
Readings
-よみもの-
2022年度 特別賞
タチウオの料理
私の父は、釣りが趣味である。月に一回程度週末に海や河原に行き、ハタやブラックバスを釣っているらしい。私は釣りの楽しさがよく分からなかった。父はどうして長い時間をかけて釣り場へ行き、魚が餌にかかるまで待ち、釣ったとしてもスマホで写真をとって逃がして家に帰る…なんてことをしているのだろうか。食べられる魚ならまだしも、食べられない魚を釣っても楽しいのか疑問に思っていた。私は魚は釣るより食べる派なので、父に食べられる魚を釣ってきてもらいたかった。
ある日、この話を父に話すと、「来週末タチウオを一緒に釣りに行こう」と、言うのだ。いきなりの提案だったので少し考えたが、昔も河川敷に何度か父と釣りに行ったことがあり、何となく釣りの流れと感覚は覚えていたので、私はその提案に乗った。
当日、私たちは午前4時に東京湾へ向かった。日の出前、暗い時に出発した。私は不安だった。初めての小型船に乗り、慣れない大きな釣り竿で細長くて巨大なタチウオを釣り上げる。となりには見知らぬ人もいて、糸が絡んだらどうしよう。初めての事はやはり怖い。そんな時に父は「分からなくなったらサポートするから安心して。」と声をかけてくれた。
海に出てから一時間程度経った頃、初めて私の竿に引きがかかった。父のアドバイスも聞きながらルアーを徐々に巻いていき、ついにタチウオを引き上げた。周りの人たちは拍手をしてくれた。タチウオは日光に照らされてキラキラ輝き、私は釣りの楽しさと釣り上げた喜びに胸がいっぱいだった。
その日は夕方には家に帰った。父は8匹、私は4匹、計12匹釣った。私の本命はここからだ。釣ったタチウオをさばいて調理する工程に入る。一日目でさばいて下準備をして、二日目の夕食にタチウオの料理を食べる。私は父と一緒にキッチンでタチウオをさばいた。
翌日、私たちは釣ったタチウオで天ぷらをつくった。油は危ないということで母のサポートも入り、家族総出で作業に取りかかる。天ぷらやタチウオのムニエル、タチウオの梅しそ和えなど、次々と料理が食卓にならべられていく。久しぶりに家族と食事を作る体験を前にして、私はとてもわくわくしていた。
いざ、実食する。もちろんおいしい。ただ、おいしいだけではない。このおいしさには家族の温かさも含まれていた。最近家族とどこかへ行くこともなくなり、日々距離が離れていくのを感じていた。父もそうだったのだろう。だから私を釣りへと誘ってくれた。
釣って、料理して、食べる。この過程が私と父と母の距離を近づけた。食事の時のたわいもない会話や、自分でつくった料理を食べること、家族と共有する時間全てが楽しかった。私はこれ以来、家族と過ごす時間をより大事にするようになった。あの長いタチウオが、紐となり私たちの絆を強く結んだのだ。

INFORMATION
タチウオの料理
大木 新(東京農業大学第一高等学校中等部3年)
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