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-よみもの-

第16回 一般の部(エッセー)優秀賞

三角形の救世主

昨年、第一子となる息子を出産した。

出産後は昼夜を問わない頻回の授乳やオムツ替えに追われて常に睡眠不足。夫は育児休暇もなく仕事で帰りは遅いため、一人で対応。産後の身体を労る時間などない状態でずっしりとのしかかる、小さな命と向き合うことへの責任。

健康には自信のあった私だけれど、高齢と言われる年齢での初産だったことも一因なのか心身への負担は想像以上に大きかったようで、出産して3ヶ月ほど経った頃には鬱っぽくなってしまった。

実家を頼ることを考えたものの、首も座っていない乳児を連れて新幹線の距離を移動する気力も体力も持ち合わせてはいなかった。誰にも相談できず、ただひたすらに孤独で苦しい時間が目の前を通り過ぎるのを堪えるしかなかった。

 

そんな時だった。

「育児の合間にでも食べてね。体調管理にはくれぐれも気をつけて。」

メッセージが添えられて、筍の皮にくるまれた可愛い三角形たちが私の元に届いた。離れた場所に住む実母から送られてきた手作りの肉ちまきである。

材料はもち米、椎茸、鶏肉、海老。一口食べれば香ばしい匂いが広がって実に味わい深く、物心ついた時から私の大好物だ。

実家で暮らしていた頃、この肉ちまきはよく食卓に並んでいた。振り返ってみると、子供時代の思い出の様々な場面で肉ちまきの存在を感じられる。

 

私が社会人になり一人暮らしを始めてからは、肉ちまきはクール便で年に1,2回ほど届けられるようになった。

この届くタイミングというのが実に絶妙で、母には何も話していないにも関わらず、まるで私が元気のない瞬間を狙っているかのように、感情が下降気味の時に届くのだ。

仕事で失敗して落ち込んだ時も、人間関係がうまくいかず消えたくなった時も、肉ちまきは私に寄り添ってくれた。

私は不思議に思いつつも内心ひそかに、三角形の救世主、と呼んでいる。

 

そんな産後うつ真っ盛りの私に届いた、いつもの三角形たち。

筍の皮を剥いで、茶色く味付けされたもち米や具材と対面する。スプーンですくって口に運ぶと、一気に広がる香ばしい匂い。ほとんど寝ていない身体にしみわたる、変わらないやさしい味。

私は泣いた。涙があふれて止まらなかった。寝かしつけた息子を起こさないよう静かに、でも全身で思いきり泣いた。人体がこんなにもたくさん涙を製造できることに感心しながら泣き続けた。

どれくらい時間が経っただろうか。肉ちまきをほおばりながら流した大量の涙により、心と身体はすっきりしていた。涙が止まった頃には、今日からまた頑張ろう、小さな命をこの手で大切に守っていこう、そんな気持ちが全身にみなぎっていた。

 

そうだ、母に肉ちまきのレシピを教わって、息子に作ってあげよう。この三角形をつないでいこう。

産後初めて食べた母の肉ちまきは、生み出した命と向き合う勇気と未来への希望を私に宿してくれた。

私の救世主、小さな三角形との物語はこれからも続いてゆく。

INFORMATION

第16回 一般の部(エッセー)優秀賞
「三角形の救世主」
山本 くみこ(やまもと くみこ)さん(東京都・45歳)
※年齢は応募時

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