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-よみもの-

第16回 一般の部(エッセー)優秀賞

セロリがつないだ縁

 その日、私はいつもと同じように早朝の農道を散歩していた。目の前には軽トラックが一台。荷台には株のままのセロリがたくさん積まれていた。そのセロリをみた瞬間、気がついた。それは最近、近所の農産物直売所でみつけるたびに欠かさず買っているセロリと同じものだということに。ポケットの中には飲み物を買うための五百円玉が一枚入っている。畑をみると、故郷の両親と同年代のご夫婦がふたりでセロリの収穫作業を行っていた。

 私は畑に向かって「変なお願いなのですが、五百円で買えるだけのセロリを分けていただけませんか。」と声を張り上げた。

 見ず知らずの人に突然声をかけられたご主人はとても驚いた様子で「とったばかりで泥もついているし、カタツムリもいるかもしれないよ。お金はいらないから好きなだけ持っていきなさい」と返事をくれた。奥様の方は「いつもこの辺りを散歩しているよね。セロリ、好きなの?」と笑顔で応じてくれる。

 そこで私はふたりに事情を説明した。都会で育った自分が知っているセロリは葉っぱなんかついていなくて、3本くらいに小さくまとめられた姿であったこと。店で初めてみたとき、それがセロリだとわからなかったこと。大きなセロリを目の前に、食べ方を一生懸命考えたこと。濃い緑の葉っぱは炒め物、若い葉はサラダ、茎の部分はそのまま食べるだけではなく、ピクルスやきんぴらにして、一株でいろいろ楽しめて感動したこと。それからすっかりセロリに魅了されて、同じ生産者の商品を購入しているが、軽トラックに積まれたセロリをみて、「あのセロリと同じだ」と確信して、思わず声をかけてしまったこと。

 はたして私の直感は当たっていた。そのご夫婦こそ、私が愛してやまないセロリの生産者だったのだ。この縁を喜んだご夫婦はなおのこと、お金はいらないから持って行ってと言ってくれたが、その時の私はどうしてもこれからセロリにつけるのと同じ金額を受け取ってほしいと頼み、二株のセロリを分けてもらった。とりたてのそれはいつも以上にみずみずしくてたまらなくおいしかった。

 あれからもう十年以上、お二人との縁は続いている。「トマト狩りにおいで」「めずらしいジャガイモを植えてみたよ」「あなたの大好きな果物がとれたよ」とことあるごとに声をかけてくれる。ふたりが大切に育てた野菜や果物を余すことなく食べつくすのが何よりも楽しい。

 今でも時々、初めて出会ったときのことが話題になる。「いくら好きでも、トラックに積んだセロリをみて、いつも食べているのと同じだとわかるとはね」とご主人が嬉しそうに言う。「畑でお金を払いたいなんて言われるとは思わなかった」と奥様が笑う。お二人と出会えたことは、私にとって一生の宝物だ。おいしいセロリがつないでくれた不思議な縁をこれからもずっと大切にしたい。

INFORMATION

第16回 一般の部(エッセー)優秀賞
「セロリがつないだ縁」
田中 典子(たなか ふみこ)さん(東京都・49歳)
※年齢は応募時

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