Readings

-よみもの-

第5回 入賞作品

ひじきのいなり寿司

「運動会のお弁当、何がいい?」

と、きくと、長女は決まって、

「いなり寿司。」

と、答えた。

保育園の運動会で、私は、母の作っていた、いなり寿司を思い出して作った。油揚げをお醤油と砂糖で甘辛く煮て、酢めしに炒った白胡麻を混ぜ込んで詰める。だが、油揚げがくっついて、酢めしが上手く、油揚げに詰められない。油揚げに、たくさん穴の空いた、いなり寿司が出来る。これが、長女のために最初に作ったいなり寿司。

料理番組を観ていると、

「いなり寿司を作る時は、油揚げの上を、お箸でローラー回転すると良いですよ。」

と、料理の先生が言われる。次に作る時、早速、実践してみる。目から鱗。要領よく、酢めしが詰められた。

長女が、小学生になったある日。子どもたちとスーパーに買い物に出かけた。お惣菜コーナーで、いつもはおとなしい長女が、

「これ、おいしそう。」

と、指差す。見ると、ひじきとニンジンの入ったいなり寿司が並んでいる。当時、食の細かった長女が、おいしそうと言ったことが嬉しくて、私は、いなり寿司を買って帰り、昼食に子どもたちと一緒に食べた。

「おいしい。お母さんも、今度、いなり寿司を作る時は、ひじきとニンジンを入れて。」

と、長女は、静かにゆっくり話しながら、おいしそうに少しずつ口に入れた。

次の運動会のいなり寿司には、長女のリクエスト通り、酢めしに、ひじきとニンジンを入れる。彩を考慮して、水気を切った浸し豆も加えた。いなり寿司をかじると、白い酢めしに混ぜ込まれた、黒いひじきと、赤いニンジン、緑色の浸し豆が、鮮やかに現れる。

お弁当の時、長女が、

「お母さん、浸し豆がシャキシャキして、おいしい。」

と、はにかみながら、にっこり微笑んだ。こうして、我が家のいなり寿司は、長女の好きな味に、バージョンアップする。

去年の中学校の体育祭。長女は、お弁当に、やはり、いなり寿司をリクエストした。体も、すっかり大きくなって、長女は、家族で一番たくさんのいなり寿司を食べた。

その二週間後、長女は急逝した。晴天の霹靂だった。お通夜に、家族で棺を囲んで、あの子の好物を持参し、浸し豆をシャキシャキ噛んで、食べた。

今もあの子に会いたくて、たまらなくなる。どんなに泣いても、もう会えないのに。でも、あの子は、ひじきのいなり寿司のレシピを私に残してくれた。ひじきのいなり寿司は、

「お母さん、おいしい。」

と、にっこり微笑んだあの子を、私の脳裏に蘇らせてくれる。

INFORMATION

第5回 入賞作品
「ひじきのいなり寿司」
三輪 咲枝さん(千葉県・50歳)
※年齢は応募時

他の作品を読む

これも好きかも

共有

XLINE
おいしい記憶