Readings
-よみもの-
第17回 一般の部(エッセー)キッコーマン賞
冷凍庫に残された餃子
我が家の食卓の真ん中には、いつも餃子の大皿があった。
自営業で忙しかった父の車に乗り、仕事先へ付いて行った帰り道。お気に入りの店で冷凍餃子を買ってもらうのが、幼い私たちにとってのちょっとしたイベントだった。けれど、その店の味以上に私の記憶に深く刻まれているのは、やはり母が作る手作りの餃子だ。
餃子を作る日は、狭い台所に母を筆頭に三姉妹が並び、賑やかに餃子を包む。ひだの形を競ったり、中身を詰めすぎて破いたり。ワイワイと言い合いながら手を動かす時間は、どんな遊びよりも楽しかった。
餃子が焼き上がる直前、母屋の隣にある仕事場まで「お父さん、もうすぐご飯だよ!」と呼びに行くのが末っ子の私の役目だった。仕事の手を止めて、少し疲れた顔を綻ばせる父。家族五人で食卓を囲み、カリッと焼けた大皿に一斉に箸を伸ばす。生醤油だけで食べるのが我が家の定番。あの賑やかな湯気の向こう側にあった味が、私にとっての世界一だった。
父が亡くなった後も、その光景は形を変えて続いた。一月二日、母の誕生日。嫁いでそれぞれの家庭を持った三姉妹が、家族を連れて実家へ集まる。お正月料理が並ぶ中、母はいつも大量の餃子を仕込んで待っていてくれた。
「やっぱりこれがなきゃね」
そう言いながら、何十個もの餃子を次々に焼いてくれる母。私たちは変わらないその味を囲んで、近況を報告し合い、笑い転げた。母の餃子を囲むと、自然と会話が弾み、笑い声が絶えなかった。
母が八十歳になった母の日。母と三姉妹、四人で外食をし、「今度はみんなで温泉にでも行こうね」と約束した。その矢先に母の癌が見つかった。病状が進むのは驚くほど早く、約束を果たす間もないまま、母はあっけなく逝ってしまった。
家主のいなくなった実家は、まだ九月だというのに驚くほどひんやりとしていた。三姉妹で集まり、遺品の整理をしながら冷蔵庫を確認していたときだ。冷凍庫の奥に、保存袋に綺麗に並んだ手作りの餃子を見つけた。
「……これ、お母さんのだ」
誰かが小さく声を上げた。
闘病中、夜は私たち三姉妹が交代で実家に泊まり込んでいた。それなのに、母がいつの間にこれを作っていたのか、誰も気づかなかった。
自分の食事さえままならないほど衰弱していた母が、私たちが仕事に行っていた昼間か、寝静まった深夜か、あるいはふと体が動いたわずかな隙間に、這うようにして台所に立ったのだろうか。重い包丁を握り、私たちのために料理をしている母の姿を想像し、胸がぎゅっと締め付けられた。
私たちは無言でフライパンを熱し、その餃子を焼いた。
焼き上がった餃子は、いつもよりずっと不揃いだった。けれど一口食べると、野菜の甘みと生姜の香りが広がった。それは、私たちの体がずっと覚えていた、あの実家の味だった。
「やだぁお母さん、いつ作ったんだろう!?」
「どんだけ私たちが餃子好きだと思ってるんだろうね」
驚きと可笑しさと寂しさと切なさがこみ上げて、私たちは泣き笑いしながら箸を動かした。
不揃いな餃子のひとつひとつに、「姉妹仲良くね」という母の願いが包まれていた。
INFORMATION
冷凍庫に残された餃子
望月 育子(もちづき いくこ)さん(千葉県・58歳)
※年齢は応募時
他の作品を読む
これも好きかも
