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-よみもの-
第17回 一般の部(エッセー)優秀賞
母が遺した美味しい記憶
段ボールの中にはなかなか捨てられない、膨大な母のメッセージがある。用済みの大きなカレンダーを葉書サイズくらいに切ってメモ用紙にしたものだ。週に5日、約4年間ほぼ欠かさずだからものすごい枚数である。すべて「お帰りなさい。お疲れ様」で始まり、その日の献立と食べる時の注意点などが記され、最後は必ず「先に休みます」で終わっている。
母は昨年の2月、95歳で穏やかに天国へ旅立った。それまでの4年間、僕は母と二人で暮らした。
父は37歳の若さで突然この世から消えた。以来60余年、母は一人で幼い僕と姉を育て上げ、働き抜いて生きてきた。そして5年前に姉が癌にやられて帰らぬ人に。小さなアパートで比較的元気にひとり暮らしをしていた母ではあったが、このまま最後まで一人にさせてはおけないと強く思った。我が家は車椅子生活の妻のお母さんを自宅介護していたから、母の最後の年月を二人で暮らしてやりたいと妻に伝えた。
僕が営む飲食店のすぐ近くにアパートを借り、母と息子の二人暮らしがスタートした。
部屋の掃除、毎日のダスターやエプロンなど店の物の洗濯、そして僕の晩ごはんを作っておくことが母自身のレゾンデートル=存在理由になり、毎日生き生きと、規則正しく暮らした。自分が負担をかけるだけの存在じゃなく、ちゃんと役に立っているという意識が、彼女に生きる活力を与えているのは明らかだった。
母はもともと料理が大好きだ。夜中に帰ると毎日テーブルの上には、きちんとラップされた手間ひまかけた手料理とメッセージが置いてある。
『今日はマーちゃんの好きな豆ごはんとかす汁です。かす汁は大きなお鍋から小さいお鍋に食べるだけ取って火にかけてください。ニシン茄子は冷たいままでも美味しいよ。豆ごはん、上手に炊けてよかった』
『今日はコロッケを作りました。ちょっとジャガイモ湯がきすぎたかも。ミンチがちょっと少なくてごめん』
『テレビでやってたマーボーとうふに挑戦してみました。美味しくなかったらごめんね』
『今日は得意の筑前煮です。美味しいと思うよ』夜中に抜群に旨い筑前煮を食べながら、ふと思い立って食材をひとつずつ並べてみた。鶏肉、蓮根、人参、小芋、蒟蒻、竹輪、牛蒡、筍。実に8種類の具材をすべて2センチ角くらいに切って煮ている。「ようこんなめんどくさいことするなぁ」
『玉ねぎとミンチのオムレツ作りました。少しだけチンしてください。冷蔵庫に冷ややっことお漬物あります。いつもみたいにドボドボおしょうゆかけ過ぎないように』 『マーちゃんの好きなエビフライです。どうしてもまるまってしまいます。腹立ちます』
すべていちから作る正真正銘の手料理だ。
時々メッセージを読み返すと、「朝、目が覚めたらな、真っ先に今日のマーちゃんの晩ごはん何にしようって考えてるねん。もういやになるわ」と、嬉しそうに笑ってた母の顔が鮮明に蘇る。
INFORMATION
母が遺した美味しい記憶
松田 正弘(まつだ まさひろ)さん(京都府・68歳)
※年齢は応募時
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