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-よみもの-

2020年度 共同通信社賞

父の姿

父と料理教室に入学した。中学生になり、何となく話す機会が減っていた父からの提案で体験講座に行き、そのまま 2人で入学することになった。父と私は同級生として、教室に通っている。新型コロナウイルス流行の影響で在宅勤務になり、今まで知らなかった父の姿を見ることが増えた。会議で各国の人々と英語で話し合う父、パソコンの画面と難しい顔でにらめっこする父。でも、私のお気に入りは、料理教室での父の姿だ。ぎこちない手つきで包丁を握り、大慌てで火加減を調整し、料理が出来上がる頃にはいつも目の下にクマが出来ている。その姿は、本当に一生懸命で、少し可愛い。料理には科学的知識や文学的背景があり、先生は、そのような話もして下さる。鶏肉の下処理や調味料の順番、から揚げが竜田揚げと呼ばれる理由など、私は聞いているだけだが、父は授業終了後すぐにメモに書く。そんな姿を見て、本当に真面目な人間なんだなと思う。

特に印象深いのは、親子丼だ。教室で親子丼を作った時、いつも通り目の下にクマを作った父は、嬉しそうに携帯で自作の親子丼の写真を撮り、そして大事そうにどんぶりを持って、あっという間に完食した。帰宅後、一番だしと二番だしについて母を質問攻めにして、母は「だしの素」という便利な粉があることを父に教え、実物を見せていた。今まで自分だけのスペースだった台所という場所に、父が侵入して来て、母は嬉しそうな困ったような顔をしていた。それから父の親子丼を何回食べただろう。週末、母の日、父は一番だしの親子丼と二番だしの豆腐となめこのみそ汁を、教室で教わった通り丁寧に、何度も何度も作ってくれた。4回目位だっただろうか、私も副菜で参加するようになった。ほうれん草のお浸しや、ひじきと豆腐の野菜炒めなどだ。

材料を買い、洗う、切るなどをして、料理し、食べる。準備の時間を考えると、食べる時間はあっという間だ。温かい出来たての料理には、その時間と食べる人への思いが詰まっている。父も私も、少しずつ料理が出来るようになってきたので、家の狭い台所は、リビング同様、家族の共同作業スペースになった。今では、毎週末、買い物から食事後の食器洗いなどの片付けまで、全ての時間を家族 3人で過ごしている。



INFORMATION

2020年度 共同通信社賞
父の姿
田口 笑未 (東京農業大学第一高等学校中等部3年)

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