
Readings
-よみもの-
2023年度 お弁当デリ賞
お弁当のまほう
「行ってきます」その言葉とともに受け取るのは、まだほのかに温かいお弁当だ。今日は唐揚げかな、のり弁かな、オムライスだったらもっといいな。母のお弁当を抱えてバス停へ走る。これは毎朝の私である。腹が減っては戦はできぬというもので、私が運動会のリレーで二人を抜いたあのときも、大勢の前でスピーチをし大拍手をもらったあのときも母のお弁当を食べた午後一番の出来事だった。朝、出勤前の忙しい時間、毎日作り続けてくれた母に恩返しをしたい。そう思うようになったのは、あの出来事があってからだ。
二年生になってまもない頃。母が腰痛で倒れてしまった。幸い何事もなかったのだが、病院へ運ばれるその直前、母は思い出したように私に言った。
「ごめん美海。明日弁当作れそうにないや。」
母がお弁当を作らなかったのは今日までこのたった一度のみだ。結局、私は前日の晩の残り物をぐちゃぐちゃと詰めて、学校に行った。母の味なはずなのに、美味しくはなかった。
温かいお弁当。いってらっしゃいという存在。この二つが揃うから、お弁当は美味しいのだ。私は母のように器用ではない。むしろ家庭科は苦手な方だ。年ごろのせいか、母に面と向かって感謝を伝えられない。ならば、行動するまでである。早く下校した私は、母が帰ってくる二時間後をタイムリミットとし、お弁当作りを始めた。しかし、ご飯を詰め、具を詰め、後は蓋をするだけだというとき、母は予定よりも早く家に帰ってきた。作りかけの弁当、汚れたキッチン。何をしているの、と心配する母の声。サプライズのはずが、バレてしまったこと、酷い出来なことなど、色々気持ちが混ざって情けなく半べそをかくことしか出来なかった。
次の日、会社から帰ってきた母が突然、
「弁当、ありがとうね。」
と言ったので私は驚いた。絶対に美味しいわけがない。それでも母のこの言葉は本当に嬉しかった。その言葉を聞いて、私も不思議と普段の感謝を伝えることができた。
お弁当が繋ぐこと。おいしいものは元気をくれる。とくに、その人を思って作ったものは尚更なのかもしれない。それはまほうみたいだ。
「いただきます。」
私は今日も母のお弁当に支えられている。

INFORMATION
お弁当のまほう
西脇 美海 (八王子学園八王子中学校3年)
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