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-よみもの-

第6回 読売新聞社賞

黄色が好きな理由

その人は、大きい鞄を持って立っていた。記憶の薄い遠い親戚の伯父さんだと思い、

「こんにちは」

と私は小声で挨拶をした。

奥の方から嬉しそうな母の声が聞こえた。

「お帰りなさいでしょ」と・・・

外国航路の船員だった父は、出航すると三、四ヵ月は、家を留守にする。

そう、その人とは、私の実父。

その日の夕方、母が入院した。

あまり会話もしたことのない、突然の訪問客というような父と、二人だけの生活が始まった。

明日は、遠足。

「お弁当はどうしよう」の一言がいえず、

「おやすみなさい」

と仰々しく頭を下げ、布団を敷いて寝た。

翌朝、座卓の上にお弁当らしき包みがあり嬉しさより安堵した。

緑がふんだんにある丘で、緊張の時だ。

蓋を開けると、真っ白い御飯の上に、甘い甘いいり卵の黄色が一杯で、その甘さの引き立て役が甘辛いお醤油の香りがする茶色。そして、ちょっとだけ鮮やかな桃色も。

すると、仲良しのあっちゃんが、

「遠足はおにぎりだよ。お箸で食べるお弁当は大変そうだね」

と真剣な顔でいった。

私は心の中で「ふん」と思いつつも、納得した。

美味しかった。嬉しかった。走りたかった。走って、走って。

門扉の向こうに、心配そうな父の顔を見付けた。

「黄色い卵が美味しかったよ」

父を喜ばせたくて、元気よく精一杯大きい声でいった。

「お母さんに会いに行こう」

ゴツゴツした大きい手が、私の手を握る。

母の隣りには、大事そうに黄色い産着に包まれた赤ちゃんがいた。

数日後、学校から帰宅すると、父の姿はなく

「お父さん、帰っちゃったんだぁ」

といってしまった。

何かちょっと変。

だって、ここがお父さんの家だから・・・

「これからは、三人でお留守番だね」

と母がやわらかい声でいった。

INFORMATION

第6回 読売新聞社賞
「黄色が好きな理由」
大越 芳子さん(神奈川県)
※年齢は応募時

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