリ」という音。退院後も母のお菓子をつまみながら勉強し、第一志望の大学に合格した。
今、私は大学生。一人暮らしをしている。最近お米をねだったところ、一緒にディアマンクッキーが30個ぐらい届いた。「おまけね!」のメッセージ付きで。おまけの量じゃないけど。でも、ぎゅうぎゅうに詰められているのは、クッキーだけじゃないんだとおもう。
INFORMATION
「どか盛りクッキー」
青井 空(あおい そら)さん(兵庫県・20歳)
※年齢は応募時
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