
Readings
-よみもの-
「あなたのおいしい記憶」エッセー、作文コンテスト2020 エッセー部門優秀賞
私に教えてくれたこと。
「それはね、愛が入ってますから。」
と答える母は調理師免許をもつほどで料理上手。
私はお菓子より、母が握るおにぎりが昔から大好きだった。
7歳からレスリングをはじめ、気付けば20年。
小・中学生では、学校から帰ると鞄を置き、すぐに練習へ。
高校生になると、朝5時半に家を出て夜は23時頃の帰宅。
この頃には、朝、昼、晩と練習があり、家族と顔を合わせることが少なくなった。
それでも、朝には必ず、いつものおにぎりとお弁当が置いてあった。
大学生になり実家を出て寮生活になると、帰れるのは年に2回。
練習、合宿、試合、遠征をひたすらこなした。
卒業後、一人暮らしになると自炊生活が始まった。
当たり前でなかったことに、気づかされた。
そして、2020年に東京でオリンピックが開催されることが決まった。
自国開催、その時を現役選手として闘えるとは夢にも思っていなかった。
周囲からの期待、強度が増す練習、減量、
プレッシャーに何度も潰されそうになった。
心も身体もボロボロだった。
そんな中でのオリンピック代表最終選考会。
このタイミングで試合前日だった計量が、当日の朝に行われることになった。
試合直前までの減量となるため、ベストパフォーマンスをするためには、身体のリカバリーが重要だった。
そして、勝てばオリンピック、負けたら引退。
「ねぇ、いつものおにぎり作ってくれない?あと、できればお弁当も。」
母に電話をかけていた。
渡されたおにぎりとお弁当。
初戦で負けて悔しかったあの日、優勝して抱き合い喜んだあの時、たくさんの思い出が蘇った。
「なんで、お母さんのおにぎりはこんなにも美味しいの?」
母は満足そうに、そして得意げに
「それはね、愛が入ってますから。」と私の隣で笑った。
オリンピックに手は届かなかったが、いつだってこのおにぎりとお弁当、そして母の姿があった。ひとりじゃないと気づかせてくれた、懐かしくも母にしか出せないあの味。
昔からシンプルな昆布なのに、
同じ食材で作ってみても再現ができない。
どこを探しても出会えないこの味
いつも変わらない、あの味から思い出されるたくさんのエピソード。
あなたの大切な人に、おいしい記憶を。
母のように
届けていきたい。
INFORMATION
私に教えてくれたこと。
作・社員
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