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-よみもの-

「あなたのおいしい記憶」エッセー、作文コンテスト2017 エッセー部門優秀賞

茶色い弁当

「あーまただ。」通学カバンを開けてがっくりくる。お弁当の煮物の汁が漏れているのだ。「お母さんにあんなに言ったのに。」腹が立ってくる。自転車通学だったのでお弁当はカバンの中で大いに揺れて、学校に着くと中身が寄っていることもしばしばだった。こんな時煮物はタチが悪い。教科書やノート、買ったばかりの可愛いポーチ、そんなものにシミが付き、さらに匂いもついてしまう。「だからお弁当の煮物は嫌いなのに。」
あれから何年が経ったのだろうか。私も3人の子供を持つ母となった。長女が高校生、双子の次女と長男が中学生になり、毎朝弁当を作ることになった。「残り物を詰めればいいじゃない」という友人もいたが、そもそも前の日の夕飯が残らないのだ。育ち盛りの子供たちにすべてきれいさっぱり食べつくされてしまう。息子の弁当はご飯だけでも1合である。しかも運動部の朝練に出かける時間にはお弁当が出来上がっていなければならない。そんなわけで毎朝4:50にはお弁当作りがスタートすることになった。朝からパジャマのまま鶏のもも肉2キロを唐揚げにし、ほうれん草のソテーを作り、卵焼きを作ってプチトマトを詰める。午前4:50にスタートしてもギリギリである。
ところがある日、前日の煮物が残った。時間もないので仕方なく、煮汁が出ないように卵でとじてお弁当に詰めてみた。帰宅した子供たちが口々に、「今日のお弁当はおいしかった」と言う。前の日に食べた煮物よりも「味がしみてたんだよね」「また作ってね」と。
自分の高校生の頃の母との会話がよみがえってきた。「お弁当のおかずは濃い目の味にして、悪くならないようにするのが一番。お弁当に入れるものはきちんと火を通さないとね。煮物なら食べるころには味がしみてちょうどいいおかずになるのよ。」
そうか、そうだった、悪くならないようにするために煮物にしてたんだ、と今更のように気が付いた。煮物は手間がかかる。下茹でしなければならない里芋、皮をむいて適当な大きさに切って、面取りする野菜、肉などが入るときはそれも先に鍋で炒める……出汁も前の日から取って……手間と時間をかけてお弁当に詰めてくれていたんだ。私が朝から汗だくで子供たちのために唐揚げを作っているように、私と弟たちを思いながら煮物を作ってくれていたんだ。
母の作る煮物はおいしかった。茶色いお弁当はカバンの中でひっくり返って時々周りを汚しちゃったけれど、お昼ご飯の頃には程よく味がしみておいしかった。煮汁のしみた茶色いご飯もなかなかおいしかった。
お弁当に煮物もいいかな、たまには茶色いお弁当を作ってみようかな。
亡き母の気持ちをちょっとだけかみしめながら、子供たちに茶色いお弁当を作った。
最近のお弁当箱は汁も漏れにくくなっているし、たまにはね、真似してみるわ、お母さん。茶色いお弁当に文句ばかり言ってごめんね。本当はとてもおいしかったんだよ。

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「あなたのおいしい記憶」エッセー、作文コンテスト2017 エッセー部門優秀賞
茶色い弁当
作・社員の家族

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