
Readings
-よみもの-
第16回 一般の部(エッセー)優秀賞
あの日のあんパン
スーパーやコンビニに並んだたくさんの商品から、自分の好きなものを選ぶ。当たり前のような日々の買い物の中で、わたしはときどき、ある出来事を思い出す。
小さい頃のわたしは甘い物が大好きで、特にクリームたっぷりの洋菓子などには目がなかった。母の買い物について行って、好きなパンを選んでいいと言われたら、商品が並んだ棚の前を往復しながらウンウン迷って、結局いつもクリームパンを手に取るような子どもだった。
14年前の3月、わたしは小学1年生だった。授業を終えて、帰りの会の支度をしていた頃、突然地面が大きく揺れた。7年しか生きていない小さな体には耐え難い衝撃だった。
わたしの住む地域は、幸い津波の被害には遭うことはなかったが、電気も水も使えない状況は何日も続いた。幼かったから、当時のすべてを覚えているわけではないが、そんな中でも強く印象に残っている出来事がある。
それは、母と一緒に近所のスーパーに行ったときのことだ。小さな店内には人が溢れていた。一方通行の狭い通路を、母にしがみつきながらゆっくりと進んだ。パンのコーナーが近づくと、少しだけ道幅にゆとりができたので、わたしは一人で人混みの中にもぐりこんだ。
パンの棚はほとんど空だった。背の低いわたしの目の高さでは、一番上の段は見えない。もしかしたらそこには何かあるかもと期待を込めてかかとを上げると、目の前にひとつ、パンがあった。思わず手を伸ばして掴んだ。わたしの好きなクリームパンではなく、普段はほとんど食べたことのないあんパンだった。
視線を感じて顔を上げると、すぐ近くに、女性が立っていた。カゴを持っていない方の手が棚の上のあたりに浮いていた。あんパンに手を伸ばそうとしていたのだとわたしが気付くよりも早く、その女性は手を引っ込めて、何事もなかったかのように棚から離れていった。
「お嬢ちゃん、それ早く持っていきな。」
別の女性にそう声をかけられて、わたしは弾かれたように人混みを抜け、母の元へパンを持って走った。
今のわたしなら、わかる。あのスーパーに売っていたパンは、あんパン1つだけだったのかもしれないということ。ほとんどの人が甘いものなどしばらく食べていなくて、みんなが欲しがっていたこと。それでも小さな子どものわたしに、周りの大人が譲ってくれたこと、きっと譲りたくなかった人もいたこと。幼いうちには気づけなかった沢山の優しさのおかげで、震災を乗り越えることができたこと。
あの日、家に帰って、あんパンを食べた。カップラーメンやレトルトのお粥だって当時はありがたくおいしかったはずだけれど、ふっくらと柔らかいパンとほんのり甘い滑らかなあんこは、身体だけではなく心にも優しく沁みた。涙が出るほどおいしかった。
今のわたしは、パンのコーナーで背伸びをするどころか、下の段の商品を手に取るために屈むほど大きくなった。相変わらずわたしはクリームパンが好きだけれど、たまにはあんパンを食べてみようと思う。あのほっとする甘さは、14年前のわたしが包まれていた優しさとよく似ている。
INFORMATION
「あの日のあんパン」
庄子 侑里(しょうじ ゆり)さん(宮城県・21歳)
※年齢は応募時
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