Readings
-よみもの-
第17回 一般の部(エッセー)優秀賞
オヤジ サバ缶しよう
家業は林業。就学前から、両親に連れられ山に行った。子どもにできる仕事などなく、野山を駆けずり回って遊ぶだけ。楽しみは、父の作るサバ缶味噌汁だった。
昼、私は飯盒を持ち沢の水をくみに行き、弟は薪集めをした。父は、ジャガイモやキノコを刻み、時々アザミやウルイ、ネマガリダケ等季節の山菜を採って具材にした。最後に水煮のサバ缶を入れ、味噌を加えた。父は味見すると決まって「うまい」と言い、私に器を渡した。私も「うまい!」と、まねて器を弟に渡した。弟は「うまい!!」と大喜びした。
仕事に区切りをつけた母が「いい匂いがする」とたき火に寄ってきた。父のサバ缶味噌汁をすすり、母の結んだおむすびを頬張った。
成長と共に、私も弟も山で戦力になりだした。妹も加わり5人でするサバ缶味噌汁は家族の晩餐会のようだった。私たちが進学で実家を離れるまで続いた。
子どもの頃の山村は、親が子のために休日を過ごすほどのゆとりはなかった。サバ缶味噌汁で私たちを喜ばせようとした父の気持ちが、親になってようやく分かった
息子が4歳の時、父は体調を崩し療養していた。孫の顔を見せ励まそうと帰省した。私は飯盒を取り出し、「サバ缶買ってきたから作ってよ」と誘った。「あれか」と笑った。
庭にかまどを作り、飯盒を架けた。父は、昔と同じように味見した。「うまい」と言い、「どうだ」と私に味見を促した。あの頃のように「うまい!」と言い、「じいちゃんの味、うまいぞ」と息子にもすすらせた。
包丁を持つ父の手は震え、すくった汁がたき火にこぼれた。灰が舞い上がった。煙のしみた涙と切なさの涙が混じった。オヤジの最後のサバ缶味噌汁になった。
息子が大学入試に失敗した。2日ほど部屋にこもった息子が「オヤジ、サバ缶しよう」と私を誘った。実家の山に行った。息子は、汁をすすりながら夢を語った。最後に「第一志望校こそ夢を叶えてくれる学校だ。明日からの5年間は夢を実現する時間に使いたいので浪人させて欲しい……」と結んだ。
その姿が、私の18歳と重なった。
私は高卒後、家業の林業を継いだ。勇んで打ち込んだのは2カ月間。単調な生活が物足りなく、もっと学びたいという気持ちを制御できなかった。父に「大学に行かせてくれ」と頼んだ。その日も山でサバ缶をしていた。
初めて息子が本音でぶつかってきた。父親としてうれしかった。「オヤジもこんな気持ちだったのかなあ」と思った。私がそうだったように、サバ缶味噌汁の日が息子の人生を変える日になるかもしれない。親子が、サバ缶でつながる偶然に不思議を覚えた。
最近、サバ缶味噌汁の具材はスーパーで調達し、薪は固形燃料に変わった。だが、オヤジのサバ缶味噌汁は、子どもたちの入学・卒業・就職・結婚、私たち夫婦の退職等、我が家の節目を彩る行事となって続いている。
INFORMATION
オヤジ サバ缶しよう
板垣 嘉彦(いたがき よしひこ)さん(新潟県・71歳)
※年齢は応募時
他の作品を読む
これも好きかも
