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-よみもの-
第16回 一般の部(エッセー)優秀賞
父とたけのこと私
数年前、鹿児島の実家に帰省した時は、ちょうどたけのこが旬だった。家の裏手には、かつて竹林があったため、春になると今でもたけのこが生えてくる。
鍬を担いだ父と二人で家の裏に回り、地面を一歩一歩踏みしめながらたけのこを探す。
「あ、これ、たけのこかも!」
「おぉー、よく見つけたね。立派なたけのこだ」
父はそう言うと、鍬でたけのこを掘り出してくれた。
生まれて初めて見る、掘りたてのたけのこは、太くてずっしりと重く、ちくちくした厚い皮で大事に守られているかのようだった。
ここに登場する父は、実は夫の父親である。つまり、私にとっては義理の父ということになるのだが、父親のいない家庭で育った私には「唯一無二の父」なのだ。
生後6か月で両親が離婚したため、私には実の父の記憶がまったくない。母は一生懸命に働きながら、私を育ててくれた。父親がいなくても寂しい思いをしたことがないと言えばウソになるが、成長するにつれて、私には父親がいないという現実をごく当たり前に受け入れられるようになった。
35歳で結婚し、とうとう私に義理の父ができた。「お父さん」と初めて呼んだ時の、なんとも言えないくすぐったさと嬉しさを今もまだ覚えている。そして、その父と初めて二人でやったこと、それがたけのこ掘りだった。
自分が父と何かをする日が来るなんて、夢にも思っていなかった。たけのこを探しながら、お腹の底からじわじわと温かい気持ちが湧き上がってきて、しみじみと幸せだなぁと感じた。
翌朝、実家を出発する際に持たせてもらったのは、母が一晩かけて丁寧にあく抜きしてくれたたけのこと、私の大好物である父特製の甘いたまご焼き。車と飛行機を乗り継いで帰る長旅なのに、たけのことたまご焼きの重さは不思議と感じなかった。
自宅に帰ってからは、夫婦二人でたけのこを食べる毎日が続いた。炊き込みご飯、お味噌汁、炒め物に揚げ物。どう料理してもおいしくて、飽きずに最後までいただき、思い出とともに私たちの身体の一部になってくれた。
八百屋さんやスーパーの店先にたけのこが並ぶ季節になると、あ日の記憶が必ずよみがえる。父が元気なうちに、また何度でも一緒にたけのこ掘りをしたい。
「お父さん、またたけのこを探しに行こう」
INFORMATION
「父とたけのこと私」
市原 美穂(いちはら みほ)さん(千葉県・43歳)
※年齢は応募時
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