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-よみもの-
「あなたのおいしい記憶」エッセー、作文コンテスト2017 エッセー部門最優秀
祖母との食事
私の祖母は長い間1人で暮らしていた。というのも、私が5歳のときに祖父は他界、娘の3人の内の2人は家庭を持っており、最も祖母の家の近くに住んでいた私の母は、祖母と揉め、縁を切った状態だった。そういう理由で祖母は1年のほとんどを1人で過ごしていた。私が小学校5年生のときから始まった「祖母の一人暮らし」は、私が高校3年生になり、こっそり母の目を盗んで祖母の家に通うようになるまで続いた。家に行くと決まって、草むしりや掃除、散歩に付き合ったあと、夕飯に誘われた。私は祖母と会っていることが母にバレないように、いつも断っていた。
雪で外の景色が白く霞んで見えるような寒い日、いつものように祖母の家に行き、一息ついていると、時計の針は18時を指していた。「もう帰るね。」とドアを開こうとしたときに、祖母が少し申し訳なさそうな顔をして「夕飯を食べていかないかい?」と聞いてきた。私はなぜか祖母の様子がいつもとは違う感じがしたので、「いいよ。一緒に食べよう。」と少し微笑んで、返事をした。
私が夕飯の準備をすることになったのだが、私には料理の知識などなかった。そこで私は調理が簡単で、野菜も食べられるのは鍋だと思い、早速調理にかかった。
机の上に鍋を置き、切った食材を盛り付ける。準備は整った。鍋の開始だ。鰹でとった出汁の中に鶏肉、白菜、白ネギ、人参、きのこを入れ、鍋に蓋をする。被せた蓋の穴から蒸気が「ボフボフ」と立ち上がってきた頃、蓋を開けた。ぶわっと湯気が立ち上り、食材の旨みが部屋いっぱいに広がっていく。蓋を机の上に置き、祖母の分を器によそう。そして、白菜が少し絡まったあつあつの鶏肉を、紅葉おろしが入ったポン酢にたっぷりとつけて、口に運ぶ。2人で「おいしいね。」といいながら鍋をつついていた。何年か振りに祖母と食べた鍋は、いつも食べている鍋と同じはずなのに、なぜかおいしく感じた。
そんな中、祖母の動きが止まっているのに気がついた。ふと見てみると、お箸とお椀を抱えたままうつむいている。そして、瞳から涙を流していた。
最初はなぜ泣いているのかわからなかったが、申し訳なさそうに泣く姿をみてその理由がなんとなくわかった。コトコトという鍋の音だけが部屋に響く。祖母はうつむいたままそっと口を開き、「ありがとう。ありがとう」と震えた声で言った。その言葉に私も思わず涙を流してしまった。少しの間を置いたあと、「こちらこそいつもありがとう。」と小声で答えた。どんなお手伝いをしても涙を流すことはなかった祖母が、同じ食卓でご飯を食べたときに涙を流す姿を見て、今までの寂しさを感じて胸が張り裂けそうになった。それと同時に一緒にご飯を食べることの大切さを強く感じた。
今は認知症になってしまい、祖母は私のことを思い出せなくなってしまったが、祖母と食べた鍋で心が通い合った思い出は今でも私のおいしい記憶だ。「ありがとう。おばあちゃん。」
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祖母との食事
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