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-よみもの-
2024年度 共同通信社賞
ホームラン弁当
甘い玉子焼が入っていた時、ホームランを打った。右中間の一番深いところに飛びこむ3ラン。芝生がまばらな球場だったけれど、ボールの白さは目立っていた。
その日以来、僕の弁当箱には、必ず甘い玉子焼が入る。ほんのり舌の上に乗っかってくる甘さは、舌の横を通り、全体をコーティングしていく。残った甘みに重ねて、隣のからあげに手をのばす。甘じょっぱい味が心地いい。アスパラベーコンに行く前に、マカロニサラダと上に乗ったプチトマトで小休止。ここでもう一度、黄色い王様の玉子焼を口に運ぶ。さっきとは違う、溶け出してきそうな白味が口の中にすべりこんで来た。上からご飯をほおばる。まるで1番バッターから9番バッターまで、バランスのとれた打順のようだ。
でも一度だけ、塩味の玉子焼が入っていたことがある。母が風邪をひいてしまい、父が弁当を作ってくれた。同じ重さの同じ弁当箱。
「母さんが必ず玉子焼は入れろって言うから、特製ダシ巻き玉子。京風だぞ。」
父のあまりにもハツラツとした声に、僕は
「甘い玉子焼が…。」
とつぶやいただけで、何も言えなかった。
予想通り、その日の試合は3タコ。3打数無安打どころか、3三振。玉子焼が甘くなかったからだ。何だよ京風って…。2日目の試合の時は「手伝うよ。」と言い分けをして、僕も作ってみた。計量スプーンでおそるおそる入れる。一応味見。「ガリッ。」「うえっ。」まずい。これじゃあまた三振だ。心配した母がパジャマのまま横に立った。手際良く玉子を割って、シャカシャカととく。砂糖を目分量でつまみ入れ、牛乳を少し、そして、醤油を少々。甘味が引き立つらしい。僕の作っていた茶色の箱は、色々な彩りを与えられ、お弁当箱に早変わりだ。そして最後に母特製の甘い玉子焼。レタスとウインナーの横に三角のとんがり頭をほこらしげに掲げる。きっと打てる。黄色はラッキーカラーになった。

INFORMATION
ホームラン弁当
市村 光希(町田市立真光寺中学校2年)
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