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-よみもの-

第17回 一般の部(エッセー)優秀賞

たらればがに

「今日はこれをあんたにあげよう。好きなように食べたらいいよ」


 高校の部活帰り、空腹で祖父母の家に寄り道をすることが時々あった。

 交友関係の広い家で、時に珍品にありつけたものだが、この日は本当にヤバかった。祖母に差し出された「これ」は相当に重厚感のある缶詰で、デカデカと『たらばがに』と書かれているのだ。どうやら贈答セットのひとつらしい。

「ばーちゃん、冷や飯ある?これはかにチャーハンしかないよ!」

 理屈は通っていないが祖母も頷く。すぐさま2合近い冷や飯に卵・玉ねぎ・ピーマンが出てきた。

 完璧すぎる。

 人生最高のチャーハンの予感に打ち震えながら、祖母愛用の中華鍋を振るった。火力もご機嫌、パラッパラのチャーハンがあっという間に最終工程に入った。

 風味付けにバターを少し。塩加減は控えめに、胡椒はやや多めに。かにの身は半分を鍋に投入、残りはトッピング。もちろんほぐしすぎは厳禁だ。ここで祖母がなんとレタスも出してくれた。慌ててちぎり入れ、鍋をひとあおり。

「完壁だ…ばーちゃん、傑作だよ!」

 祖母が恭しく据えた大皿に、かにレタスチャーハンの大山が築かれ、台所はふんわりといい匂いに包まれた。

「ばーちゃん、早速食おうぜ!好きなだけ取って食べてよ」

 ところが『共犯者』の祖母の反応が薄い。

「…私はいいよ。あんた、お腹すいてるんだろ?」

「何言ってんの?絶対美味しいよ、食べて欲しいんだよ。」

「あんたが食べなさい…」

 僕はグルメな祖母の好みに合わなかったかと落胆した。孫と祖母ではチャーハンに対する温度差があるのかしら…とちょっと寂しく感じながら。だが美味しくいただくのが祖母への礼儀であろう。一粒も余さず食べ、皿も舐めようかと迷った。

 当然人生最高のチャーハンだ、と思っていた。その時は。


 時は流れて、僕はすっかり都会暮らしにも慣れ、一方祖母は認知症になり少々窮屈な暮らしをしていると知った。

 帰省時に待望の再開が叶った。優しい笑顔はそのままだが、時々辻褄の合わない祖母の言葉に曖昧に相槌をうちつつ、それでも楽しい時間を過ごした。

 僕は祖母を喜ばせたくて、好物の餃子を用意していた。しかし祖母は手をつけてくれない。突然はっきりした口調で言った。

 「私はあんたの作ったものは食べない!…私があのかにチャーハンをどれだけ食べたかったか!」

 「え…え?」

 記憶が蘇る。

 「もしかして…高校の時のアレ…?ばあちゃんにも食べてほしいってあれだけ言ったじゃん!」

 「あの量だもの、あんたは絶対食べ残すと思ったんだよ!まさか全部食べるなんて!」

 まさに『食い物の恨み』である。

事情を知った母は爆笑して、それはあんたが悪いわ、と一言。祖母は亡くなる直前までそのことだけはよく覚えていてくれた。


 以来たらばがにの缶詰にすら出会わない。高級品をチャーハンにしようという悪だくみに付き合った上、本気で恨んでくれてありがとう。

 ばーちゃん、来世で食おう。

INFORMATION

第17回 一般の部(エッセー)優秀賞
『がんこ婆ちゃんと涙』
村岡 大二(むらおか だいじ)さん(埼玉県・56歳)
※年齢は応募時

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