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-よみもの-

2023年度 キッコーマン賞

母の優しさ

「全然うまくいかんやん!」

いつもお弁当に入っているきれいに巻かれた卵焼きにはほど遠く、常に危なっかしい私を少し心配そうに、でも少し微笑んで見つめている私を見て、私は今年の夏を思い出した。

世界中に猛威を奮っていた感染症が落ち着きを見せた頃、兄と母が体調を崩した。うちには高齢の祖父がいることもあり、それぞれの部屋で隔離生活を行うことにした。待っていてもご飯が出てこない状況で、選択肢はお弁当か外食しかなかった。今日のご飯は…と頭を抱えていた時、携帯が鳴った。母からだった。

「今日のご飯どうすんの?」こんな時でも私達のご飯を気にする母に申し訳なく思いながら、

「何か作ろうかなと思うけど、何が出来るやろう?」と尋ねた。

「肉じゃがはどう?お母さんがフォローするから頑張ってみ!」

材料は冷蔵庫に揃っていた。やるしかない。私は母とビデオ通話を繋いだ。量りを取り出した。ちょっと多いかな?

「ある程度適当でいいねんで!」

という母の声に皮を剥いていくことにする。ここまでは小さい頃からよく手伝っていたことだ。でもそこからが大変だった。材料を切っていく。玉ねぎは切るだけで目が痛いし、じゃがいもは今にも走り出しそうなあちこち向いた形をしている。でも母は

「煮込んだら大丈夫!」

と一言。材料を炒めると、手は熱いし油はとび跳ねるしてんやわんや。いつもは危ないからと母が代わりにしてくれていた事も全て自分でやるしかない。単純な作業に見えていた行程も、自分でやると要領よくいかないものだ。落とし蓋をして二十分ほど煮込むように言われ、やっと休憩だと思ってソファに座ると、一気に疲れが押し寄せてきた。

「毎日お母さんこんなんやってんねや…。」

母との電話を一旦切ってからも、出来具合いが心配な私は、ソワソワして 5分おきにキッチンに向かう。だんだんといつものいい匂いがしてきたが、今日はつまみ食いをする気も起こらない。時間を見計らってかかってきた母の電話に飛びつくようにして出て、そこから味の微調整を繰り返しやっと完成した肉じゃが。形がいろいろな分、味の染みかたや硬さが多少違ったが、正真正銘、私が初めてひとりで作った肉じゃがは、なかなかの出来だった。後片付けを済ませて携帯を覗くと、母から「とっても美味しく出来てたよ!。」というメッセージとグッドスタンプ。

「当たり前やん。」照れ臭さが入り交じったホッとした気持ちで呟いた。

INFORMATION

2023年度 キッコーマン賞
母の優しさ
南 綾音 (雲雀丘学園中学校2年)

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