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-よみもの-

第16回 一般の部(エッセー)優秀賞

捨てられないマスキングテープ

 婚約指輪や友達からの手紙、大事なものをしまってある小さな引き出しに、裏表にマスキングテープが貼られた封筒がある。58㎝にちぎられたマスキングテープは封筒いっぱいに貼ってあって、そこにはマジックでそれぞれ「キーマカレー」「なす炒り」「ナン(チーズ入り!)」「お好み焼き」「小松菜の煮浸し」等の料理名と、時々猫のイラストが書いてある。

 

 地元から離れ、東京で就職した私は、朝が早く残業が多い職場で体調を崩した。とにかく眠りたくて、昼休憩はデスクに突っ伏して寝て、朝も夜も食事の時間を睡眠にあてていた。職場で時々配られるおやつと、トイレついでに買うコーヒーだけで過ごしているうちに、休日にも段々食事がとれなくなっていった。

 帰省した時に、私のやせ具合に驚いたのだろう。東京に戻ってから、定期的に実家からクール便が届くようになった。その中には小さくわけられた沢山の包みが入っていて、1つ1つに貼られたマスキングテープに書かれていたのは懐かしいおかずだった。

 なす炒りは小学生のころからの大好物で、何包みも入っていた。栗ご飯は同居の祖母がいつも秋になると作ってくれていたもので、栗が好きな私のために「ご飯栗」といったほうがいいくらい栗の量を多くして包んである。2個ずつ冷凍されていた餃子は、実家では家族総出で包む休日のイベントで、小さい時には半分にした両サイドを折って「お雛様」を作ったりしていた。懐かしい思い出に励まされるように、はじめは1包み、今度は魚料理と野菜料理、次は炊き込みご飯、と少しずつ食べる量を増やして、私は食べられるようになっていった。

 小さなおかずたちに貼られていたマスキングテープを捨てられなくて、一緒に入っていた封筒に貼っていた。文字を書くのが好きじゃない母に代わって父が書いたのだろう文字。おかずはいつも母が作っていたものだったけれど、時々カレーとともに入っているナンは父が作ったらしく、マスキングテープに描かれた猫が主張している。捨てられないマスキングテープは封筒の表裏を埋め尽くした。

 

 その後転職し、結婚。忙しくとも食事を抜くことはなくなり、夫婦二人の食事の時間は削るべき無駄な時間ではなく、欠かせない楽しみの時間になった。結婚4年目で夫が単身赴任になると、夫の体重は大台を超え、健康診断で指摘が入った。忙しいからと中々改善されない夫の食生活に、彼の健康状態が不安な私は、保存容器に入れて冷凍したおかずを送り始めた。夕食にできるもの、冷凍したまま持っていけばお弁当になるもの。土日のたびに大量に作っては冷凍してクール便で送っていた。

 

 引っ越しの時、夫が小物を入れているクッキー缶に、たくさんのマスキングテープが貼ってあるのを見つけた。よく見ると、単身赴任中に私が送ったおかずに貼っていたマスキングテープだった。作ってもらったおかずと、作ってあげたおかず、双方に関わる記憶が思い出されて、涙腺が緩んだ。食事と、そこに込める愛と込められた愛情で、今も生きている。

INFORMATION

第16回 一般の部(エッセー)優秀賞
「捨てられないマスキングテープ」
花岡 萌(はなおか もえ)さん(東京都・41歳)
※年齢は応募時

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