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-よみもの-

第16回 一般の部(エッセー)読売新聞社賞

元気のバトン

 四月下旬になると田んぼに水がはられ、田植えが始まる。田んぼの水が自然を映す鏡になる。その鏡には、新緑をまとった木々の緑や春の青空やシラサギが映って、とてもきれいだ。夜になると、家々のオレンジ色の灯りや電柱の黄色い灯りが、辺り一面の田んぼの水に映り、まるで、お祭りのように華やかだ。心が「わあっ」となる。蛙が一斉に鳴き出し蛙の鳴き声が夜を支配する。

 私の家の周りは田んぼに囲まれている。私が小学生の時、近くの川の堤防が決壊した。九月の運動会の前日だった。深夜一時ごろ、けたたましいサイレンの音が響いた。降り続く雨のせいで、近くの川が増水し、堤防が決壊しそうなのだという。防災無線では、避難の準備を始めるよう、繰り返し呼びかけられた。真っ先に避難をしたのは、「米」だった。近所の農家の家々では、大人から子供まで家族総出で米の袋を納屋から家の中の座敷や廊下に運んだ。稲刈りが終わったばかりで、今年収穫されたばかりの新米の袋が納屋に積み上げられていたのだ。お米が濡れたら駄目になってしまう。雨の中のお米の運び出しが始まった。皆、びしょ濡れだった。お米が濡れないように、一人が傘を持ち、傘はお米にさされた。お米を守るために、皆が必死だった。お米は、一袋三十キロもある。後で聞いたら米の袋を百袋以上も運んだそうだ。

 次の日、川は決壊した。私の家は、ギリギリのところで、浸水の被害をまぬがれたが、二キロ先の親戚の家は、浸水してしまった。近所の荒川さんが、新米を持ってきてくれた。雨の中、皆が必死に守ったお米だ。早速、祖母は、新米を炊いた。炊きあがった新米は、白くて、きらきらしていて、炊きたてのお米の甘ーい匂いがして

「さすが、新米は違うねえ。」

と母と同時に言ってしまった。祖母が、湯気がたっているご飯に鰹節をかけ、お醤油をぐるりとかけた。私は、しゃもじでそれを混ぜた。祖母が

「お醤油のおにぎりは冷めてもおいしいんだよ。」

と言った。祖母が私に握りたてのホカホカおにぎりを渡してくれた。食べるのがもったいないほど大事なお米で作られたおにぎり。私は、おにぎりを見つめた。一口食べると、鰹節の香りとお醬油のうま味が口いっぱいに広がって

「おいしーい」

と思わず笑顔になった。祖母と一緒に復旧作業をしている親戚の家におにぎりを差し入れした。川の水をかぶってしまった街は、泥とホコリまみれで何とも言えない悪臭がした。そんな中で、皆、おいしい、おいしいとおにぎりを食べた。おにぎりを食べながら

「命は助かったんだから、がんばっぺ」

と口々に言い合った。新米のおにぎりが皆のお腹だけでなく心も満たしていく。お醬油おにぎりが元気のバトンになった。

INFORMATION

第16回 一般の部(エッセー)読売新聞社賞
「元気のバトン」
染谷 真由(そめや まゆ)さん(茨城県・17歳)
※年齢は応募時

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